【渡り鳥】
生命が本格的に眠りの準備を始めた頃。
貴方もまた遠くへ行ってしまうのだと聞いた。
彼らの一族は渡り鳥と呼ばれる放浪の民族だった。
その一族は皆、寒さに弱い体質で冬が来る前に暖かい地へ渡ると言う。
「いつか君に会いに行くよ」
「…うん」
秋は愛されにくい季節だ。春のような始まりも、夏のような懐かしさも、冬のような静けさもない。
私はそんな秋を愛していた。私にとって、貴方と会えたこの秋はどの季節より特別だった。
「私も…私も貴方と行きたかった。」
涙が止まらなかった。貴方は困った風に笑う。
「泣かないで。きっとまた会えるから」
貴方もどこか泣きそうだった。
私が…暑さに弱い民族じゃなければ。
あなたとどこまでも行けたのに。
寒さを感じたことがないはずなのに、旅立つ貴方を見送った私の心はずっと、ずっと寒かった。
【さらさら】
貴女と共にこの道を歩いている。
最初に出会ったこの庭園の道を。
あるパーティーの日、騎士である私も呼ばれ参加していた。酔いを冷ますためにこの庭園に出たのだ。
魔女の貴女は星を浮かべながら鼻唄を歌っていたな。
宮廷魔術師だと知らずに声を掛けなければ、この日は訪れなかっただろう。
私は貴女に惹かれてこの地位まで上り詰めた。
貴女と対等に語り合いたかったから。
貴女は私の手を握り笑う。
「今が人生で一番幸せな時間だわ。そして、この幸せがずっと続くのね。」
私も「あぁ、そうだよ」と返事をして笑った。
「私ね、魔法を学ぶ以外空っぽだった。私の日記は真っ白だった。でも、貴方と会ってから私の物語は動き出したの。さらさらと筆が動いたの」
「これから二人でずっと幸せな物語を紡いでいこう」
時間を告げる鐘が鳴った。
司祭たる友人が私たちを呼んだ。
「おい、式が始まるぞ。主役が遅れるなよ」
私たちは駆け出した。白い花びらが舞っていた。
【これで最後】
天真爛漫で、無鉄砲な顔見知りがいた。
彼女は楽観的な明るさと退廃的な考えを持っていた。
彼女はいつも私を遊びに誘ってきた。
人気者に見せかけた彼女はいつもひとりだった。
私はそれが鬱陶しかった。
「また今度誘うから」と言って、声をかけなかった。
彼女はそれでも何度も底抜けに楽しそうな顔で私に話しかけてきた。私はその度に彼女をいなしていた。
ある日、彼女はいつもの笑顔で誘ってきた。
「また今度誘うから」いつもみたいに断った。
でも彼女はにこにこしながらどこか静かに言った。
「これで最後にするよ」
それから彼女はいなくなった。
ある日、風の便りがあった。
彼女は死んだのだと。
清々した。もう二度とあのつらを拝むことはない。
あの声を聞くことも、あの言葉を言われることも。
彼女の言葉に耳を傾けたことがなかった。
彼女の心を見ようともしなかった。
私は、私は
【酸素】
旧友たる彼女が姿を消した。女神の加護するこの都の町娘の一人で、唯一何の能力も持ち合わせぬ少女だった。
陽気で無邪気な彼女はそれを気にすることもなくいつも笑っていて、仲介者のような存在だった。
しかし能力を持たぬ者を皆は煙たがっていた。
「元気してる?」
いつもそう問いかけて明るく接してくれる彼女に答えられなくなっていて、それをずっと謝りたかった。
しかし彼女を見つけることはできなかった。
数ヵ月後、町の外れの小さな教会で床に伏す彼女を見つけた。
何も言えない私に彼女は笑い掛けた。
私はいつの間にか溢れていた涙を止められなかった。
彼女の方が苦しいはずなのに、私はうまく酸素を取り込むことができなかった。
「俺は、ずっと、君に」
謝りたいなどという傲慢を口に出せなかった。
しかし彼女は私の手を取って微笑んだ。
「ふふ、元気してた?」
私はその瞬間何も言えなくなってしまった。
長い時間を掛けてようやく捻り出した言葉は加護ではどうにもならない、どうしようもない願いだった。
「死なないで」
嵐のような人だった。
急に私の前に現れて、あまり動かない私の心を大きく揺さぶった。
彼女と紡ぐ物語は、私の感情が生きているような気さえしていた。本当に幸せな時間だった。
彼女はずっと私のそばにいると言った。
私はいつか終わってしまうだろうと言った。
彼女はそれでも笑っていた。
ある日、私には居場所ができた。
大切な仲間ができて、色んな経験を積んだ。
彼女のことは忘れていた。
そして長い時が流れた。
私はふと彼女のことを思い出した。
今にして思えば花の散るような一時の関わりだった。
それでも私は彼女を忘れられなかった。
でも、もうどこを探しても彼女はいなかった。
誰もが彼女の居場所を知らないと言った。
そして皆が口を揃えて言った。
「嵐のような人だった」と。
ねえ、私はずっと貴方を忘れられなくて、過去になりかけている貴方の面影を見ている。
ずっと探しているから。
風とともに去った、貴方の軌跡を追って。