「囚われの姫」
大きく暗い森のなか、大きく古びたお城があった。
門は固く閉じられて、恐らく門番であった人間はとっくに骨になってしまった。
骨にはきっと忠誠心があったのだろう。
もしくは鎖で無理やり拘束されていたのか。
はたまた死体を吊るしただけかもしれない。
だっておかしなことだろう。
骨になるまで門の前で立ち尽くすとは。
狂っていたのは忠誠にまみれた門番なのか、それとも
骨になるまで拘束した顔も知らない者か。
そんな話はどうでもいい。
門番が骨になるような長い月日が経ったこの城には実は生きている生物がいる。
それはとあるまだ幼さの残る一人の少女なのだ。
白い髪が床につくほど長く伸び、真っ白な雪のような肌。深い青に染まった目。
黒く輝く尖った爪。
人間とは目が腐っても言えないような、美しさ。
彼女の名前は仮に冬花としよう。
冬花はいつも一人。
冬花に寄り添えるほど長生きなものはいないから。
いつも一人の女の子。
それが冬花。
彼女は天に昇ることを望んでいる。
ご飯はずっと食べていない。
水は最低限で喉が潤うぐらい。
冬花は孤独になれている。
それでも人肌寂しいと時折考える。
それは冬花に残された、最後の生き物の心なのかも知れない。
そんな冬花には好きな者がいた。
人間だ。
昔は時折遊びに来た。
明るい髪の毛は天使のように真っ白で、明るい笑顔が素敵だった。彼はどうやらいじめられているようだ。
原因は髪の色。こんなに素敵な髪の毛を馬鹿にするものがいるのか、困惑した。
大好きだった。
それでもそれは人間だった。
いつの間にかいなくなった。
彼はどこにいるの?
なにもなくなった部屋に問いかけても答えることばなどない。
また、孤独になった。
彼は言っていたいつまでも貴女を守ると。
それならばまだこの屋敷の近くにいるかもしれない。
でも、彼は人間である。とっくに死んでいるだろう。
生きた彼にはもう逢えない。
化け物でもそんなことを思うのだ。
彼女は今日も息を吸う。
「私の目的は。」
その先が言えないまま。
生きている意味を見いだせなかった。
彼女は今日も手紙をかく。
内容はいつまで経っても変わらない。
「
いとしの貴方へ。
貴方は今、生きていますか?
お元気ですか?
私は静かに息をする毎日です。
貴方に逢いたい。
何気ない雑談をして本を読んで、幸せだったあの頃に戻りたい。
貴方は今どこにいますか。
逢いたいと望めば貴方に逢えるのでしょうか。
貴方を愛する私はいつまで生きればよいのですか。
この手紙が貴方に届きますように。
貴方を愛した化け物より。
」
この手紙を彼が読むことはない。
それでも彼のもとへと飛んでいったに違いない。
冬花は化け物で、彼女の愛は深く重いものだから。
この手紙は門の前へと静かに飛んでいった。
そして城を守り続けた。いや、死んでもなお城を守り続ける門番の前へと迷うことなく進み、羽を休めるように静かに羽をおろした。
今日も朝がやって来た。
寒く凍える朝だ。
彼女はこの寒さで死ぬことはできないだろう。
だって冬花は化け物だから。
終わることのない今日を一人きりで生きている。
「他人語り」
『愛は地球を救う。』らしい。
不確かな愛が不確かな救うという定義を成し遂げるらしい。愛が救うのはきっと自分自身で、他人を救うには愛の他にもたくさんの物が必要だと、私は思う。
愛を持たずに生まれてきた彼。
仮に春仁としよう。
春仁は愛を持っていなかった。
親が愛してくれなかった。愛してくれないのは毒親なのか、また不確かな定義だ。
ともかく愛されず、愛することなど分かるはずもない春仁はきっと一人だった。
人の心を知ることはできないけれどきっと、寂しかった。雪のように真っ白な人生にきっとうんざりしていたのではないだろうか。
春仁は愛を持っていなかった。
それでも一人で旅をした。
人と関わり、美味しいものを食べ、幸せと思っていた。「幸せ」とは人によって違うもので、定義もしっかりとは分からない。
