ゆじび

Open App
1/23/2026, 10:03:53 AM

「貴方の涙が溢れる前に。」



貴方はいつも教室の端の方で泣いていた。
黒くて肩の下程まで伸びた髪の毛が嗚咽に合わせて揺れていた。
貴方の側には誰もいなかった。
あの頃の貴方には肩を優しく掴む友達も背中を優しく擦る友達も、なにも聞かずに側にいてくれる人なんていなかった。
一人きりだと寂しく泣く貴方は暗い顔をしている。

貴方から目が離せなくなったのはいつ頃だっただろう。気がついたら貴方を見つめていた。
僕が貴方の側に居れたのならば貴方も僕も少しは幸せだったかもしれない。
でも、出来なかった。
恥ずかしかったんだ。
貴方に瞳に僕が写ること。
ごめんね。僕が弱かったから。


あの頃から三年が経った。
貴方は幸せにやっているだろうか。
いつかまた会いに行かせてほしい。

胸を張って「大丈夫」だと無責任に言えるようになったら。今はまだ心からの「大丈夫」はでてこなさそうだけど。



「貴方の涙が溢れる前に。」

1/20/2026, 10:26:27 AM

「椿が落ちた。」


椿が雪の上に落ちた。
ぽとっと呆気なく落ちた。
美しく力強く咲き誇る椿。
私の誇りで大好きな椿。 
力無く雪の上に落ちた。
花弁が散った。雪に少しずつ染み込むように。

時は今より遥か昔。
幕府が滅び江戸が終わり新たな時代へと移り変わる
誰にも知られていない静かな時代。
そんな時代にも確かに人々は暮らしていた。
「貴方。またお弁当忘れてるわよ。」
下駄の音を荒々しく響かせ走ったのは私。
「あぁ。すまん忘れていたよ。」
私よりも頭2個分ほど大きな背丈は貴方。
「ありがとう」貴方は言った。私の頭を撫でながら笑う。
貴方はまだ私を幼く思っているみたい。
「いってらっしゃい。」
私は寂しい想いを押し殺して貴方に手を振る。
家庭を背負った貴方の背は大きく見えた。


冬が訪れた。
寒く冷える朝は辛い。
けれど私には貴方がいる。
貴方の大きな胸に抱きついた。こうしておけばいくぶんか暖かい。
雪は降り止むようには見えない。
雪は足の先を埋め込むほどには積もった。
我が家の庭には椿が植わっている。
凍えるなか咲き誇っている。
この椿は私にとって大切で誇りだ。

彼が仕事に行く。
凍えるなか首に布を巻き、帽子を深く被っている。
「気を付けて。いってらっしゃい。」
そう言って見送った。

そういえば最近は人斬りが増えているらしい。
物騒なものだ。昔とたいして変わらないが昔は対抗する手段があった。けれど今は刀を所持することは許されていない。襲われても自らを守る手段は限りなく少ないのだ。

この時代になり少しずつ電報というものが普及されている。遠くはなれていても素早く事を伝えることが出来る。

彼が仕事から帰ってこない。
もう11時を回りそうだ。
心配な気持ちもある。最近は人斬りも増えているのだ。大丈夫なのだろうか。

誰かが家の扉を叩いた。
「貴方?」
「電報であります。」
電報だ。誰が送ってきたのだろうか。
なんだか嫌な予感がするのだ。
「電報。10時47分頃 人斬りが今井橋周辺に出没。
 人斬りにより─」


椿が落ちた。
雪の上に。
ぽとっと呆気なく落ちた。
椿が落ちた。
誇りで大切な椿が儚く散った。
花弁が散った。雪に染み込んでいく血液のように。






椿が落ちた。

1/19/2026, 9:32:49 AM

「閉ざされた事。」


記憶を遡るといつも「誰か」がいました。
暖かくて大好きな人。
けれど上手く思い出せないのです。
「誰か」とは一体私にとってのなんなのでしょうか。


夕日が空に明るく光夜が深まっていく様な不思議な時間。「誰か」は私の肩に触れました。
暖かかった。

夏の日差しが鋭く突き刺さるような猛暑の日。
ベンチで座っている私の頬に冷たく冷えた缶ジュースを当ててきた「誰か」。
幸せだった。

大切で大好きで何にも変えがたい「誰か」。
どうして私は忘れているのでしょうか。

私のお家のお部屋には勉強机があります。
机についた一番したの棚には鍵をかけられました。
私はそこに確かに「何か」を詰め込みました。
鍵はどこにもなくなってしまい開けられません。
閉ざされた棚には一体何が入っているのでしょう。

そこを開けるとなにか思い出せるのでしょう。
例えば「誰か」のこととか。
虚しいですね。
すぐ近くにあるのに触れない。
思い出したくて仕方がない記憶なのに思い出せない。


「貴方」は一体誰なのですか?

