滝谷(shui)

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9/25/2023, 12:49:36 PM

【窓から見える景色】

 車窓から見えたのは、みたこともない紅葉でした。

「わー! 見ろよ! 山一面が紅葉してるぞ!」
「うわぁ、ほんまや! 初めてみた!」
「俺たちは本当に遠くまで来たんだな……」

 親友の角田と宮野をつれて、列車に揺られること二日目。
 とうとう見たことのない景色をまえに、俺たちのテンションは最高潮に達していた。
 今、列車が走っているのがどこかは知らない。
 行き先も知らずに深夜に駆け込んだ駅から、適当に乗り継いで来たからだ。
 県外なのはわかる。多分、西に向かってる。
 けど、この冒険は初めてのことばかりでも、ちっとも怖くなんかなかった。

「今頃みんなどうしてるかなー」
「流石に高校生三人が失踪! なんて話題になっとったりせぇへんかな? 俺たち話題の人やん」
「それは無いさ。俺と角田はともかく、桜井の親は国会議員だ。子供の夜逃げなんて話題にもしないさ」

 俺と角田と違い、宮野だけは冷静に言った。
 確かに、そうかも。
 淡白で仕事人間、そんな親の顔を思い浮かべて、うん、と言うと宮野がすぐに笑い返した。

「お陰で静かに旅行できそうだけどな」
「帰ったら怖いでぇ〜! 牢に入れられるかもしれへん」
「その時は三人一緒な」
「ぶっっっは!」

 盛大に吹き出す角田に、俺も笑った。

 抑圧されていた環境。
 管理された家族。
 監視される日々。
 親のキャリアを潰さないように、と面目ばかり気にしていた俺を、親友が連れ出してくれたんだ。
 今だけは、この時間を思う存分楽しみたかった。

 例え、家に帰ったら、二度と外には出られなくなったとしても。

「安心しろよ、桜井」
「せやせや。俺たち高校生やで。危ない目にあっても三人ならどうにかなるって。もちろん、ヤベー事はせぇへんけど!」

「うん。ありがとうな、二人とも」

 心から、勇気が込み上がる。
 言葉が心に染みると、目頭が熱くなるんだって、二人が教えてくれた。
 だからこそ。

「なぁ、記念写真撮ろうよ」
「ええなぁ! みんなで撮るか!」
「背景は車窓にしようか。紅葉が綺麗で映えるしさ」
「撮るでー!」

 俺はこの旅を、これからもずっと忘れない。

9/21/2023, 10:51:08 AM

【秋恋】

「これ、シュウレンって読むんだよ」

 秋恋。
 そう書かれた文字をなぞり、彼女は笑った。
 栗色に染めた長い髪はふんわりと巻いていて、暖色のカーディガンと薄化粧も彼女にはよく似合っている。
 高校で見るのとは違う姿に、僕は視線を彷徨わせた。同級生のはずなのに、彼女のが大人っぽくて、艶っぽい。

「そうなんだ。知らなかったよ」

 僕は嘘をついた。
 本当は知っているよ。秋の恋は長く続くなんて話も。
 ただ。言葉を途切れさせたくなかっただけ。
 君の声を、聞きたかったから。

「そっかー! 和哉くんにも知らないことってあるんだね」
「あるよ。何でもは知らないと言うか」
「ふふふ、ちょっとホッとしちゃった」

 得意げに彼女が笑う。
 好きと語る小説を開いて、彼女はまた紙の上に指を滑らせた。何度も読み込まれた跡のある本を彼女が愛おしそうに見つめる。
 おい、本、ちょっと僕と位置を変われよ。何て口が裂けても言えないが……少しうらやましくはあった。

「この小説はね、同い年の男女が恋に落ちてく話なの。でも秘密もあり、謎解きもありで面白いんだ」
「恋愛小説なんだね」
「和哉くんも何か秘密あるよね? 当ててあげようか」

 ーー好きな人、いるでしょ?