ただ彼の顔は笑顔で溢れていた。
彼は旅先のひとつの海辺に来ていた。
前を見渡すとただ広がる海。
浜辺に座ってぼーっとした。
すると後ろから足音が聴こえる。
勢いよく春仁の横を通りすぎたのは一人の踊り子だった。水色と桃色の薄い絹と、黒い衣装に身を包み美しく舞っていた。
美しい。雪のように儚く舞うのにも関わらず、強い
存在感を感じる。
気付いたときには彼女の腕を掴み走り出していた。
彼女の名前を仮に秋葉としよう。
秋葉は言った。
「どうしたのですか?」
春仁は言う。
「貴方を愛したいのです。」
続けて春仁は言う。
「僕と世界を旅してみませんか?」
秋葉ば戸惑ったように言い、脚の回転を止めた。
「私は貴方の思っているような女じゃないかもですよ。それにね、私は人を愛すことが分からないのです」
春仁は秋葉のそばに寄り言う。
「何事もはじめはなにも知らないのです。
2人で、『愛』というものを探してみるのもまた一興ではありませんか。」
愛を知らない彼は寂しくない。
愛を知ろうと愛している存在と共に過ごしているからだ。きっと本当の『愛』を見つけることは生きているうちに叶わないかもしれない。
それもまた一興。そういえるような存在がいることが彼と彼女の心をどれほど軽くしたのものか。
遠く遠くへと旅にでる2人はきっとすでに『愛』しあっているのではないだろうか。
「揺れる羽根」
白い羽をまとった私が、貴方を幸せの国に導きます。
貴方の笑顔が消える前に、天へと羽ばたきます。
幸せと貴方が笑ったあの瞬間をもう一度この瞳に写させてください。
最愛の貴方へ。
どうかあの国で、貴方の美しい羽根を安らかに、休ませてください。愛していた、と言うならばどうか涙を胸にしまって、天へと天へと、上へ上へ、逝ってください。
これが貴方を愛した一人の天使ができる、唯一の償いだと、私は思っておりますから。
下界に落ちたとき。
小さな一匹の小鳥として落ちたとき。
羽根の根元から赤く熱い液体が滴り、死と生の境をさまよった私を暖かい手のひらで包み込み、家へと連れ帰ってくれた貴方。
フワッと広がった茶色がかった髪がうなじ辺りにまで伸びている。
心配そうに私を見下ろし、体を優しくくすぐった。
中性的な容姿は優しそうな雰囲気だった。
彼のお家は暖かくて日光が優しくカーテンを照らし、
甘いような苦いようなコーヒーの香りが立ち込めていた。バスケットに小さい毛布が敷かれた簡易的な私のお部屋。ご飯は乾燥した草で、優しい味がする。
彼の暖かい指がそっと私を撫でる瞬間は愛されている幸福感と、ちょっとした恥ずかしさが心に優しく広がった。
幸せな、優しい生活だった。
彼はカフェの店員のようだ。
コーヒーの匂いがいつも彼からするのはそれが理由だろう。彼らしい匂いだ。
そんな日常のある日だった。
彼が仕事に行ってから帰ってこない。
仕事に行ってから恐らく4日ほど。
お腹が空いた。普通の小鳥ならばもしかしたらもう死んでしまっているかもしれない。
幸い私は天使だ。普通の鳥よりは丈夫。
でもさすがにもう耐えられそうにない。
私は死んでしまうのだろうか。いや、もう死ぬのだろう。もう一度寝てしまうときっと2度と鳥として目を覚ますことはない。彼はどこに行ってしまったのだろうか。
無事で笑っているのなら、私はいい。
でも、もし泣いているのなら私は死んでしまったことを悔やんでも悔やみきれない。
逢いたい。それだけを心に思い私は瞳を静かに閉じた。
目を覚ますと空の上。
帰ってきたんだ。天の世界に。
私は天使である。力は弱いが、確かに羽根が生え空を飛ぶ。腰まで伸びた白い髪の毛は天使の特徴だ。
人の形になっている。
小鳥の姿で羽根をずっと休めていたから、人になるほどの力を蓄えられたのだろう。
彼はどこに。
私は人の姿のまま下界へと降りていった。
大きな病院。
彼はここにいる。
私は彼の病室に行くことにした。
病室に入ると、彼がいた。