1/18/2026, 10:10:51 AM

「さよなら」


影の濃い夏に「さようなら。」
春風が頬を引っ掻くような日に「さようなら。」
冷たく凍てつくような日に「さようなら。」
木々が紅く染め上げられた日に「さようなら。」

どれも同じ別れの挨拶でも、また明日。と言葉は続いた。
それでも、きっと。今日の「さようなら」は明日が無いだろう。
いつまでも貴方を愛することは私にとって、難ではない。でも貴方にとって私と紡ぐ日々はきっと苦しいかったのだろう。

「さようなら」
荷物をたくさん抱えて、こちらを振り向くことなく
玄関を開け歩いていった。
その時の貴方の背中は、少し小さく見えた。
貴方から言い出したことなのに、寂しそうにしないでほしい。
私の方が何倍も何倍も貴方のことが大好きで、今日という日が寂しかった。
だから。
早く、歩いていって。
私が過去の女になるように、早く時間が過ぎますように。貴女の記憶の私が、嫌いな女から愛おしかった人になりますように。
2度と逢うことがありませんように。


荷物を抱えた貴方は「さようなら」と言った。
この先に続く言葉は無く、ただ沈黙が続いた。
目頭を紅く染めた私と貴方はきっと、別れる者に見えないだろう。
貴方の愛が他人に注がれるのは嫌だけど、私を愛してくれる貴方がいたことは確か。

ねぇ。じゃあね。

遠くの小さな貴方の背中にそっと呟いた。
貴方に届くことはなくてもこの言葉は私の心に強く、
強く残ることだろう。


「さようなら。」いつまでも恋しく思うことはやめておこう。


やめて居れたのならばこの胸は痛くなかったのだろうか。

1/16/2026, 11:27:25 AM

「椿が美しく散ったのならば。」



貴女は美しかった。
誇りを持ち誰にも負けない魅力を放つ。
貴女は演者だった。比喩とかそんなんじゃなくて貴女は演者として舞台に何度も立っていた。
その姿は美しく誇らしかった。

彼女は言った。
『世界はどうしてこんなにも美しいのかしら。』
彼女は泣いていた。1人で苦しみながらそれでも愛を探し抗った。そして彼女は運命の人を見つけた。
その相手が男でも女でも構わないほど彼女は愛らしそうに相手の頬を触った。
世界に絶望し泣いていた彼女の世界が美しく咲いた。
彼女は現在この世界に存在しない。
なぜ?
それは単純だ。理由は「彼女」は貴女が舞台の上でのみ作り出した。
「彼女」は物語の登場人物でたった一人の貴女が演じきった人物だった。
この舞台を見て僕は何度も何度も泣いた。


貴女が歩いていた。
劇の登場人物の仮面を脱いで。
黒色の長い髪が夕日に照らされ輝いていた。
白色に似た肌に椿のように紅い口紅をつけている。
「先輩。」
僕が言った。
貴女は僕の演技の先輩だったから。
「どしたのぉ?」
貴女は言った。
舞台の上の彼女とは一風変わったおっとりとした人だ。
「少し話しませんか」
僕は今日の劇の感想でも話そうとしていた。
全く下心がなかったわけではない。

僕と貴女はこじんまりとしたカフェに入った。
少し古びていて客は少なく店長は僕たちの座った席からかなり離れたカウンターで新聞を読んでいる。
「先輩。今日も凄かったですよ。」
「なにがぁ?」
「先輩の演技がです。」
「ならよかったなぁ。」
沈黙が少し続いた。
先輩が口を開いた。
「この世界ってさ醜いと思わなぁい?」
僕は何を言ってるのか分からなかった。
「だってさぁ。...みんな私が凄いとか言うけどそれって私のスタートラインがみんなよりもすこぉし進んでただけじゃないのぉ?」
また僕はなにも言えなかった。
「才能とか顔とかそんなの産まれもっただけじゃん。
本当に凄いのは私じゃくて私を産んだ母さんなのかもねぇ。」
先輩はカフェの窓からそとを見た。
まるでこんな世界から逃げたしたいと思ってるように。
「なぁんで私はちょっとフライングしちゃったのかなぁ。みんなと一緒に身の丈にあった生活をしたかっただけなのにぃ。」
僕はなにも言えなかった。
「...ごめんねぇ。こんなこと言うつもりなかったんだぁ。」
先輩は席を立ってお金を机の上に置いた。
「先に帰るねぇ。お疲れ様ぁ。」
僕はなにも言えなかった。


今日は先輩が「彼女」を演じる最後の舞台だ。
「彼女」は今日で死んでしまう。
名残惜しく思うものの先輩がただの先輩として戻ってくるそんなの日だった。
僕は裏方で照明を担当していた。
舞台が始まる少し前先輩が僕のもとにやってきた。
「お疲れ様ぁ。ラスト頑張ろうねぇ。」
僕は「はい」とだけ返した。
「ねぇ。世界ってさどうしてこんなにも美しいのかな」
僕は驚いた。前と言っていることが違ったから。
でもすぐに気がついた。
今の先輩は「彼女」なのだと。
「あのね。こんな私を愛してくれるのは君だけなんだよ。君が居るだけで私、少し生きていたいと思えるんだ。」
これは「彼女」のセリフだ。
でもこれは先輩の言葉でもあった。
先輩にとって演技とは「先輩」自身が少し死ねるそんな時間なのかもしれない。

椿のように誇り高い貴女が美しく散っていく。
椿の色が赤から茶色へ。
はたまた緑色から赤色へと変わっていく。
そのごとく貴女が美しく散ったのならば。
僕は散った花びらを眺めて涙でもながそう。

椿が美しく散ったのならば。
また新しい蕾が花になるように隣で支えていたい。


「なんて世界は美しいのだろうか。」
僕は心の奥底で小さく呟いた。

Next