麦わら帽子
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君の奏でる音楽は、いつも力強くて、優しくて、明るくて、温かい。まるで君を表すようで、とても好きだよ。空に響いた音を聞いて、たくさん仲間が集まって、みんなで楽しむ。そんな音楽。
私が奏でる音楽は、いつも響いて、厳しくて、暗くて、冷たい。まるで私を表すようで、とても嫌いだ。地下に響いた音を聞いて、たくさん妖魔が集まって、みんなを引きずり込む。こんな音楽。
君が引っ張ってくれる時には、私も明るい音を奏でてみんなにひかりを届けるけれど、やっぱりひとりで奏でる音は、闇の中に消えてゆく。
ひとりでいるのは寂しいよ。暗い道では苦しいよ。
また、いつか、みんなで一緒に奏でる日まで、私はひとりで闇をつくるから。
みんなはひかりで包んでね。
魔法の汽車に乗って、世界を旅しよう。
たとえば、最先端の街。
電子掲示板が光って、信号待ちなんていうものはなく、人は空飛ぶ車で移動する。背の高いビルと地下のネオンサインに埋められた地上と、車が飛び交う空は電子の街だ。私たちはちょっと地球という星を心配して、そのあと観光するだろう。かっこいい機械やロボットがあれば、きっと君たちはそれにくぎ付けだろうね。
たとえば、深い海の底。
太陽の光が届かない海の底で、小さなランプの光だけ。暗いままふらふらと踊っていたら、きっと彼女たちはやってくる。きらきら輝く美しい尾びれをもつ人魚は、ふわりと私たちをつれて深海の街へ赴く。海上の反射光を閉じ込めた青いランタンに照らされて、大きな泡に包まれた壮麗な街が現れたら、君たちは声を上げてはしゃぐだろう。
たとえば、深い森の中。
古びた朱色の鳥居をくぐれば、きっとそこは幽世の世界。時が止まったその場所で、うごめく影を横目に歩こう。森を抜けても知らぬ町。慌てて戻れどもう遅い。ぞろぞろ這い出る何かを倒して、必死に探した鳥居を見つけ、みんな一緒に踏み出せば、そこは見慣れた森の中。二度とごめんというだろうけど、たまにはいいと思うんだ。
たとえば、空の雲の上。
白い大地に白い海。地面を歩く度、ずずんと沈み、ふわんと浮かぶ。少し歩いて緑の大地が見えたなら、つる植物をつたって岩場に登り、白い町を見渡そう。いつか見た石の塔と黄金の金は失われても、その国の人々はずっと美しい。雲の上から降りる時は気をつけて。きっと雲は移動していて、真下は海かもしれないよ。
たとえば、鏡の中の国。水面に写った月を通って不思議の国に踏み込めば、そこは全てが反転していて、私たちも例外では無い。君たちはお互いを見て笑うけれど、なんだか既視感があるのは私だけかな。いつか見た景色の中にこの国の君たちがいた気がした。薔薇の迷路とお城を抜けて、お茶会に参加したら、不思議な猫と散歩して、すぐまた最初の鏡に行き着く。帰ってきたら鏡は通れず、みんなで夢を疑うかもね。
たとえば、こんな理想の話。
みんなで行けるのは、人生一度に世界も一つ。残りの世界は、いつも必ず一人旅。いつか訪れる終点まで、各駅停車に乗り込んで、じっと、ずっと、耐えて、耐えて、耐えて。いつか、壊れてしまった時は、終点までの特急列車に乗ろう。と、現実の中を歩いている。
たとえば、この旅が終わるなら。
私は最後に、君たちと会いたい。
蝶よ花よ
我が人生に一片の光を
月の無い夜に歩いたコンクリートと硝子の道は、淡く光る蝶が照らし、何百かの蝶でつくられた道は、一輪の花へと続く。
月の無い夜に歩いた何百かの蝶の道は、全ての光を飲み込んだまっくろい花へ続き、その花は私の心も飲み込んだ。
蝶よ花よ
我が心を永遠の闇へ
黒い影をつくる堤防に座って、真っ赤なりんご飴を食べよう。
それから、長蛇の列に並んで、かき氷を買おう。
それから、新しい浴衣を着て、君に褒めてもらおう。
それから、景品は要らないけれど、射的で勝負をしよう。
それから、それから、それから、それ、か、ら、…
君たちと行くお祭りのために、たくさん計画を立てた。
お祭りの光は、この間の嵐などなかったようにカラカラと輝いていた「らしい」。
海の近くの神社は、地元の人や観光客でいっぱいだった「らしい」。
日が暮れる頃には、売り切れのお店も多くて残念そうな人がたくさんいた「らしい」。
堤防から見る花火は、大きくてとても綺麗だった「らしい」。
