【私の名前】
太郎なんて変わった名前を僕につけたのは、大好きな爺さんだった。
「なんじゃ、太郎は足が早いなぁ」
一緒に散歩をしにいけば、そんな事を言って歯を見せて笑う爺さんだ。
肩を揺らして笑うたび、しわくちゃになる顔が面白くて僕は好き。
『爺さん、そりゃあ僕のが早いよ。何歳だと思ってるんだい』
だって半世紀以上、爺さんのが長生きだ。
あんまり長生きしてるので、これからは僕が支えてやらなきゃなって得意げに鼻を鳴らした。
「ふふふ、おまえさんは自慢の家族じゃよ」
頼もしい、と爺さんは僕に言った。
ソコがまた嬉しくて、『爺さん』って僕は言った。優しい声が、自然と出た。
僕は爺さんに合わせて、歩くペースを落とす。
夏の夕日に照らされても、まだまだ暑い夏。
老人には堪えるんだろう。
いつもよりゆっくり歩く爺さんの隣を、僕ものんびり歩くことにする。
「太郎、お前さんの名前はな、太が大人を指し、郎が良いと言う意味だ。良い大人になるんじゃよ」
それを見るまでワシも長生きせんとな、と爺さん。
『おぅ、たっぷり長生きしていいぞ。僕も嬉しいしね』
と僕。
家に着く前にはだいぶ影も伸びてきた。
帰り道では近所の奥さんと少女とすれ違う。
「いつも仲良しでいいですね」
「あぁ、太郎のおかげで長生きできとるよ」
そんな他愛無い世間話をお菓子を齧りながら聞く。
おう、もっと褒めていいぞ。
仲良しの少女も、僕の頭をワシワシ撫でた。
「ではワシらはこの辺で」
「ええ、明日も良い日を」
さぁ帰ろう。ご近所さんに遅れて歩き出すと、最後に少女が振り向いた。
「お爺ちゃん! わんちゃん! またね!」
手を振る少女に、爺さんが手を振る。
「また明日も一緒に散歩に来ような」
爺さんも僕に語るように言ったので、もちろん、と僕は大声で尻尾を振りながら答えた。
「わん!」
7/20/2024, 1:49:27 PM