【君が紡ぐ歌】
腐れ縁の友と紅葉並木の道を歩いている。
もみじ狩りをする酔った人々の歌声が聞こえてきた。
あちこちで、音楽を流している人もいる。
世の中は歌に溢れている。
歌手も作曲家も、とにかくたくさんいる。
旋律が世の中を包み込んで、思想や世界観のごちゃごちゃ混ざったもので耳が痛くなりそうだ。
私は歌が好きじゃない。
「やっぱ綺麗だな~。久々の秋じゃね?」
能天気に上を見ている君が言った。
「最近はもう秋ないしね」
私は言った。君は息を吸い込んだ。
君は歌うのが好きだから、詠う時が分かる。
「あらたまの 吹く風に舞う 紅の葉を
思う間もなく 過ぎ去りし日よ」
…そう、短歌が好きなんだ。
「…多分短歌好きなのお前だけだよ」
君はわはははと笑った。
でもきっと、私も君が紡ぐ歌が好きなんだと思う。
君の詠ったその歌の意味を考えてしまうから。
【砂時計の音】
私は時の番人。世界を見守る者。
時空に歪みが起こらぬようこの時計を監視している。
ここは「監視者の牢獄」。
時計塔の中のようなこの場所にあるのは、空間を囲むような大きな鎖と時を示す砂時計だけ。
聞こえるのはさらさらとした砂時計の音だけ。
でも私は世界そのものを見ていた。
だから生きとし生ける者の存在にいちいち特別な感情など抱くことはなかった。なかったはずなのに
君に恋をしてしまった。禁忌の感情を抱いてしまった。
声も分からない。けどその姿に惹かれてしまった。
会えることなど決してない。私たちは始まらない。
だから世界と共に君を見守ろう。
私がこの世界を。
君が時の中に迷わないように。
【静寂の中心で】
私の好きな人は過労で倒れてしまった。
この病院に入院していて、私はその部屋の外にいる。
勇気がでない。中に入るための一歩が踏み出せない。
好きな人の辛い姿。会ってからの一言。表情。
全部が分からない。
「帰ろうかな…」
そうひとりごちてもダメなのは分かってる。上司からのお見舞い品も来られない同僚からの伝言も預かってる。
ええい、こんなものは勢いなんだから!
「あ、あの、すみません。すみません、私……」
彼がゆっくり私を見た。目があった瞬間私は固まって、持っていた紙袋を床に落としてしまった。
「………こんにちは」
ずいぶん長い静寂の中心で、彼が挨拶してくれた。
「あ、あの私、お仕事手伝えば良かったって…できることがあればなんでも…い、今からできること…」
やっぱり勢いじゃダメだったみたい。
拾った紙袋を押し付けて、同僚からの伝言も思い出せなくなって言いたいことだけ言ってしまっている。
「…落ち着いて。ちゃんと全部聞きます」
ふっと笑ってから彼は言った。顔が熱くなるのを感じた。こんなだから私に好かれるのよ…。
後日、彼のためにと勝手に頑張りすぎた結果私が倒れてしまった。同じ病室になってまた彼に笑われた。
【こぼれたアイスクリーム】
「わたし、ずっとひとりぼっちだろうな」
暑さでこぼれたアイスクリームを気にも留めない様子で彼女は呟いた。
私の友達である彼女は、いつもなにかしら誘ってくれる。今日はアイスを食べに行こうって誘われて、今こうして一緒にいる。
「ひとりぼっち?私がいるのに」
私は驚いて声を上げた。彼女は少し目を見開いて、誤魔化すように慌ててアイスを気にし始めた。
「あーあ、もう一回買ってこようかなぁ」
「私が奢ろうか?」
「いーや大丈夫」
彼女はアイスクリームを拭くとため息をついた。
どうしてひとりぼっちなんて言ったんだろうって、ずっと気に掛かった。
その日から彼女は誘ってこなくなった。彼女はよく誰かを連れ出すような性格だったけど、しばらく誰も彼女と遊ばなかったようだった。
心配していたけど、彼女から連絡はなかった。
もう二度と会わなくなって、彼女の連絡先も失くしてしまって気付いた。
私は彼女の連絡を待つだけで、彼女に連絡を取ろうとしたことはなかった。そしてみんなもそうだった。
ああそうか、私には彼女がいたけど、彼女には私も、誰もいてくれなかったんだね。
【またね】
いつもの丘に君は来なかった。
夕暮れ時、いつもここで二人で会って話をしていた。
空が橙になるこの時間だけ時空が歪むらしいこの場所で、僕たちはたまたま知り合った。
互いにこの丘で夕日を見るのが日課だった。話していく内に打ち解けて、生きる時空が違うことも知った。
僕たちは色んな話をした。互いの時代のこと、流行っていることもその日の出来事も、たくさん話した。
しかし、名前だけは明かさなかった。二人で話すこの時間が、互いの人生に干渉しないようにするために。
「俺さ、もうここに来れないかも」
ある日君は言った。僕は驚いて固まってしまった。
「なんで?」
「引っ越すらしいから。もう会えないな」
そっか、とすら声に出せなかった。どこに引っ越すのかと本当は聞きたかった。でも聞かなかった。
「話してて思ったけど、俺たぶんそっちからしたら未来人だよな。」
薄々気づいていたことを打ち明けてきた。
相手もきっと僕のことを探したくて、名前を聞こうとしたんだと思う。でもそれを我慢してるように見えた。
「きっとまた会えるから。」
僕は無理やり話を切り上げた。
二人で祈るような「またね」を言って解散した。
それからその丘に君が現れることはなくて、僕もその内行かなくなった。
数十年後、普通に人生を歩んだ僕は結婚して子どもができた。大切な一人息子を見て分かってしまった。
子どもの頃の不思議な丘での思い出のオチを。
「またね」は果たされたわけだ。