【さらさら】
貴女と共にこの道を歩いている。
最初に出会ったこの庭園の道を。
あるパーティーの日、騎士である私も呼ばれ参加していた。酔いを冷ますためにこの庭園に出たのだ。
魔女の貴女は星を浮かべながら鼻唄を歌っていたな。
宮廷魔術師だと知らずに声を掛けなければ、この日は訪れなかっただろう。
私は貴女に惹かれてこの地位まで上り詰めた。
貴女と対等に語り合いたかったから。
貴女は私の手を握り笑う。
「今が人生で一番幸せな時間だわ。そして、この幸せがずっと続くのね。」
私も「あぁ、そうだよ」と返事をして笑った。
「私ね、魔法を学ぶ以外空っぽだった。私の日記は真っ白だった。でも、貴方と会ってから私の物語は動き出したの。さらさらと筆が動いたの」
「これから二人でずっと幸せな物語を紡いでいこう」
時間を告げる鐘が鳴った。
司祭たる友人が私たちを呼んだ。
「おい、式が始まるぞ。主役が遅れるなよ」
私たちは駆け出した。白い花びらが舞っていた。
【これで最後】
天真爛漫で、無鉄砲な顔見知りがいた。
彼女は楽観的な明るさと退廃的な考えを持っていた。
彼女はいつも私を遊びに誘ってきた。
人気者に見せかけた彼女はいつもひとりだった。
私はそれが鬱陶しかった。
「また今度誘うから」と言って、声をかけなかった。
彼女はそれでも何度も底抜けに楽しそうな顔で私に話しかけてきた。私はその度に彼女をいなしていた。
ある日、彼女はいつもの笑顔で誘ってきた。
「また今度誘うから」いつもみたいに断った。
でも彼女はにこにこしながらどこか静かに言った。
「これで最後にするよ」
それから彼女はいなくなった。
ある日、風の便りがあった。
彼女は死んだのだと。
清々した。もう二度とあのつらを拝むことはない。
あの声を聞くことも、あの言葉を言われることも。
彼女の言葉に耳を傾けたことがなかった。
彼女の心を見ようともしなかった。
私は、私は
【酸素】
旧友たる彼女が姿を消した。女神の加護するこの都の町娘の一人で、唯一何の能力も持ち合わせぬ少女だった。
陽気で無邪気な彼女はそれを気にすることもなくいつも笑っていて、仲介者のような存在だった。
しかし能力を持たぬ者を皆は煙たがっていた。
「元気してる?」
いつもそう問いかけて明るく接してくれる彼女に答えられなくなっていて、それをずっと謝りたかった。
しかし彼女を見つけることはできなかった。
数ヵ月後、町の外れの小さな教会で床に伏す彼女を見つけた。
何も言えない私に彼女は笑い掛けた。
私はいつの間にか溢れていた涙を止められなかった。
彼女の方が苦しいはずなのに、私はうまく酸素を取り込むことができなかった。
「俺は、ずっと、君に」
謝りたいなどという傲慢を口に出せなかった。
しかし彼女は私の手を取って微笑んだ。
「ふふ、元気してた?」
私はその瞬間何も言えなくなってしまった。
長い時間を掛けてようやく捻り出した言葉は加護ではどうにもならない、どうしようもない願いだった。
「死なないで」
嵐のような人だった。
急に私の前に現れて、あまり動かない私の心を大きく揺さぶった。
彼女と紡ぐ物語は、私の感情が生きているような気さえしていた。本当に幸せな時間だった。
彼女はずっと私のそばにいると言った。
私はいつか終わってしまうだろうと言った。
彼女はそれでも笑っていた。
ある日、私には居場所ができた。
大切な仲間ができて、色んな経験を積んだ。
彼女のことは忘れていた。
そして長い時が流れた。
私はふと彼女のことを思い出した。
今にして思えば花の散るような一時の関わりだった。
それでも私は彼女を忘れられなかった。
でも、もうどこを探しても彼女はいなかった。
誰もが彼女の居場所を知らないと言った。
そして皆が口を揃えて言った。
「嵐のような人だった」と。
ねえ、私はずっと貴方を忘れられなくて、過去になりかけている貴方の面影を見ている。
ずっと探しているから。
風とともに去った、貴方の軌跡を追って。
【夜が明けた。】
太陽と月の戦争で、月の勝利から星霜。
永い永い夜の時代が終わった。
暗がりの女王は隠れ、その子らは捕らえられた。
明るい王は彼らを照らして、その冠を戴いた。
「さあ照らせ。この平穏を遠くまで」
明るい王が弓矢を放った。
光は波紋のように広がり陽が降り注ぐ。
暗がりの女王の得物であった夜の盾は、
その敬意とももに空へ飾られた。
盾は実体を失くし広がっていった。
そして真ん中に嵌められた夜の象徴たる天然衛星だけがその場に取り残されたのだ。
明るい王は星々を従え天に登った。
光は彼方へ行き届いた。
明るい王は隠れた月にすら面影の役を与えた。
太陽の時には活発を、月の時には休息を。
眠っていた全ての命はもうじき目覚めるだろう。
この陽の光の下に。そして命は巡り始める。
廻る星々の真ん中に太陽は鎮座した。夜が明けた。