【窓から見える景色】
車窓から見えたのは、みたこともない紅葉でした。
「わー! 見ろよ! 山一面が紅葉してるぞ!」
「うわぁ、ほんまや! 初めてみた!」
「俺たちは本当に遠くまで来たんだな……」
親友の角田と宮野をつれて、列車に揺られること二日目。
とうとう見たことのない景色をまえに、俺たちのテンションは最高潮に達していた。
今、列車が走っているのがどこかは知らない。
行き先も知らずに深夜に駆け込んだ駅から、適当に乗り継いで来たからだ。
県外なのはわかる。多分、西に向かってる。
けど、この冒険は初めてのことばかりでも、ちっとも怖くなんかなかった。
「今頃みんなどうしてるかなー」
「流石に高校生三人が失踪! なんて話題になっとったりせぇへんかな? 俺たち話題の人やん」
「それは無いさ。俺と角田はともかく、桜井の親は国会議員だ。子供の夜逃げなんて話題にもしないさ」
俺と角田と違い、宮野だけは冷静に言った。
確かに、そうかも。
淡白で仕事人間、そんな親の顔を思い浮かべて、うん、と言うと宮野がすぐに笑い返した。
「お陰で静かに旅行できそうだけどな」
「帰ったら怖いでぇ〜! 牢に入れられるかもしれへん」
「その時は三人一緒な」
「ぶっっっは!」
盛大に吹き出す角田に、俺も笑った。
抑圧されていた環境。
管理された家族。
監視される日々。
親のキャリアを潰さないように、と面目ばかり気にしていた俺を、親友が連れ出してくれたんだ。
今だけは、この時間を思う存分楽しみたかった。
例え、家に帰ったら、二度と外には出られなくなったとしても。
「安心しろよ、桜井」
「せやせや。俺たち高校生やで。危ない目にあっても三人ならどうにかなるって。もちろん、ヤベー事はせぇへんけど!」
「うん。ありがとうな、二人とも」
心から、勇気が込み上がる。
言葉が心に染みると、目頭が熱くなるんだって、二人が教えてくれた。
だからこそ。
「なぁ、記念写真撮ろうよ」
「ええなぁ! みんなで撮るか!」
「背景は車窓にしようか。紅葉が綺麗で映えるしさ」
「撮るでー!」
俺はこの旅を、これからもずっと忘れない。
【秋恋】
「これ、シュウレンって読むんだよ」
秋恋。
そう書かれた文字をなぞり、彼女は笑った。
栗色に染めた長い髪はふんわりと巻いていて、暖色のカーディガンと薄化粧も彼女にはよく似合っている。
高校で見るのとは違う姿に、僕は視線を彷徨わせた。同級生のはずなのに、彼女のが大人っぽくて、艶っぽい。
「そうなんだ。知らなかったよ」
僕は嘘をついた。
本当は知っているよ。秋の恋は長く続くなんて話も。
ただ。言葉を途切れさせたくなかっただけ。
君の声を、聞きたかったから。
「そっかー! 和哉くんにも知らないことってあるんだね」
「あるよ。何でもは知らないと言うか」
「ふふふ、ちょっとホッとしちゃった」
得意げに彼女が笑う。
好きと語る小説を開いて、彼女はまた紙の上に指を滑らせた。何度も読み込まれた跡のある本を彼女が愛おしそうに見つめる。
おい、本、ちょっと僕と位置を変われよ。何て口が裂けても言えないが……少しうらやましくはあった。
「この小説はね、同い年の男女が恋に落ちてく話なの。でも秘密もあり、謎解きもありで面白いんだ」
「恋愛小説なんだね」
「和哉くんも何か秘密あるよね? 当ててあげようか」
ーー好きな人、いるでしょ?
彼女の口元が強気に口角を上げるのを見て、僕はドキッとした。
知っているのだろうか?
もしかして、バレていたとか?
嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、怖いものを見るような思いが一瞬で心の中で混ざり合う。絵の具を全て混ぜた時の、あの混沌みたいな感じ。
「当ててあげようか?」
「うん。……あ、やっぱり、まって」
咄嗟に僕は手を広げてストップをかけた。
赤い顔は見せられない。その勇気はなくて。
それに。今は。
まだ、恋を夢見ていたいんだ。
【空が泣く】
しとしと、と言うよりはサラサラとした雪の日だった。
「お空が泣いてるよ」
と言い出したのは俺に肩車されている姪っ子だ。
「空が? ただの雪だろ」
「ううん。今日のは違うよ」
何が違うのかわからなくて首を捻る俺。絵本の話かなんかだろうか?