でも、彼はいつもの姿とは違い茶色の髪など見当たらなかった。ニット帽のようなものを身に付け、窓のそとを眺めている。
「誰?」
彼は落ち着いて言った。
声はいつもの声と変わらなかった。
こちらを振り返った。
彼ははっとしたように言った。
「雪?」
雪とは誰だろうか。
「君は、家で保護している小鳥なのか?」
小鳥とは私のことだろう。
私は静かに顔を縦に振った。
「そうか。それにしてもいつもとは変わった姿だね。」
きっと人になった私に対して言っているのだろう。
「私は天使だから。」
私は言った。ごまかしなどない、本当の事を。
「へぇ~。....ということは僕を迎えに来たのかな。」
「どういうこと?」
「僕はね。そろそろ死んじゃうみたいだよ。
末期の癌でね。もうダメみたい。」
頭を照れるようにかく彼は諦めたような、苦い笑顔だった。
「いやだよ。」
私は言った。
「僕だってそうさ。一度は僕だって早く死にたいなんて願ったこともあったんだけどね。
生きたい理由を見つけたんだ。」
「理由って?」
「一つじゃないんだ。最近仕事が楽しかったんだ。
お客さんと話す時間はとても楽しかった。
それにね、雪。君のこともなんだよ。
雪のように真っ白な君が元気に側に居てくれる日々は僕にとってかけがえのないものだった。」
私はなにも言えなかった。
彼は困ったように笑い、上を向いていった。
「ほんと、死にたくないなぁ。」
彼は泣いていた。
私は静かに瞳を閉じた。
「私はずっと側にいるから。」
私にはそう言うことしかできない。
「せっかく、雪と話せるようになったのに。
幸せだって、心から思えたのに。
生きたいって思ったのに。
癌だって診断されてから、初めて希望ができたのに。雪と散歩に行って、ご飯を食べて、やりたいことはたくさんあったのにどうして僕にはこんなにも後悔しかないの?やだなぁ。死にたくないなぁ」
泣いている彼はきっと震えていた。
大丈夫。なんて不確かな言葉をかけることはできない。私にできることは彼をあの国に送ることだけ。
「貴方はよく頑張った。」
私は言った。
「あの世でどうかゆっくりと羽根を休めて。」
私もきっと震えていた。
彼は「ありがとう」それだけ言って眠っていった。
「ありがとう」は私の台詞なのにね。
さようなら。
私の最愛の人。
「秘密の箱」
『この箱は、開けてはダメよ。
この箱はいつか大切な人を亡くしたとき、苦しくて寂しいという気持ちを乗りきった後に開けてごらん。そうしたらきっと大丈夫。』
お母さんが言った。
本当に私が小さい頃で、この記憶が私にとって一番古い記憶。
この言葉の意味はいつまで経っても分からないまま。
大好きなお母さんはいつも寝ていた。
広いベットで分厚い毛布を被っていた。
いつも咳き込んで、苦しそうだった。
それでもいつも私が会いに行くと、体を起こしてお話してくれる。
大好きだった。
昨日母が死んだ。
病気だって。
ずっとずーっと苦しいなか生きていたらしい。
苦しくて寂しくて私の心は強く傷んだ。
なにもできなかった自分を恨むことすらできなかった。
なんとか整理がついたんだ。
お母さんが亡くなったことだって、仕方がないことだと理解できた。
もうお母さんが亡くなってから半年ほど経った。
私はお母さんが言っていた箱を開けてみることにした。
実家の家の奥。
小さな小屋があってそばにはたくさんの花がある。
綺麗だった。そのなかにはお母さんが好きだった
黒色のコスモスがあった。
お母さんは愛されていたんだと、改めて感じた。
箱を開けてみることにした。
重いような箱を優しく開けると、そのなかにさらに小さな箱が入っていた。
その箱には、『我が子は世界で一番可愛い!』と
書いていた。お母さんが死ぬ前に書いたのだろうか。
思わず笑みがこぼれた。
箱を開けてみると、小さな巾着袋のようなものと、たくさんの手紙があった。
手紙はどれも私の名前が書いてあった。
