滝谷(shui)

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【秋恋】

「これ、シュウレンって読むんだよ」

 秋恋。
 そう書かれた文字をなぞり、彼女は笑った。
 栗色に染めた長い髪はふんわりと巻いていて、暖色のカーディガンと薄化粧も彼女にはよく似合っている。
 高校で見るのとは違う姿に、僕は視線を彷徨わせた。同級生のはずなのに、彼女のが大人っぽくて、艶っぽい。

「そうなんだ。知らなかったよ」

 僕は嘘をついた。
 本当は知っているよ。秋の恋は長く続くなんて話も。
 ただ。言葉を途切れさせたくなかっただけ。
 君の声を、聞きたかったから。

「そっかー! 和哉くんにも知らないことってあるんだね」
「あるよ。何でもは知らないと言うか」
「ふふふ、ちょっとホッとしちゃった」

 得意げに彼女が笑う。
 好きと語る小説を開いて、彼女はまた紙の上に指を滑らせた。何度も読み込まれた跡のある本を彼女が愛おしそうに見つめる。
 おい、本、ちょっと僕と位置を変われよ。何て口が裂けても言えないが……少しうらやましくはあった。

「この小説はね、同い年の男女が恋に落ちてく話なの。でも秘密もあり、謎解きもありで面白いんだ」
「恋愛小説なんだね」
「和哉くんも何か秘密あるよね? 当ててあげようか」

 ーー好きな人、いるでしょ?

 彼女の口元が強気に口角を上げるのを見て、僕はドキッとした。
 知っているのだろうか?
 もしかして、バレていたとか?
 嬉しい気持ちと、恥ずかしい気持ちと、怖いものを見るような思いが一瞬で心の中で混ざり合う。絵の具を全て混ぜた時の、あの混沌みたいな感じ。

「当ててあげようか?」
「うん。……あ、やっぱり、まって」

 咄嗟に僕は手を広げてストップをかけた。
 赤い顔は見せられない。その勇気はなくて。
 それに。今は。

 まだ、恋を夢見ていたいんだ。

9/21/2023, 10:51:08 AM