#桜
近所の公園に、ひときわ見事な桜の木がある。
幹は太くて枝も立派で、それは綺麗な花が咲く。
通りがかりの花見を毎年楽しみにしていたのだが、一つ気になることがあった。
なぜか散ったわけでもない、付け根の所でぷちんと千切れた花が、地面にたくさん落ちているのである。
児童の多い公園だから、子供がふざけて千切ったのかな…と思っていたが、あまりにも量が多い。
不思議に思って木を見上げると、目の前にくるくる花が落ちてくる。
花弁をしっかりつけたまま、竹とんぼのように次から次へと落ちてくるのだ。
後で調べてみたら、桜の花を落とす犯人はなんとスズメで、蜜を吸うために花を千切るらしい。
他の桜は無傷だったから、あの木の蜜はよほど美味しいのだろう。
ところで立派に見えた幹には酷く虫が喰っていたそうで、その桜の木は去年突然伐採されてしまった。
今年の春、私ときっとスズメも寂しい思いをしている。
#またね!
娘を抱いてマンションの屋上へ上がる。
晴れた日の夕暮れ、温い風が心地好い。
娘はいつもここへ来たがるが、すっかり大きくなって、抱いていると腕が痺れてくる。
そのうち激しく暴れ出したので、下ろそうとしたとたん、初めて口を利いた。
「マタネ、オカアサン」
キーンと耳鳴りがしたと思うと娘の背中が割れ、羽音と共に空へ舞い上がる。
私ははっとした。
子供など産んだ覚えがないことに気づいたのだ。
“それ”が遠く夕焼けの中に消えてゆくのを茫然と見送る。
私はいつから、何を育てていたのだろう。
#涙
祖母の遺した、真珠のネックレスを手に取る。
子供の頃何度も見せてもらって、これは昔仲良しだった人魚がくれたのよ、と聞かされた。
そういう事を、大真面目な顔で言う人だった。
祖母から受け継いだものの、私はまだ一度も身につけたことがない、
明日は祖母の一周忌。
ふと思いついて、初めてネックレスを鏡の前で着けてみた。
真珠はひんやり青く輝き、確かに人魚の涙と呼ぶのに相応しい。
「あっ…」
肌にのせたとたん、真珠は氷が溶けるように水滴になってしまった。
するん、と雫が胸を流れた。
#春爛漫
今朝、窓を開けると重なりあった山からもうもうと、湯気のような白い霧が昇っていた。
霧に見え隠れするピンクの帯が、山をくの字に縦断している。
昨日まではなかったのに、群生する桜が花をつけたらしい。
この季節だけ現れる桜色の道。
春の精霊たちがしずしずと、魔法をかけに下りてくる。
#もう二度と
学生時代のグループで久しぶりに会うと必ず、またすぐ会おうね!と言い合う。
次に行きたい場所を決めて、こまめな連絡を約束して、けれどついつい何年も間が空いてしまう。
皆それぞれ生活に忙しく、そのうちそのうちと思っているうちに、あっという間に数年が経つのだ
そんなあっという間に、グループの一人が亡くなってしまった。
闘病さえ知らぬまま二度と会えなくなったのだが、家族だけでひっそり弔いましたと後から聞いたせいか、まるで実感がない。
お墓参りをしても他人事のようで、何なら隣で一緒に手を合わせていそうな気がする。
結局私たちの中では、彼女は今も同じポジションにいる。
会話の中でいつも名が上がるが、しばらく会えてなくて、今回もたまたま顔を出せなかった仲間。
このままずっと、そう思っていたい。