私に向けて書いたもののようだ。
巾着袋には骨のようなものが入っていた。
これはきっとお母さんだ。
「お母さんは、いつの間に骨になっちゃったのかなぁ」
そう呟く私の声はきっと震えていた。
涙が頬を伝って落ちていった。
私はもう大丈夫。
「消えた星図」
私はずっと星が好きだった。
空に光る星にはきっと夢が宿っている。
命も理想も考えも、星が担った力はきっと人に希望を
与えること。
けれど私は実際の星をみたことがない。
ずっと星図を電気に透かしてみたり回してみたり、
部屋のなかでしか見ることが出来ないものだったけど
星は十分に私に希望を与えてくれた。
私の親はきっと過保護なのだろう。
家のそとに出ることはほとんどなくて学校だって行かず、お母さんが勉強を教えてくれる。
学校に行きたかったと言えばそうで、けれど私は今のままで十分。
だって外は危険だってお母さんが言うから。
私の世界はこの家の一部屋だけ。
カーテンを締め切った部屋で、鍵のかかった扉。
そとに行くことは許されなくて、トイレやお風呂だってお母さんと一緒。
これは愛されているからだと、私は分かっているよ。
お母さんはきっと、私を愛してくれている。
だから私は今のままでいい。
お母さんはいつも泣いている。
私に会いに来るときはいつも、笑顔。
だけどたまに。本当に稀にお母さんが私を叩く。
痛いし、苦しいし、でも私は大丈夫。
お母さんも辛いんだろうね。
お母さん?
今日は1日お母さんを見ていない。
もう、夜。お腹空いた。扉の取っ手に手を掛けてみる。扉が軽い音を立てて開いた。
扉のそとの世界はゴミだらけだった。放置された服。
そのままのゴミ袋。
私は怖くなった。大好きなお母さんがどこに行ってしまったのか分からなくって。
私は怖かったけれど、一つ勇気を振り絞って玄関の扉を開いた。
空が広がった。夜空が美しくて初めて見るものだった
町を歩いた。裸足で。通りすぎる人達が私の事を見てくる。どうしてか分からない。
声をかけられた。深い青色の帽子に金色の星のようなバッチがついた服を着ている。けいさつ、だそうだ。
名前をきかれた。そうだ。よく考えてみると私に名前はなかった。お母さんはいつも私を「我が子」と呼んでいた。
私はけいさつに連れていかれた。
どうやら私は「誘拐」されていたそうだ。
とても私が小さい時、病院で働いていたお母さんが
私をひっそりと拐ったらしい。
お母さんは、昨日警察に自首したそうだ。
だからお母さんは二度と私の前に現れる事はない。
警察の人が書類をとりに裏にいって、一人になった。
私は警察署を飛び出した。
町を歩いた。暗い方へ。灯りが点っていない方へ。
お母さん。どうして私を愛してくれたの。
お母さんはどうして泣いていたの。
お母さんはどうして私に名前をくれなかったの。
どうして。
お母さんは私を一人にしたの?
お母さんは私を嫌いになってしまったの?
下を向いて歩いていると視界のはしに光る物を見つけた。真っ暗な辺りを見渡すと、星が広がっていた。
「きれい。」
思わず口から零れ出た。
紙ではない星は凄く、凄く美しかった。
お母さんにとって、私はきっと星のようなものだったんだろう。
美しくて手に入れたくて仕方がないものだけど、手元に来ると本当の綺麗さを保てない。
星は夜空にこそ映える。
手元や電灯のもとにあったって夜空に浮かぶ星にはかなわない。
星は人をそのぐらい魅了する。
夢を理想を希望を持っている。
お母さん。
私は大丈夫。
お母さんがくれた愛を捨てることはしない。
お母さんが居てくれて楽しかった。
寂しいなんて思わなかった。
人と入るお風呂の楽しさも、勉強の大変さもたくさんの事をもらったよ。
お母さんはきっと、寂しかったんだね。
だから子供がほしかったんだね。
ごめんね。お母さん。
私はそとの世界に行くよ。
怖くないんだよ。星がいつでもそばで輝いているから
また逢えたら、
お母さんの寂しさを私が失くせたらいいなぁ。