滝谷(shui)

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12/11/2024, 8:18:02 PM

【何でもないフリ】

 兄貴が俺の世話をやかなくなった。

 ああ、それはそれで幸せだって、思っていたんだけどな。
 両親を幼い頃に亡くしてから、何かと兄貴が親代わりだった。これをしろ、仕事を覚えろ、家を継げ。みたいな言葉が口癖だった兄貴。
 鬱陶しくてうんざりしていたはずなのにな。

 兄貴が結婚して家を出てから、俺が家督を継ぐと、兄は何も言わなくなった。

 俺の周りは静かだ。
 静かすぎて。ちょっと孤独だ。

 寝坊しても怒られないけど、おはようという相手もいない。
 狭いはずの家は、今は広い。
 喧嘩相手も特にない。
 あぁ、なんつーか。こう。
 兄貴の声が懐かしいっていうか。

 そんなことを考えていたら、スマホが鳴った。
 短い言葉で、「子供が生まれた」と兄から届く。
 ちゃんと飯食えてるか、とも届いて、急に声が聞きたくなった。
 急いで電話しようとして、立ち止まる。あっちは今頃賑やかなんだよな。

……。

「うん。子供おめでとう」

 素っ気なく返す。寂しさなんて何もないふり。
 なのに兄貴は「今度、久々に会おう」と言葉をくれるから。

 俺の胸が少しだけ騒がしくなった。 

10/6/2024, 8:50:29 PM

【過ぎた日を思う】

 私の重さに耐えきれず、体重計が壊れたのは、結婚式の半年前のことでした。

 ……ぇっ。
 いやいや、ないでしょ。何キロまではかれるものをかったとおもってるの。

 だが本当にないのは自分の体だ。
 痩せた体が良いとは言わない。
 しかし、ボヨン、と跳ねる3段腹や鉛よりも重くなってしまった足と、とうとう向き合わねばならなくなった。
 腹はもはや三段バラ肉。焼けば油がじゅわりと滴る事間違いなしだ。

 しかしダイエット。
 その言葉だけで拒絶反応が起こる。
 私はぽっちゃり系でいい。もはや太り過ぎて油の滴るダメ女だが。

 あーでも。
 好きになってくれた彼のために、脂肪を筋肉に変えたら。彼が私を持ち上げられるくらい身軽な体になったら。
 それは少しだけ嬉しいかもしれない。

 痩せなくていいのだ(ダイエットという言葉が嫌いだから)。
 ただ、身軽にはなってみたかった。
 

 そこから始まる私の伝説。すなわち肉体改良の日々。
 きつかったマラソンは2週間目を過ぎてから、苦しくなくなってきた。
 食事制限は辛いのでしない。ただ、お菓子の買い食いだけは卒業した。お菓子を食べたきゃ一から作ることにした。
 ストレッチは朝に。筋トレは好きなだけ。
 体重が変わらなくても、腰が細くなるだけでなんだか私はハッピーだ。
 身軽になると、今まで興味のなかった旅行にも行きたい気分となってきた。

 それで迎えた結婚式。
 私は変わった。良い方に変わった。
 さぁ、新しい旦那様。私の素敵な体を見てよ。
 ウエディングドレスを着こなす私に、釘付けになりながら新郎は答えた。

「もはやボディービルダーじゃん」

 彼をお姫様抱っこする私。その私を抱き返しながら彼は、随分と幸せそうに笑っていたのだった。
「長生きしようね、お互いに!」

9/26/2024, 7:17:15 PM

【秋】

 君が愛しているよと騒ぐから、僕は今夜も眠れない。

 でもその辺にしておこうよ。
 ほら、僕たち男同士だし。
 ……僕のベッドからお帰りくださいお願いします。

 ね? コオロギさん。

9/24/2024, 8:17:24 PM

【形のないもの】
 誰もいないはずの空間が、突然カタンと音を立てた。

 最初は気のせいかと思った。
 私しかこの部屋にいないからだ。
 私以外のものが『この部屋に閉じ込められて』いるとしたら、それは怖いと同時に、妙な親近感を感じずにはいられない。
 じっと音がした方向を眺めたが、何も起きない。
 気のせいかな?

 目線を逸らすと、また音がした。

 ああ、やはり誰かいる。
 私は急に喜びが込み上げてくるのを感じた。
 ゴミ捨て場の様な倉庫。そこの奥に彼はいた。
「ねぇ、君は誰?」

 見えない。喋らない。温度もない。
 けれどもたまにモノを動かして、彼は確かに存在している。
「触れてもいい?」
 人の形でもなく、触れると透明なのにぷにっとする彼。
 嫌がることもなく、消えることもなかった。
 幽霊ではなく、透明な生き物の様なモノなんだろう。
「私と友達になれるかな……?」
 慣れたら、嬉しい。そう期待を込めて、流血したままの片目で笑う。
 お父さんもお母さんも、要らないと教えてくれたけど、私は友達が欲しかった。
「来てくれてありがとう」
 そう笑って、また彼に触る。不思議なことに、彼からも私に触れようとしてくれた様な、そんな気がした。

 私はまだ知らない。
 彼の名前はインビジブル。
 後に、死神と呼ばれる、安らかな死の象徴ということを。この時は、まだ。

8/1/2024, 1:04:53 PM

【明日、もし晴れたら】

 不安の夜が明けて、朝日の灯りを迎えたら。

 大好きな君に、また会いたいんだ。

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