ゆじび

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10/25/2025, 10:10:25 AM

「秘密の箱」


『この箱は、開けてはダメよ。
 この箱はいつか大切な人を亡くしたとき、苦しくて寂しいという気持ちを乗りきった後に開けてごらん。そうしたらきっと大丈夫。』
お母さんが言った。
本当に私が小さい頃で、この記憶が私にとって一番古い記憶。
この言葉の意味はいつまで経っても分からないまま。

大好きなお母さんはいつも寝ていた。
広いベットで分厚い毛布を被っていた。
いつも咳き込んで、苦しそうだった。
それでもいつも私が会いに行くと、体を起こしてお話してくれる。
大好きだった。


昨日母が死んだ。
病気だって。
ずっとずーっと苦しいなか生きていたらしい。
苦しくて寂しくて私の心は強く傷んだ。
なにもできなかった自分を恨むことすらできなかった。


なんとか整理がついたんだ。
お母さんが亡くなったことだって、仕方がないことだと理解できた。
もうお母さんが亡くなってから半年ほど経った。
私はお母さんが言っていた箱を開けてみることにした。

実家の家の奥。
小さな小屋があってそばにはたくさんの花がある。
綺麗だった。そのなかにはお母さんが好きだった
黒色のコスモスがあった。
お母さんは愛されていたんだと、改めて感じた。

箱を開けてみることにした。
重いような箱を優しく開けると、そのなかにさらに小さな箱が入っていた。
その箱には、『我が子は世界で一番可愛い!』と
書いていた。お母さんが死ぬ前に書いたのだろうか。
思わず笑みがこぼれた。

箱を開けてみると、小さな巾着袋のようなものと、たくさんの手紙があった。
手紙はどれも私の名前が書いてあった。
私に向けて書いたもののようだ。
巾着袋には骨のようなものが入っていた。
これはきっとお母さんだ。
「お母さんは、いつの間に骨になっちゃったのかなぁ」
そう呟く私の声はきっと震えていた。
涙が頬を伝って落ちていった。


私はもう大丈夫。

10/17/2025, 10:17:34 AM

「消えた星図」


私はずっと星が好きだった。
空に光る星にはきっと夢が宿っている。
命も理想も考えも、星が担った力はきっと人に希望を
与えること。
けれど私は実際の星をみたことがない。
ずっと星図を電気に透かしてみたり回してみたり、
部屋のなかでしか見ることが出来ないものだったけど
星は十分に私に希望を与えてくれた。

私の親はきっと過保護なのだろう。
家のそとに出ることはほとんどなくて学校だって行かず、お母さんが勉強を教えてくれる。
学校に行きたかったと言えばそうで、けれど私は今のままで十分。
だって外は危険だってお母さんが言うから。
私の世界はこの家の一部屋だけ。
カーテンを締め切った部屋で、鍵のかかった扉。
そとに行くことは許されなくて、トイレやお風呂だってお母さんと一緒。
これは愛されているからだと、私は分かっているよ。
お母さんはきっと、私を愛してくれている。
だから私は今のままでいい。

お母さんはいつも泣いている。
私に会いに来るときはいつも、笑顔。
だけどたまに。本当に稀にお母さんが私を叩く。
痛いし、苦しいし、でも私は大丈夫。
お母さんも辛いんだろうね。



お母さん?
今日は1日お母さんを見ていない。
もう、夜。お腹空いた。扉の取っ手に手を掛けてみる。扉が軽い音を立てて開いた。
扉のそとの世界はゴミだらけだった。放置された服。
そのままのゴミ袋。
私は怖くなった。大好きなお母さんがどこに行ってしまったのか分からなくって。
私は怖かったけれど、一つ勇気を振り絞って玄関の扉を開いた。

空が広がった。夜空が美しくて初めて見るものだった

町を歩いた。裸足で。通りすぎる人達が私の事を見てくる。どうしてか分からない。
声をかけられた。深い青色の帽子に金色の星のようなバッチがついた服を着ている。けいさつ、だそうだ。
名前をきかれた。そうだ。よく考えてみると私に名前はなかった。お母さんはいつも私を「我が子」と呼んでいた。
私はけいさつに連れていかれた。

