【約束】
「いつかまたここで会えるまで幸せでいて。約束だ」
そんな言葉で締められたありきたりな物語の小説。
本を閉じてため息を吐いた。どれもこれも同じ話。
続編が出る前に作者は亡くなったらしい。
この本の作者、戦地に赴く前に書いたのですって。
そんなドラマもありきたり。
こんな、私以外にもう誰に読まれているかも分からない古い古い時代の、誰の日記ですかって言いたくなるほどマイナーな小説を。
ドラゴンの騎士と許されないお姫様。
当時だって流行りもしなかったんじゃない?
物語はね、誰かに読まれなきゃお仕舞いなのよ。
永遠に開かれないカーテンの後ろで踊るみたいに。
私がこの本を古本屋で見つけなきゃ危なかった。
良かったわね。まぁつまらなかったけれど。
今いるこの場所はこの物語の舞台だったらしい。
騎士がドラゴンになって飛んでいった崖がこの場所。
はは、馬鹿みたい。ただの崖よ。
…でもそうね、続編、読んでみたかったかも。
お姫様は約束を守れたのかしら?
この物語の続きは作者が示している。
きっと、二人は永遠に会えなかったと。
【ひそかな想い】
みんな私を愛してくれる。みんな私を見てくれる。
でもそれは本当の自分ではなくて、いや、本当の自分だからと言って偽物の私などいないのだけれど。
きっと、本当のことが言えなくても築き上げてきたこの私は、確かに私であるのだけれど。
私はこのひそかな想いを誰にもさらけ出すことなく、言いたいこと、願っていることを誰にも知られないの。
知ってほしくて、分かってほしくて、そして、そんな私を愛してほしくてたまらないのに。
ああ、最初からそんな私を隠した私が悪かったの。
でも、怖かった。そんな私が嫌われること、そして、愛されること。
敵などいないのに盾を構えて自分を守ろうとしていた。
愚かだった。私は弱虫だった。
【君の声がする】
歌うのが大好きな、一人の乙女がいた。
何をしても上手くいかない彼女の唯一の趣味だった。
毎朝教会で聖歌隊の歌の練習を聞き、その足で森へ行き一人で歌を歌った。
町のみんなは彼女の歌声を嫌った。彼女の歌を聞いて何も言わないのは魔法使いだけだった。
だから彼女は魔法使いの住む森で歌ったのだった。
魔法使いは町の人達から頼りにされていた。
彼女も自分を否定しない魔法使いが好きだった。
ある日、彼女は森で魔法使いに出くわした。
彼女は楽しそうに笑って魔法使いに声をかけた。
「魔法使いさん。私の歌を聞いてください。森と歌えるほど上手くなったら、お姫様になれるかしら」
彼女の歌を遮って魔法使いは話した。
「町のみんなは君の歌が嫌いなようだ。よく頼まれるよ。あの娘から声を奪えと。」
「…あなたは?私の歌、聞いてくれますか」
「…毎日君の声がする。どうだっていいよ。穏やかな森が起きるから、もう少し静かにしてほしいけど」
彼女は少し目を見開いて、「ごめんなさい」と呟いて黙ってしまった。
その日から、彼女は静かな娘になった。
家の仕事をすること以外、ボーッと空を眺めていた。
時々少しだけ口ずさみかけては泣いてばかりいて、それで怒られてしまっていた。
ある日、魔法使いは薬の材料を取りに出ていた。
人の声がなく、陽で目覚めた森が気持ちよく歌う。
しばらく歩いていると、倒れている娘を見つけた。
近寄ると例の乙女で、酷く苦しそうにしていた。
痙攣や嘔吐をして、もう目は虚ろで呼吸は弱かった。
彼女は花冠を被っていて、手元には花と葉がちぎられた鈴蘭があった。
魔法使いは彼女が鈴蘭を自分で口にしたのだと悟った。
「どうしてこんなことを。いま君を助けるから」
彼女は薬を取り出す魔法使いの手を握って制した。
「ごめん、なさい…ごめんなさい…もう…」
彼女は弱々しい声で歌いかけてやめた。
苦しそうに己を嘲笑って呂律の回らない言葉を紡いだ。
「はは……おひめ、さま……だって…あはは………」
そう呟くと少しだけ呻くような呼吸を繰り返して、魔法使いの腕の中でぐったりとして動かなくなった。
彼女の頭から花冠が落ちた。
魔法使いはその花冠を魔法でコロネットに変えて彼女の頭に再び被せた。
彼女の亡骸を抱きしめて、魔法使いは泣いていた。
そよ風に乗った小鳥たちの歌が響いていた。
【未来の記憶】
ある日、鏡を見ていたら後ろに誰か立っていた。
話し掛けると、彼女は未来の自分だと言った。
姿や言動でそれは本当だと分かった。
「何か聞きたいことは?」未来の私は言った。
「……何か言いたいことは?」私は言った。
未来の私は押し黙った。何か考えているようだった。
そして一言「ごめん」と呟いた。
「いいよ、じゅうぶん頑張ったんでしょう」
私は泣きそうだった。恐怖じゃなくて諦めで。
私の事だもの。自分のことは自分が一番よく分かってた。そして、私はやっぱり弱くてだめだった。
未来の私は泣いていた。私も泣いた。
「あんただけよ。悲しんでくれるのは」
「さよなら」と言い残して未来の私は消えた。
しばらくして、未来の記憶がなくなった気がした。
「ネタバレなんて、私ってやっぱり最低な奴」
乾いた笑いを浮かべてそう呟くしかなかった。
【遠く....】
[ねぼすけさんのお日さまがまだまどろんでいる。
お庭には霧が掛かっていて、空気は冷たい。
ねむれなかったわたしはぼーっと、
その景色を窓から見ていた。
わたしを抱きしめるくらがりの中で、
湖までお散歩をしに行った。
水面に映っているのに、暗くて見えない自分の姿。
心は遠く....ずっと遠くまでいってしまった。
お別れを愛しすぎてしまったの、わたし。
たいせつな人たちとのさよならを迎えにいった。
だから、目の前にひろがる山から、
お日さまが現れることもない。
このままなのよ。]
私を模した人形に、自分の日記を手渡した。
月が慰める暗がりで、湖にその人形を沈めた。
これは別れを愛した自分とのお別れだった。
さよならをしたはずの、自分の心に出逢ってしまった。
私は別れの全てが怖くなった。
人形の私がきっと遠く....連れていってくれるわね。
昔の自分を。消せなかった私の思いを。
次の太陽が昇る朝に向かう。そうしたらきっと、
私の大切にした者たちに、もう一度会いに行こう。