嵐のような人だった。
急に私の前に現れて、あまり動かない私の心を大きく揺さぶった。
彼女と紡ぐ物語は、私の感情が生きているような気さえしていた。本当に幸せな時間だった。
彼女はずっと私のそばにいると言った。
私はいつか終わってしまうだろうと言った。
彼女はそれでも笑っていた。
ある日、私には居場所ができた。
大切な仲間ができて、色んな経験を積んだ。
彼女のことは忘れていた。
そして長い時が流れた。
私はふと彼女のことを思い出した。
今にして思えば花の散るような一時の関わりだった。
それでも私は彼女を忘れられなかった。
でも、もうどこを探しても彼女はいなかった。
誰もが彼女の居場所を知らないと言った。
そして皆が口を揃えて言った。
「嵐のような人だった」と。
ねえ、私はずっと貴方を忘れられなくて、過去になりかけている貴方の面影を見ている。
ずっと探しているから。
風とともに去った、貴方の軌跡を追って。
【夜が明けた。】
太陽と月の戦争で、月の勝利から星霜。
永い永い夜の時代が終わった。
暗がりの女王は隠れ、その子らは捕らえられた。
明るい王は彼らを照らして、その冠を戴いた。
「さあ照らせ。この平穏を遠くまで」
明るい王が弓矢を放った。
光は波紋のように広がり陽が降り注ぐ。
暗がりの女王の得物であった夜の盾は、
その敬意とももに空へ飾られた。
盾は実体を失くし広がっていった。
そして真ん中に嵌められた夜の象徴たる天然衛星だけがその場に取り残されたのだ。
明るい王は星々を従え天に登った。
光は彼方へ行き届いた。
明るい王は隠れた月にすら面影の役を与えた。
太陽の時には活発を、月の時には休息を。
眠っていた全ての命はもうじき目覚めるだろう。
この陽の光の下に。そして命は巡り始める。
廻る星々の真ん中に太陽は鎮座した。夜が明けた。
【どこへ行こう】
大切な人を愛することを諦めてしまった。
一時の想いを告げた。貴方の向こうに、必ず訪れるであろう惜別の別れとその虚しさを見据えてしまった。
何の取り柄もないただの私は
どうして永久不滅の愛を欲しがったのか。
貴方は既に他の誰かを見ていて、
まだ知らぬ景色を懐かしんでいるという。
あぁ、寂しくて仕方ない。
捨てきれないこの恋心はどこへ行こうと言うのだろう。
けれど、それで良かった。
独りよがりな愛を抱き続けた私の終わりが、
この結末だと言うのなら。
お似合いの最後だった。
貴方が幸せであれば、もう何も望むことはない。
【元気かな】
少しだけ好きな人がいて、少しだけ。それでも彼とは毎日会っていたの。
私は今では地位なき魔法使いで、彼は…ぶっきらぼうで大人しくて、でもとっても優しい戦士だった。
でも、ある日その人はいなくなってしまった。
どこを探してもどんな魔法を使っても見つからない。
花びらが示す占いは、彼がどこかで生きていることを伝えるだけだった。
ただ焦って、この心に空いた穴を埋めることに必死になっていた。いなくならないと思ってた。
私たち、友達ですらない放浪者同士だったわね。
「元気かな」
青い空が私を見ている。きっと、どこかにいる彼のことも見ているのだろう。
空から見たら私たち、それでも近くにいるんでしょう。
だから、私はまた会えることを知っている。
今はこの花びらたちが彼を隠しているだけだから。
風が止んだ頃、きっとまた会えるわ。
そうなんでしょう?私の大切な人。
【空に向かって】
どんよりと雲の掛かった暗い空を見上げている。
まだこの絶望が満たした部屋よりは明るい。
数日前から誰も掛からない罠をぶら下げて、ただそこに掛かることのない獲物を鏡越しに見た。
よれたスーツを着た獲物が映っているだけだった。
昨日の夜、帰ってきてからそのままベッドにも入らず寝てしまっていた。
フローリングの冷たさを背中に感じた。
その冷たさですら今の自分には不充分だった。
「しょうもないな。本当に」
祈る神もいない。ただ光の差し込まない空に向かって呟くだけで、その声も虚空に消えていく。
病むことも健やかでいることも叶わない人生に、救いなんてないんだよな。