真っ黒な視界で、自分の部屋に閉じこもって、うずくまったまま聞いた、花火の、音。
大きくて雷みたいだったから、今もまだ苦手だ。
私は、魔法とか、呪術とか、いろんな力が使えるだろう?最近気がついたのだけれど、無意識の内に身体強化を使っているようなんだ。
少しの力で高いところまで飛べたり、
遠くの音まで良く聞こえたり、
傷の治りが早かったり、よく考えると便利だね。
実は、お祭りの次の日から、『目を閉じていても周りが見えるようになった』んだ。不思議だね。
君たちには内緒だけれど、あの日から私は視力が無い。
魔法おかげで前よりよく見えているけれど、ね。
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今回は彼の視点です。
俺は何百回か前の人生で、嵐の夜に死んだ。
俺の他には七人仲間がいるが、その日は何故か俺を含めた七人しかいなかった。
いつも通りアレ等と戦ったつもりだった。
結果は敵を倒したものの、全員重傷。
この次の週末、みんなで祭りに行こうと言っていたのに、運が悪い。
崩れる陣形、微妙に噛み合わないタイミング、効かない攻撃。その日初めて、あいつが俺たちの中で一番強いのだと知った。
脅威が去っても、動けなくては怪我の治療もできない。だんだん頭に霧がかかっていくなかで、あいつの気配がした。
あとから聞いた話だが、あいつは俺たちが戦っている時、寝ていたらしい。あいつの家の周辺にかかっていた呪いは、戦いが終わるまでその空間を外界と遮断するものだった。
何時もなら気がつく不穏な空気も、仲間の危機も、敵の気配も、何もかもがあいつに届いていなかった。戦いが終わって、目が覚めたあいつはすぐに異変に気がついただろう。どんな気持ちで、俺たちのもとへやってきたのだろうか。
俺たちは人間だが、本当に人間じゃない。アレ等と戦うために生まれてきた俺たちの死体は塵となり、魂は次の「人生」に「転生」する。
あいつは消えてゆく俺たちを見て何を思ったのか。
ただ一つわかることは、あいつがあの日以来、睡眠を嫌うようになって、あの日俺たちに降り注いだ豪雨と雷を恐れるようになったことだ。
たとえ嵐が来ようとも、
必ず守りたいと思った。
いつからか鉄の仮面をつけた君を。
苦しい。気分が悪い。暑い。熱い。あつい。
昔から、夏が苦手だ。
普段から鍛えているせいか、息は上がらないし、持ち前の演技力と笑顔で、大体の人には「普段通り」誤魔化せる。まだ、大丈夫だ。笑えてる。
きらきら光って透明な夏が、昔から好きだ。
みんなが笑っているのを見るのが好きだから、プールや海で着る水着を選ぶのも好きだから、境界のない真青な海と空が好きだから。
太陽の日差しが、砂浜に反射した光が、海面の白い波が、眩しい。
海ではみんなが泳いでいるし、パラソルの下も満員のようだし、何より邪魔になりたくない。このまま何とか耐えれば、良い。
そう思ってうつむいた時、ゆらりと影がさした。気がつけば手を取られて走っていて、そのまま青い宝石の波に割り込んでいく。腰が浸かるほどの深さになったところで、彼が振り向き、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。いきなりどぼん、と沈んだので、腕を掴まれでいた私まで沈んでしまった。
先程まで腰程度だった水深は、一歩進んだだけでかなり深くなっていたらしい。後でみんなに注意しなくては。彼に引き寄せられたので、恐る恐る閉じていた目を開く。
そこは龍の都だった。
海上からの光を受けた海中が、深い青に染まっていて、輝いている。ルビーやペリドットの魚は群れをなして悠々と、時に鋭く泳いでいく。何よりも海底の岩礁が連なり、龍の体をつくって闇の中へ消えていった。
横目で彼を見ると、私の視線に気づいて微笑んだ。彼は私の不調に気がついていたのだろうか。
息が続かなくなって、再び空の下へと戻ってくると、彼はまだ手を離さずに海岸付近へと私を導く。
心配しなくても、こんなところで死のうなんて思わないよ。
都の主に悪いじゃないか。
足がつくようになってようやく手を離すと、友達に呼ばれた彼はすぐにそちらへ行ってしまった。本当に忙しい人だ。何時も彼には迷惑されている。
やっぱり、私は来なくてもよかったんじやないか。
また日差しに照らされて、苦しくなってくる。
ただ、何故か心が軽くなっていた気がした。