どうやら私は「誘拐」されていたそうだ。
とても私が小さい時、病院で働いていたお母さんが
私をひっそりと拐ったらしい。
お母さんは、昨日警察に自首したそうだ。
だからお母さんは二度と私の前に現れる事はない。

警察の人が書類をとりに裏にいって、一人になった。
私は警察署を飛び出した。

町を歩いた。暗い方へ。灯りが点っていない方へ。

お母さん。どうして私を愛してくれたの。
お母さんはどうして泣いていたの。
お母さんはどうして私に名前をくれなかったの。
どうして。
お母さんは私を一人にしたの?
お母さんは私を嫌いになってしまったの?

下を向いて歩いていると視界のはしに光る物を見つけた。真っ暗な辺りを見渡すと、星が広がっていた。
「きれい。」
思わず口から零れ出た。
紙ではない星は凄く、凄く美しかった。
お母さんにとって、私はきっと星のようなものだったんだろう。
美しくて手に入れたくて仕方がないものだけど、手元に来ると本当の綺麗さを保てない。
星は夜空にこそ映える。
手元や電灯のもとにあったって夜空に浮かぶ星にはかなわない。
星は人をそのぐらい魅了する。
夢を理想を希望を持っている。




お母さん。
私は大丈夫。
お母さんがくれた愛を捨てることはしない。
お母さんが居てくれて楽しかった。
寂しいなんて思わなかった。
人と入るお風呂の楽しさも、勉強の大変さもたくさんの事をもらったよ。
お母さんはきっと、寂しかったんだね。
だから子供がほしかったんだね。



ごめんね。お母さん。
私はそとの世界に行くよ。
怖くないんだよ。星がいつでもそばで輝いているから




また逢えたら、
お母さんの寂しさを私が失くせたらいいなぁ。


10/15/2025, 3:37:59 PM

「煙草の匂い、君の匂い」


少し冷えた朝の薄暗い太陽も月も、地球にいる私を見張っていない時間。
濁った水みたいな色の空に濁った白色の煙が広がる。
1本の煙草の匂い。
最低な朝も、最低な日常も、それをどうにか乗り越えようとする自分のことも嫌いになれない。
この1本の煙草は今日を生きる私の原動力だから、
健康に悪いとかそんな理由で、止めないで欲しい。
鼻腔をつくこの香りが、彼の事を思い出させる。
最低な彼と、それにすがる最低な私。
今思えば最高な組み合わせだったのかもしれない。

彼とは恋人の関係ではなかった。
きっとお互いに好きだった。
それでも私達は付き合わなかった。
なぜなら、そろそろ死んでしまおうと思っていたから

辛くて苦しい毎日が続くなかで、唯一の抜け道だと
思った。川に身を流すのも、紐を括るのも、飛び降りるのも、方法なんてなんでも良かった。
でも強いて言うなら一人で死にたくなかった。
だから少しでも人の目に映る場所で死にたかった。
私は自分の住んでいる町から電車を乗り継いで、都会の間を通る川にいった。

そこで、目にしたのは「彼」だった。
目は死んでいる。笑顔なんてない。
とにかく煙草を命の塊かのように吸って、靴を脱いで
今から死のうとしているんだと私はすぐに気付いた。
私は一人で死にたくなかったから、彼に声をかけた。
「せっかくなら、一緒に死にませんか?」
彼は言った。
「......ゲームをしませんか?」
「先に死んだほうが敗けで、勝った人は生きる。
そんなゲームです」
彼は言った。
人生はゲーム。ならば楽しんだ方がいいと。


それからは長かった。
死ぬことを諦め、ゲームをすることにした。
2人でたまに会うようになって、たばこを吸って
色んな事をして人生を楽しんだ。
私はそこで生きていたいと思ったのかもしれない。



雨の降った日。
いつものように会う約束をして。
待ち合わせ場所について、スマホを見ながら待った。
遠くで騒ぎがあったようだ。
人が川に飛び込んだ、と。
それは彼だった。
私はゲームに勝ったんだ。



