【過ぎた日を思う】
私の重さに耐えきれず、体重計が壊れたのは、結婚式の半年前のことでした。
……ぇっ。
いやいや、ないでしょ。何キロまではかれるものをかったとおもってるの。
だが本当にないのは自分の体だ。
痩せた体が良いとは言わない。
しかし、ボヨン、と跳ねる3段腹や鉛よりも重くなってしまった足と、とうとう向き合わねばならなくなった。
腹はもはや三段バラ肉。焼けば油がじゅわりと滴る事間違いなしだ。
しかしダイエット。
その言葉だけで拒絶反応が起こる。
私はぽっちゃり系でいい。もはや太り過ぎて油の滴るダメ女だが。
あーでも。
好きになってくれた彼のために、脂肪を筋肉に変えたら。彼が私を持ち上げられるくらい身軽な体になったら。
それは少しだけ嬉しいかもしれない。
痩せなくていいのだ(ダイエットという言葉が嫌いだから)。
ただ、身軽にはなってみたかった。
そこから始まる私の伝説。すなわち肉体改良の日々。
きつかったマラソンは2週間目を過ぎてから、苦しくなくなってきた。
食事制限は辛いのでしない。ただ、お菓子の買い食いだけは卒業した。お菓子を食べたきゃ一から作ることにした。
ストレッチは朝に。筋トレは好きなだけ。
体重が変わらなくても、腰が細くなるだけでなんだか私はハッピーだ。
身軽になると、今まで興味のなかった旅行にも行きたい気分となってきた。
それで迎えた結婚式。
私は変わった。良い方に変わった。
さぁ、新しい旦那様。私の素敵な体を見てよ。
ウエディングドレスを着こなす私に、釘付けになりながら新郎は答えた。
「もはやボディービルダーじゃん」
彼をお姫様抱っこする私。その私を抱き返しながら彼は、随分と幸せそうに笑っていたのだった。
「長生きしようね、お互いに!」
【秋】
君が愛しているよと騒ぐから、僕は今夜も眠れない。
でもその辺にしておこうよ。
ほら、僕たち男同士だし。
……僕のベッドからお帰りくださいお願いします。
ね? コオロギさん。
【形のないもの】
誰もいないはずの空間が、突然カタンと音を立てた。
最初は気のせいかと思った。
私しかこの部屋にいないからだ。
私以外のものが『この部屋に閉じ込められて』いるとしたら、それは怖いと同時に、妙な親近感を感じずにはいられない。
じっと音がした方向を眺めたが、何も起きない。
気のせいかな?
目線を逸らすと、また音がした。
ああ、やはり誰かいる。
私は急に喜びが込み上げてくるのを感じた。
ゴミ捨て場の様な倉庫。そこの奥に彼はいた。
「ねぇ、君は誰?」
見えない。喋らない。温度もない。
けれどもたまにモノを動かして、彼は確かに存在している。
「触れてもいい?」
人の形でもなく、触れると透明なのにぷにっとする彼。
嫌がることもなく、消えることもなかった。
幽霊ではなく、透明な生き物の様なモノなんだろう。
「私と友達になれるかな……?」
慣れたら、嬉しい。そう期待を込めて、流血したままの片目で笑う。
お父さんもお母さんも、要らないと教えてくれたけど、私は友達が欲しかった。
「来てくれてありがとう」
そう笑って、また彼に触る。不思議なことに、彼からも私に触れようとしてくれた様な、そんな気がした。
私はまだ知らない。
彼の名前はインビジブル。
後に、死神と呼ばれる、安らかな死の象徴ということを。この時は、まだ。
【明日、もし晴れたら】
不安の夜が明けて、朝日の灯りを迎えたら。
大好きな君に、また会いたいんだ。
【誰かのためになるならば】
俺ね、ヘアドネーションしたんっすよ。
超すごくない?
髪を病気の子供の為に寄付したの。髪を伸ばせない子とかのためにウィッグ(かつら)を作ってあげて下さいってさ。
髪を伸ばすだけで、3年以上かかったっす。
だって俺、昔は禿げてたし。
ポニーテールの高校球児とかねーわーって言われながら、伸ばし続けていたんすよ。
お兄ちゃんに似合わなーいって妹に笑われながら、伸ばしてる間もよく髪を遊ばれたっす。毎日変な髪型にされて。
それでも諦めずに3年以上。
めっちゃ頑張りましたね! 凄く質の良い髪ですよ!
とか言われちゃって舞い上がってさ。
でも一番嬉しかったのはやっぱり、妹の元にウィッグが届いた時っすかね。
これからオシャレできるな、って言ったら泣いて喜ぶんすよ。妹。今まで白血病の治療で髪のオシャレなんて出来なかったし。
俺も妹もちょー頑張ってるんで、そろそろ病気も治りそうっす。
そして退院したら、今度は二人で髪を伸ばそうぜって約束してるんっす。
次の人へ、良いことありますよーに、って髪で繋ぐ命のバトン。
やっぱスゲーっすよね。
成し遂げる事って。
先輩はどんなバトンを、次に渡したいっすか?