夜叉@桜石

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苦しい。気分が悪い。暑い。熱い。あつい。
昔から、夏が苦手だ。
普段から鍛えているせいか、息は上がらないし、持ち前の演技力と笑顔で、大体の人には「普段通り」誤魔化せる。まだ、大丈夫だ。笑えてる。
きらきら光って透明な夏が、昔から好きだ。
みんなが笑っているのを見るのが好きだから、プールや海で着る水着を選ぶのも好きだから、境界のない真青な海と空が好きだから。
太陽の日差しが、砂浜に反射した光が、海面の白い波が、眩しい。
海ではみんなが泳いでいるし、パラソルの下も満員のようだし、何より邪魔になりたくない。このまま何とか耐えれば、良い。
そう思ってうつむいた時、ゆらりと影がさした。気がつけば手を取られて走っていて、そのまま青い宝石の波に割り込んでいく。腰が浸かるほどの深さになったところで、彼が振り向き、にやりと意地の悪い笑みを浮かべる。いきなりどぼん、と沈んだので、腕を掴まれでいた私まで沈んでしまった。
先程まで腰程度だった水深は、一歩進んだだけでかなり深くなっていたらしい。後でみんなに注意しなくては。彼に引き寄せられたので、恐る恐る閉じていた目を開く。
そこは龍の都だった。
海上からの光を受けた海中が、深い青に染まっていて、輝いている。ルビーやペリドットの魚は群れをなして悠々と、時に鋭く泳いでいく。何よりも海底の岩礁が連なり、龍の体をつくって闇の中へ消えていった。
横目で彼を見ると、私の視線に気づいて微笑んだ。彼は私の不調に気がついていたのだろうか。
息が続かなくなって、再び空の下へと戻ってくると、彼はまだ手を離さずに海岸付近へと私を導く。

心配しなくても、こんなところで死のうなんて思わないよ。
都の主に悪いじゃないか。

足がつくようになってようやく手を離すと、友達に呼ばれた彼はすぐにそちらへ行ってしまった。本当に忙しい人だ。何時も彼には迷惑されている。
やっぱり、私は来なくてもよかったんじやないか。
また日差しに照らされて、苦しくなってくる。
ただ、何故か心が軽くなっていた気がした。

7/2/2024, 11:19:00 AM