煙草を吸う毎日。
一度は生きたいと思えた世界は、昔よりも少しは
広く感じるようになった。
煙草は昔から同じものを吸っている。
この煙草の匂いが、彼の匂いを思い出させるから。





10/13/2025, 3:13:23 PM

「一輪の花」


コンクリートの隙間から咲いている花。
あの花はどんな花だったのだろうか。

雨の中のバス停。
雨が降っているようで屋根に当たり弾ける音が辺りに響く。
持っている傘からは、雨水が伝いポトポトとゆっくりと垂れている。
バス停の中のベンチは湿気かなにかで少し濡れている。それでも着ているスカートに雨水が染みない程度であったため、ベンチにそっと腰を降ろす。
湿気で少し跳ねている肩まで伸びた髪の毛にそっと触れる。雨に濡れてギシギシしている。
早く家に帰り、お風呂に入りたいと考える。
バスが来るまでぼーっと待っていると視界の端に一輪の花が映った。
「黒色のコスモス」
コンクリートの隙間から咲いたコスモスは少し枯れているのか端の方からだんだん茶色がかってきている。
枯れてしまうのももうすぐだろう。
確かあの日もこのバス停でバスを待っていた。

あの日はよく晴れ渡った夜で、月がバス停を照らしていた。
その頃は私の髪は胸まであって、黒く輝く自分の髪が誇りだった。
あの日もベンチに座って帰りのバスを待っていた。
ぼーっとしながら、月を見て何気なく「綺麗」だと。
そう思った。
視界の端に映るのは一輪の花。
コンクリートの段差の隙間から咲いたコスモス。
桃色の可愛らしい花だったの。
秋らしくて月に照らされるコスモスが綺麗だと思った

しばらくして、少し茶色がかった髪の毛でなんだか
大型犬のような男性がバス停にやって来た。
遠慮してバス停の端の方で静かに月を見ていた。
彼はふと、口から零れたかのように言った。
「月が綺麗ですね。」
私は、月ばかりを見て私に対して遠慮しているような男性がなにか悪いことをたくらんでいるとは思えなかった。私は警戒心を解いて言った。
「そう、ですね。」
彼は驚きと焦りと恐らく恥じらいで顔を赤く染めて
言った。
「すみません。口に出ていましたか?」
「はい。でも分かります。
こんなに綺麗な月。久しぶりです。」
私は彼の可愛らしさな頬を緩ませて言った。
「本当に綺麗な月ですね。」
彼は照れ臭そうに言った。
「隣、座ってもいいですか?」

彼との会話はとても楽しかった。
またいつか会いましょうと、それだけ言ってバスに
乗り込んだ。
また会えたらいいな。
そう思った。

どうやら彼とは会社が近いらしく、よくバス停で
出会うようになった。
彼と仕事の愚痴を言い合うようになって、私は彼の事を少し気になってきた。

冬が終わりそうな日。
コスモスはすっかり枯れてしまい、なにもないバス停
その日は雨が降っていた。
彼が遅れてバス停に訪れた。
「お疲れ様です。」
彼が言った。
「お疲れ様です。」
それに返して言った。
「月、綺麗ですね。」
彼は言った。
「見えませんが、きっと雲の奥で輝いていますよ。」
慣れた会話だった。
「今日、仕事辞めたんです。」
彼がふと言った。
私は驚いた。
なにも言えなくなった。
「なので、ここに来るのも恐らく今日が最後です。」
私は少し泣きそうだった。
楽しい時間が無くなってしまうのは悲しく、彼に逢えなくなると、辛い。
会話は途切れ雨音だけが響いていた。
「雨、降りやみませんね。」
彼が言った。
「...そう、ですね。」
バスが来るまでの少しの時間。
やけに星と月が綺麗な気がした。
彼と肩が触れ合い温かさが伝わって来る。

バスが来た。
「さようなら。」そう言えなかった。
また、逢いたくて。寂しくて。
だから私は言った。
「また、今度。」
彼は驚いたように笑って言った。
「はい。また今度。」


