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10/23/2025, 1:37:10 PM

無人島に行くならば

 彼女は無人島暮らしだ。
と言っても、サバイバル生活なんかではない。
最新設備を備えた安全かつ快適な住居、本土まで十数分で連れて行ってくれるモーターボート。
仕事は全部リモートで、必需品はネット注文すれば、翌日にはドローンが届けてくれる。
 賢くて愛情深い二頭の大型犬と、整備済みの美しい海岸線を毎朝散歩するのが彼女の日課で、気が向くと自らモーターボートを駆って本土の街までやって来る。
 街では恋人や友人と愉快に過ごし、けれどどんなに親しい相手でも、彼女は決して島へ招かない。
みんな興味津々で招待を乞うが
「ダメ、島は私の隠れ家だから」
と笑って断られてしまうから、私たちは想像するしかない。

 街明かりのない島で、夜には星が降るのだろう。
緩い波の音と一緒に、人魚の歌が聞こえるのだろう。
海の向こうから真っ先に、朝陽が会いに来るのだろう。
そして何にも邪魔されず、ゆったり自分だけの時間を過ごす。
 ……いいなあ、そんな無人島暮らし!

9/27/2025, 1:21:12 AM

コーヒーが冷めないうちに

 朝、夫を送り出してコーヒーを淹れる。
熱々を少し冷ましている間に、奥歯をカチッと噛んで加速装置起動。

 瞬時に家事を済ませたら、ほどよく冷めたコーヒーを飲み、暇にまかせて世界征服の計画を立てる。

9/26/2025, 4:52:40 AM

パラレルワールド

 夕食の後、洗い物をしていたら息子が「親父は?」と聞いてきた。
「和室でしょ」
「もう行ったの?じゃ俺も」
息子は急ぎ足で廊下へ出て行き、ピシャンと障子が閉まる音がする。
 私は洗い物を済ませると、エプロンを外しながら娘の部屋のドアを叩いて「そろそろ和室に行くよ」
と声をかけた。
うたた寝していたらしい娘は、のろのろと顔を出し「めんどくさ……」とぼやきながらも素直についてきた。

 週末は一家で和室に集う、そう人に言うと「仲良しねぇ」と驚かれるが、うちは決して仲の良い家族ではない。
夫とは最低限の会話しかないし、子供たちも好き勝手している。
 私は廊下の奥にある、和室の障子を静かに開けた。
六畳間の床には、畳の代わりに夜空のような闇が渦巻いていて、その先はパラレルワールドだ。
 こちらの生活は仮の姿、向こうの世界で私たちは腕利きのハンター一家として名を馳せている。
サバイバルを生き抜くには、仲が良かろうが悪かろうが、家族一丸となるしかないのだ。
 「行くよ、ママ」「うん」
娘が先に渦へと飛び込み、私もすぐ後に続いた。

9/19/2025, 3:41:55 AM

もしも世界が終わるなら

 月の桂に腰かけて、地球が燃えるのを見ている。
私の知る、千年前とは比べ物にならない酷い戦があったのか。
天変地異の果てなのか。
 兎はしょんぼり耳を垂れ、桂男は斧を下ろして沈黙している。

 彼の地の人々が夜毎に見上げ、尊び慈しんで語ってくれた私たちの物語。
夢見る人がいなくなれば、この世界も消えるでしょう。
 月はまた空っぽの、荒れた天体になるでしょう。

9/18/2025, 1:16:31 AM

靴紐

 ある日突然、足の裏が痛む病になった。
靴が好きだったのに、ヒールや硬い革靴が全部ダメで、五分と歩けなくなってしまった。
インソールを工夫したり医者にも行ってみたけれど、もう治らないらしい。
 履けるのは軽量のスニーカーだけ、シューズボックスを泣く泣く整理したら、やっとすっぱり諦めがついた。

 朝、スニーカーに足を突っ込みひらりと外へ出る。
靴紐は最初から緩め。面倒でいちいちほどいたり結んだりしない。
靴が変わると服が変わり、お出かけ先が変わり、生活スタイルが変わった。
 緩くて軽い第二章だ。

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