滝谷(shui)

Open App
9/26/2024, 7:17:15 PM

【秋】

 君が愛しているよと騒ぐから、僕は今夜も眠れない。

 でもその辺にしておこうよ。
 ほら、僕たち男同士だし。
 ……僕のベッドからお帰りくださいお願いします。

 ね? コオロギさん。

9/24/2024, 8:17:24 PM

【形のないもの】
 誰もいないはずの空間が、突然カタンと音を立てた。

 最初は気のせいかと思った。
 私しかこの部屋にいないからだ。
 私以外のものが『この部屋に閉じ込められて』いるとしたら、それは怖いと同時に、妙な親近感を感じずにはいられない。
 じっと音がした方向を眺めたが、何も起きない。
 気のせいかな?

 目線を逸らすと、また音がした。

 ああ、やはり誰かいる。
 私は急に喜びが込み上げてくるのを感じた。
 ゴミ捨て場の様な倉庫。そこの奥に彼はいた。
「ねぇ、君は誰?」

 見えない。喋らない。温度もない。
 けれどもたまにモノを動かして、彼は確かに存在している。
「触れてもいい?」
 人の形でもなく、触れると透明なのにぷにっとする彼。
 嫌がることもなく、消えることもなかった。
 幽霊ではなく、透明な生き物の様なモノなんだろう。
「私と友達になれるかな……?」
 慣れたら、嬉しい。そう期待を込めて、流血したままの片目で笑う。
 お父さんもお母さんも、要らないと教えてくれたけど、私は友達が欲しかった。
「来てくれてありがとう」
 そう笑って、また彼に触る。不思議なことに、彼からも私に触れようとしてくれた様な、そんな気がした。

 私はまだ知らない。
 彼の名前はインビジブル。
 後に、死神と呼ばれる、安らかな死の象徴ということを。この時は、まだ。

8/1/2024, 1:04:53 PM

【明日、もし晴れたら】

 不安の夜が明けて、朝日の灯りを迎えたら。

 大好きな君に、また会いたいんだ。

7/26/2024, 1:30:39 PM

【誰かのためになるならば】

 俺ね、ヘアドネーションしたんっすよ。
 超すごくない?
 髪を病気の子供の為に寄付したの。髪を伸ばせない子とかのためにウィッグ(かつら)を作ってあげて下さいってさ。

 髪を伸ばすだけで、3年以上かかったっす。
 だって俺、昔は禿げてたし。

 ポニーテールの高校球児とかねーわーって言われながら、伸ばし続けていたんすよ。
 お兄ちゃんに似合わなーいって妹に笑われながら、伸ばしてる間もよく髪を遊ばれたっす。毎日変な髪型にされて。

 それでも諦めずに3年以上。
 めっちゃ頑張りましたね! 凄く質の良い髪ですよ!
 とか言われちゃって舞い上がってさ。

 でも一番嬉しかったのはやっぱり、妹の元にウィッグが届いた時っすかね。
 これからオシャレできるな、って言ったら泣いて喜ぶんすよ。妹。今まで白血病の治療で髪のオシャレなんて出来なかったし。
 
 俺も妹もちょー頑張ってるんで、そろそろ病気も治りそうっす。
 そして退院したら、今度は二人で髪を伸ばそうぜって約束してるんっす。

 次の人へ、良いことありますよーに、って髪で繋ぐ命のバトン。

 やっぱスゲーっすよね。
 成し遂げる事って。

 先輩はどんなバトンを、次に渡したいっすか?

7/20/2024, 1:49:27 PM

【私の名前】

 太郎なんて変わった名前を僕につけたのは、大好きな爺さんだった。

「なんじゃ、太郎は足が早いなぁ」
 一緒に散歩をしにいけば、そんな事を言って歯を見せて笑う爺さんだ。
 肩を揺らして笑うたび、しわくちゃになる顔が面白くて僕は好き。
『爺さん、そりゃあ僕のが早いよ。何歳だと思ってるんだい』
 だって半世紀以上、爺さんのが長生きだ。
 あんまり長生きしてるので、これからは僕が支えてやらなきゃなって得意げに鼻を鳴らした。
「ふふふ、おまえさんは自慢の家族じゃよ」
 頼もしい、と爺さんは僕に言った。
 ソコがまた嬉しくて、『爺さん』って僕は言った。優しい声が、自然と出た。

 僕は爺さんに合わせて、歩くペースを落とす。
 夏の夕日に照らされても、まだまだ暑い夏。
 老人には堪えるんだろう。
 いつもよりゆっくり歩く爺さんの隣を、僕ものんびり歩くことにする。

「太郎、お前さんの名前はな、太が大人を指し、郎が良いと言う意味だ。良い大人になるんじゃよ」
 それを見るまでワシも長生きせんとな、と爺さん。
『おぅ、たっぷり長生きしていいぞ。僕も嬉しいしね』
 と僕。

 家に着く前にはだいぶ影も伸びてきた。
 帰り道では近所の奥さんと少女とすれ違う。
「いつも仲良しでいいですね」
「あぁ、太郎のおかげで長生きできとるよ」
 そんな他愛無い世間話をお菓子を齧りながら聞く。
 おう、もっと褒めていいぞ。
 仲良しの少女も、僕の頭をワシワシ撫でた。
「ではワシらはこの辺で」
「ええ、明日も良い日を」
 さぁ帰ろう。ご近所さんに遅れて歩き出すと、最後に少女が振り向いた。

「お爺ちゃん! わんちゃん! またね!」
 手を振る少女に、爺さんが手を振る。
「また明日も一緒に散歩に来ような」
 爺さんも僕に語るように言ったので、もちろん、と僕は大声で尻尾を振りながら答えた。

「わん!」

Next