あれ以来彼とは逢っていない。
それでも私のこの気持ちは、
ずっと移り変わる事を知らない。


10/8/2025, 10:07:09 AM

「愛しているとは。」


夕日に照らされる電柱が長く、長く遠くへ向かって
延びる頃。
月がうっすらと空から光を放ち。
太陽が最後の日のように強く鋭く光る時。
月と太陽がお互いに見つめ逢うように昇り沈む頃。
「さようなら」というには虚しいような貴女と世界に。
明日がない、この頃に。
後悔しては遅いのかもしれない。
けれど僕は考える「愛している」とはいったい、
どこまで続いていくのだろうと。



明日世界が終わるんだって。
ふとした瞬間の、瞼を瞬かせる隙に貴女が言った。
その言葉は嘘ではなく本当だった。
いつかは世界が終るとは言うけれどまさか自分達が
生きている間だなんて誰が思うんだろう。
世間は生き残る方法を考えるのではなく、悔いのない
死に方をしろと騒いでいる。
テレビだってそうだ。
みんな諦めている。
僕だってそのうちの一人。

僕には彼女がいる。
明るくて、夕日のように輝いて、いつも笑っている。
今日だって笑っている。
少し今日が憂鬱そうな顔で笑う君もきっと死ぬ覚悟を決めている。
今日は何をしようか。
明日は何をしようか。
来年の秋には温泉に行こう。
今年の正月は一緒に過ごそう。
君との大切な未来が、予定がなくなっていく。
僕らは今日をどう生きれば良いのだろうか。

「愛しているよ」
会うたびに言ってきたこの言葉は、何度も言ってしまって少し軽く見られているかもしれない。
けれど今日の「愛している」は今までのどんな愛より
強く、深く、重たいものだ。
どうせ世界が終るならこんな言葉はチリの一つにもならずに世界から消えてしまうのだろう。
ならばこんな言葉は軽いものなのだろうか。

「生きていなさい」
何度言われたかわからない言葉。
先生にもお母さんにも友達にも似たようなことを言われた。
叶うのならば僕も生きていたかった。
生きて彼女との未来を歩みたかった。
あの頃は嫌悪感しか抱かなかったこの言葉が強く
僕の心に残るとは思っていなかった。

最後の日は彼女と散歩に出掛けて、家でまったり映画でも見た。
今までと同じように笑って泣いて。
憂鬱な今日がとても楽しい気分になった。

時が経つのは早い。
もう夕方。貴女とはさようなら。
これから先も。
彼女がおもむろに僕の手を掴んだ。
「今日が終ってほしくない。」
彼女が言った。
「まだ生きていたかった。」
彼女が言った。
「貴方と一緒に居たかった。」
彼女は言った。
「ねぇ。」
彼女は震えた声で続ける。
「明日はさ。何をしようか。」
彼女は泣き顔で言った。
「別れたくない。」
この別れたくないはきっと逢えなくなる事を察して言っているんだろう。
「どうして私達には未来がないんだろうね。」
彼女は諦めているのか、感情を必死に押えているのか
顔を歪ませて笑った。
彼女は夕日のように儚い寂しさを僕に与えてくる。
「分からないよ。どうして死なないと行けないのか。」
僕はなにも言えなかった。
呆れてとか、そういう意味じゃない。
とにかく寂しくて。涙が零れて仕方がなかったから。
なんとか絞り出した僕の声は震えていた。
「やだよ。」
この一言に僕たちの想いは詰められていると思った。
それでも、僕らは最後の瞬間は別々にしようと言った。だって彼女が死ぬ様子をもしも僕が見てしまったら、最後の瞬間まで泣いてしまうから。
せめて笑って死にたい。
「さようなら。」
絞り出した僕らの声は夕日に沈んでいくように
ゆっくりと、ゆっくりと消えていった。
「また明日。」
明日がないことを知っていても。
それでも望まずには居られない。
彼女との未来を。
この愛はきっと消えることはない。
「愛している。」とはきっと、ずっと、ずっと
続いていくのだろう。


「さようなら」
短い一言は今までのどんな言葉よりも切ない。
もう逢えない。
そう思うと苦しくて仕方がない。
それでも僕らの時間は過ぎていく。
運命とは時に残酷である。

愛とは運命に生きる僕らを支えてくれる
夕日のようなものなんだろう。






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