#キャンドル
街のあちこちで見かける、秋のキャンドル。
公園で、ご近所の庭で、郵便局の入口で。
全力で走ったのに間に合わなかったバスの、停留所のベンチにへなへなと腰を下ろしたら、傍に咲いた真っ赤なケイトウが、炎を揺らして笑っていた。
#たくさんの想い出
バーのカウンターで隣り合ったのは、異国風の奇妙な男だった。
その夜の私は鬱屈した想いを抱えていて、一人苦いグラスを重ねていた。
「一杯ご馳走してくれませんか?代わりに良いものを差し上げましょう」
男がそう話し掛けてきて、キャンディのたくさん入った小瓶を置いた。
「何です?これは」
「想い出玉ですよ、美しい想い出が味わえるんです」
「他人の想い出なんか、味わったってしょうがないでしょう」
私は鼻を鳴らした。
自分の人生に疑問を感じている今、誰かの美しい記憶など、知りたくもない。
「いやいや、人じゃありません。私は鳥の研究をしてましてね。鳥の想い出というのは中々面白くて、あなたの憂鬱に効くかもしれない」
バカバカしいと思いながら、私は男に酒を奢ってやった。
その後のことはあまり覚えておらず、気づいたのは服のまま、自分のベッドで目覚めた時だ。
ポケットからあの小瓶が出てきたが、どう見てもただのキャンディなので、私は口中の苦さを解消しようと、一粒つまんで舌にのせた。
ふいに潮風が体を吹き抜け、視界一杯に眩い空と海が広がった。
私の憂いがちっぽけに思えるほど、その感覚は広く高く雄大で、新天地へと向かう自負で、胸がはち切れそうになる。
ああこれは、海を渡るカモメの想いなのだ、と分かった。
#秋風
山の麓の小道に、色鮮やかな落ち葉が散らばっている。
大きくて真っ赤な一枚を、ふと取り上げて裏を見たら、小枝で引っ掻いたような字で
“どんぐり300コおねがいします”
と書いてある。
もう一枚拾ってみると、それには
“ミナミのクニへ引っこします。春までさようなら”。
他にも“冬みんのおしらせ”やら“しんせんな栗あります”やら、どれも手紙のようだ。
どうやら秋風の郵便屋さんが、鞄をひっくり返してしまったらしい。
#また会いましょう
初めて行ったスーパーの入口で、懐かしい人にバッタリ会った。
立ち話で大いに盛り上がり、またきっと会いましょうねと、名残惜しく別れた。
ぐるっと回って買い物をし、レジに並ぶと列のすぐ前に、別れたばかりの彼女の姿が。
早すぎる再会は、何だか気まずい。
#飛べない翼
コウノトリが僕の弟を連れてきた。
丸々とした綺麗な赤ん坊だが、背中に翼が生えている。
「おやおや、またか…」
「メリッサは優秀な魔女だし、彼女のキャベツ畑は素晴らしいんだけど…」
そう言って、両親は苦笑する。
どういうこと?と尋ねると、父さんは笑いながら僕の髪をかき混ぜた。
「お前の時なんて、立派な尻尾がついてたんだぞ」
優秀な魔女のメリッサには一つだけ困ったところがあって、とにかく惚れっぽいのだそうだ。
昼も夜も恋人を想っているので、それがうっかり魔法に映ってしまう。
僕がやって来た頃は、逞しい灰色狼の若者に恋していて、赤ん坊にはみんな三角の耳や尻尾がついていたらしい。
弟の翼は真っ白だから、メリッサの今の想い人は、さしずめ美しい白鳥の精だろう。
赤ん坊に宿った彼女の恋心は、一日で消える。
この素敵な翼は今日だけなんだな…と、僕はまるで天使のように見える弟をそっと撫でた。