滝谷(shui)

Open App
8/3/2025, 8:18:28 AM

 書けなくなってしまった。
 解らなくなってしまった。

 僕というものの中にある、吐き出したい言葉。
 沢山あったはずなのに、今はそれすらわからなくなってしまった。
 記憶の奥が霞がかったように。
 意識が遠い。自分の脳みそのくせに、思い通りに回らない。

 ああ。
 どうせなら。
 この憂鬱な記憶ごと、波が連れ去ってくれたら良いのに。
 砂浜に描く、もう文字ですらない言葉。

 君に笑われた小説だった何かが、ゆっくりと波に溶けてゆく。

8/2/2025, 8:49:48 AM

【8月、君に会いたい】

「君は相変わらず堅物だなぁ」

 8月になると、私は君に会いに来る。
 なんて事のない、他愛ない夏の日。
 空は青く。歩くだけで汗が落ちた。
 ついでに蝉の音は会話をかき消すほどうるさい。

 そんな中をわざわざ会いに来たというのに、君は笑いもせず、顔色を変えることもない。

 ま、君が何を思っているかなんて軽く想像つくけどね。
 ははーん。まったく。
 もっと喜んでくれてもいいんだぞぉ。
 君は昔から不器用だからなぁ、なんて。
 けらりと笑って、私は麦わら帽子のふちをクイッと持ち上げてた。

 私はトウジと幼馴染だ。
 優しいくせに不器用で、照れ屋なわりに堅物で。なかなか自分のことをうまく伝えてくれないから、周りと仲良くなるのに時間のかかる男だった。
 体が大きいから、怖いやつだと誤解されることも多くって。
 だからお喋りな私は、君がいかにいいやつかを教えて回ったのは今ではいい思い出だ。

 そう。思い出。
 思い出になっちゃったよ。
 君があんまり喋んないから。

「全くさぁ。言葉にしないと伝わらないよ? 君に何度も言ったじゃない」
 昔を思い出す。
 君の優しい手を。若かった君を。
 あの真っ赤な空から降ってきた空襲から守ってくれた時のことを。
 倒壊する家屋。人を飲み込む黒煙。
 恐怖に支配された人間たちが叫びながら逃げ惑う夜。
 苦しそうに背中を焼かれながら、私を庇った君が話した最後の言葉。

『君だけでも、生きて』

「あれは今考えても『僕と一緒に』って言って欲しかったわ。ねぇ、君もそう思わない?」
 君のおかげで。私も八十年も長生きしてしまった。

 硬い石となった君を軽く整えると、花をたむけて寄り添った。
 昔みたいに、今もまた。
 いつまでも愛してるって言わない君に。
 何度でも愛してるって行動で伝えてくれた君に。
 今も寄り添ってる。
「うん、私も愛してる」

 だから、来年も。また、君に会いたい。

12/11/2024, 8:18:02 PM

【何でもないフリ】

 兄貴が俺の世話をやかなくなった。

 ああ、それはそれで幸せだって、思っていたんだけどな。
 両親を幼い頃に亡くしてから、何かと兄貴が親代わりだった。これをしろ、仕事を覚えろ、家を継げ。みたいな言葉が口癖だった兄貴。
 鬱陶しくてうんざりしていたはずなのにな。

 兄貴が結婚して家を出てから、俺が家督を継ぐと、兄は何も言わなくなった。

 俺の周りは静かだ。
 静かすぎて。ちょっと孤独だ。

 寝坊しても怒られないけど、おはようという相手もいない。
 狭いはずの家は、今は広い。
 喧嘩相手も特にない。
 あぁ、なんつーか。こう。
 兄貴の声が懐かしいっていうか。

 そんなことを考えていたら、スマホが鳴った。
 短い言葉で、「子供が生まれた」と兄から届く。
 ちゃんと飯食えてるか、とも届いて、急に声が聞きたくなった。
 急いで電話しようとして、立ち止まる。あっちは今頃賑やかなんだよな。

……。

「うん。子供おめでとう」

 素っ気なく返す。寂しさなんて何もないふり。
 なのに兄貴は「今度、久々に会おう」と言葉をくれるから。

 俺の胸が少しだけ騒がしくなった。 

10/6/2024, 8:50:29 PM

【過ぎた日を思う】

 私の重さに耐えきれず、体重計が壊れたのは、結婚式の半年前のことでした。

 ……ぇっ。
 いやいや、ないでしょ。何キロまではかれるものをかったとおもってるの。

 だが本当にないのは自分の体だ。
 痩せた体が良いとは言わない。
 しかし、ボヨン、と跳ねる3段腹や鉛よりも重くなってしまった足と、とうとう向き合わねばならなくなった。
 腹はもはや三段バラ肉。焼けば油がじゅわりと滴る事間違いなしだ。

 しかしダイエット。
 その言葉だけで拒絶反応が起こる。
 私はぽっちゃり系でいい。もはや太り過ぎて油の滴るダメ女だが。

 あーでも。
 好きになってくれた彼のために、脂肪を筋肉に変えたら。彼が私を持ち上げられるくらい身軽な体になったら。
 それは少しだけ嬉しいかもしれない。

 痩せなくていいのだ(ダイエットという言葉が嫌いだから)。
 ただ、身軽にはなってみたかった。
 

 そこから始まる私の伝説。すなわち肉体改良の日々。
 きつかったマラソンは2週間目を過ぎてから、苦しくなくなってきた。
 食事制限は辛いのでしない。ただ、お菓子の買い食いだけは卒業した。お菓子を食べたきゃ一から作ることにした。
 ストレッチは朝に。筋トレは好きなだけ。
 体重が変わらなくても、腰が細くなるだけでなんだか私はハッピーだ。
 身軽になると、今まで興味のなかった旅行にも行きたい気分となってきた。

 それで迎えた結婚式。
 私は変わった。良い方に変わった。
 さぁ、新しい旦那様。私の素敵な体を見てよ。
 ウエディングドレスを着こなす私に、釘付けになりながら新郎は答えた。

「もはやボディービルダーじゃん」

 彼をお姫様抱っこする私。その私を抱き返しながら彼は、随分と幸せそうに笑っていたのだった。
「長生きしようね、お互いに!」

9/26/2024, 7:17:15 PM

【秋】

 君が愛しているよと騒ぐから、僕は今夜も眠れない。

 でもその辺にしておこうよ。
 ほら、僕たち男同士だし。
 ……僕のベッドからお帰りくださいお願いします。

 ね? コオロギさん。

Next