生憎だが高校生になる俺に、絵本の話などちっとも理解がなかった。理系だから、と言うよりも本を読むのがそこまで好きじゃなかったから、さ。
アスファルトに沿って並ぶ住宅も、冬になると気まぐれに降る雪も、俺にとってはいつもと同じだし違いなどわからない。
しかし、姪はそんなことは気にせず。どこか不思議な様子で続けた。
「今日は何かが起こる日なのね」
肩車越しでも、姪がどこか遠くを見るような声で言ったのはわかった。
何がって……何が?
見上げようとして、俺の頬に雪が落ちる。液体となったそれは涙のように頬を伝った。
5歳児の話に真面目に受け止める俺も変かもしれない。
「そうなのかもな」
適当に答えると、うん、と姪は頷く。
それから事件が起こったのは、夜、雪が積もってからのことだった、
【言葉はいらない。ただ……】
熱を下さい。
そう耳に囁いてから、俺たちはベッドに傾れ込んだ。
今日は家に親はいない。
兄弟も。
今だけ俺と君だけの時間だから、とそのまま口づけを交わした。姉の結婚式で見たような優しいものじゃなく、もっと長く、激しいものを。
二人で抱きしめ合いながら。
はぁ。と息継ぎも束の間。
言葉も惜しいと二人は直ぐに唇を重ねる。
奪い合う酸素。必死の俺。
苦しそうに息継ぎする君の顔が赤く、高揚していているのがわかったら。もう止まれないと思った。
高鳴る胸。君も同じ。
君の腕を掴むと、汗ばんでしっとりした。目が潤んでる。熱を求めるのが、俺だけじゃないって物語るみたいに。
時間は有限。
せめて。
今日こそ。
いいよね、と君の制服のボタンに手をかけた瞬間。
俺の部屋の扉が開いた。
「妹はいるのよ、お兄ちゃん」
「うわぁああああああ!!!」
馬鹿ぁ! と叫んでももう遅い。
高校生の俺たちは、大人の階段を踏み外して赤っ恥をかくのだった。
……部屋の鍵……買おうかなぁ。
【雨に佇む】
嵐のように雨が吹き荒れた日だった。
静まり返った公園で、君がずぶ濡れになりながら空を見ていたのは。
「ね、ねぇ、ちょっと」
僕は慌てて声をかけた。
どうしたの? 何してるの? 風邪ひくよ?
なんて言おうかなんて思い付いてない。ただ、雨に濡れるのは悲しい事だと思っていたから、急いで傘を刺したんだ。
なのに、君は。
「どうしたの、良い天気なのに」
と惚けたように話すから、僕は面食らってしまった。
なんだって?
良い天気だって?
「どこをどう見たらそうなるんだ」
「私にとっては良い天気なんだよ」
ふふふ、と笑う君に僕はついていけない。
とりあえず傘を刺したまま、僕は彼女の隣に立つことにした。
近くの道路からは車の行き交う音がする。
たまに道を散歩する人が通りかかったが、挨拶をすることもなかった。
「あのね」
君が話しだす。かなり時間が経っていた気がした。
「なんだい?」
「あなたは忘れているかもしれないけど、雨の日は私たちが初めて会った日なの。私にとって雨の日は、幸せの日なのよ」
君はチラッと僕を見ると、また空を見た。
「雨が止んだら私は帰らなきゃいけないから……本当は止んでほしくないんだ。だからもっと降ってほしいなって空を見ていたの」
「なんだ……そんな事で」
「そんな事じゃないよ」
今度は、しっかり僕を見て……彼女は笑った。
「雨でも降らないと、あなたは私のこんなにそばにいてくれないでしょ?」
そんな事は、ない、とは言えなかった。
話すのはそんなに得意な方ではないから。
「もうちょっとだけそばにいてね」
それだけ言うと君はどこか満足そうだった。
僕は、どうしようか。
なんと返事をしていいかわからないまま。雨が止むまで肩が触れそうな距離にいた。