滝谷(shui)

Open App

【形のないもの】
 誰もいないはずの空間が、突然カタンと音を立てた。

 最初は気のせいかと思った。
 私しかこの部屋にいないからだ。
 私以外のものが『この部屋に閉じ込められて』いるとしたら、それは怖いと同時に、妙な親近感を感じずにはいられない。
 じっと音がした方向を眺めたが、何も起きない。
 気のせいかな?

 目線を逸らすと、また音がした。

 ああ、やはり誰かいる。
 私は急に喜びが込み上げてくるのを感じた。
 ゴミ捨て場の様な倉庫。そこの奥に彼はいた。
「ねぇ、君は誰?」

 見えない。喋らない。温度もない。
 けれどもたまにモノを動かして、彼は確かに存在している。
「触れてもいい?」
 人の形でもなく、触れると透明なのにぷにっとする彼。
 嫌がることもなく、消えることもなかった。
 幽霊ではなく、透明な生き物の様なモノなんだろう。
「私と友達になれるかな……?」
 慣れたら、嬉しい。そう期待を込めて、流血したままの片目で笑う。
 お父さんもお母さんも、要らないと教えてくれたけど、私は友達が欲しかった。
「来てくれてありがとう」
 そう笑って、また彼に触る。不思議なことに、彼からも私に触れようとしてくれた様な、そんな気がした。

 私はまだ知らない。
 彼の名前はインビジブル。
 後に、死神と呼ばれる、安らかな死の象徴ということを。この時は、まだ。

9/24/2024, 8:17:24 PM