 彼女の口元が強気に口角を上げるのを見て、僕はドキッとした。
 知っているのだろうか?
 もしかして、バレていたとか?
 嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、怖いものを見るような思いが一瞬で心の中で混ざり合う。絵の具を全て混ぜた時の、あの混沌みたいな感じ。

「当ててあげようか?」
「うん。……あ、やっぱり、まって」

 咄嗟に僕は手を広げてストップをかけた。
 赤い顔は見せられない。その勇気はなくて。
 それに。今は。

 まだ、恋を夢見ていたいんだ。

9/16/2023, 9:18:09 PM

【空が泣く】

 しとしと、と言うよりはサラサラとした雪の日だった。
「お空が泣いてるよ」
 と言い出したのは俺に肩車されている姪っ子だ。
「空が? ただの雪だろ」
「ううん。今日のは違うよ」
 何が違うのかわからなくて首を捻る俺。絵本の話かなんかだろうか?
 生憎だが高校生になる俺に、絵本の話などちっとも理解がなかった。理系だから、と言うよりも本を読むのがそこまで好きじゃなかったから、さ。
 アスファルトに沿って並ぶ住宅も、冬になると気まぐれに降る雪も、俺にとってはいつもと同じだし違いなどわからない。

 しかし、姪はそんなことは気にせず。どこか不思議な様子で続けた。

「今日は何かが起こる日なのね」

 肩車越しでも、姪がどこか遠くを見るような声で言ったのはわかった。
 何がって……何が?
 見上げようとして、俺の頬に雪が落ちる。液体となったそれは涙のように頬を伝った。
 5歳児の話に真面目に受け止める俺も変かもしれない。
「そうなのかもな」
 適当に答えると、うん、と姪は頷く。

 それから事件が起こったのは、夜、雪が積もってからのことだった、

8/29/2023, 12:10:39 PM

【言葉はいらない。ただ……】

 熱を下さい。
 そう耳に囁いてから、俺たちはベッドに傾れ込んだ。
 今日は家に親はいない。
 兄弟も。
 今だけ俺と君だけの時間だから、とそのまま口づけを交わした。姉の結婚式で見たような優しいものじゃなく、もっと長く、激しいものを。
 二人で抱きしめ合いながら。

 はぁ。と息継ぎも束の間。
 言葉も惜しいと二人は直ぐに唇を重ねる。
 奪い合う酸素。必死の俺。
 苦しそうに息継ぎする君の顔が赤く、高揚していているのがわかったら。もう止まれないと思った。
 高鳴る胸。君も同じ。
 君の腕を掴むと、汗ばんでしっとりした。目が潤んでる。熱を求めるのが、俺だけじゃないって物語るみたいに。

 時間は有限。
 せめて。
 今日こそ。

 いいよね、と君の制服のボタンに手をかけた瞬間。
俺の部屋の扉が開いた。
「妹はいるのよ、お兄ちゃん」
「うわぁああああああ!!!」

 馬鹿ぁ! と叫んでももう遅い。
 高校生の俺たちは、大人の階段を踏み外して赤っ恥をかくのだった。

 ……部屋の鍵……買おうかなぁ。
 

8/28/2023, 3:16:54 AM

【雨に佇む】

嵐のように雨が吹き荒れた日だった。
静まり返った公園で、君がずぶ濡れになりながら空を見ていたのは。

「ね、ねぇ、ちょっと」
僕は慌てて声をかけた。

どうしたの? 何してるの? 風邪ひくよ?

なんて言おうかなんて思い付いてない。ただ、雨に濡れるのは悲しい事だと思っていたから、急いで傘を刺したんだ。

なのに、君は。

「どうしたの、良い天気なのに」
と惚けたように話すから、僕は面食らってしまった。
なんだって?
良い天気だって?
「どこをどう見たらそうなるんだ」
「私にとっては良い天気なんだよ」
ふふふ、と笑う君に僕はついていけない。
とりあえず傘を刺したまま、僕は彼女の隣に立つことにした。

近くの道路からは車の行き交う音がする。
たまに道を散歩する人が通りかかったが、挨拶をすることもなかった。

「あのね」
君が話しだす。かなり時間が経っていた気がした。
「なんだい?」
「あなたは忘れているかもしれないけど、雨の日は私たちが初めて会った日なの。私にとって雨の日は、幸せの日なのよ」

君はチラッと僕を見ると、また空を見た。

「雨が止んだら私は帰らなきゃいけないから……本当は止んでほしくないんだ。だからもっと降ってほしいなって空を見ていたの」
「なんだ……そんな事で」
「そんな事じゃないよ」

今度は、しっかり僕を見て……彼女は笑った。

「雨でも降らないと、あなたは私のこんなにそばにいてくれないでしょ?」

そんな事は、ない、とは言えなかった。
話すのはそんなに得意な方ではないから。

「もうちょっとだけそばにいてね」
それだけ言うと君はどこか満足そうだった。
僕は、どうしようか。

なんと返事をしていいかわからないまま。雨が止むまで肩が触れそうな距離にいた。

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