「愛しているとは。」
夕日に照らされる電柱が長く、長く遠くへ向かって
延びる頃。
月がうっすらと空から光を放ち。
太陽が最後の日のように強く鋭く光る時。
月と太陽がお互いに見つめ逢うように昇り沈む頃。
「さようなら」というには虚しいような貴女と世界に。
明日がない、この頃に。
後悔しては遅いのかもしれない。
けれど僕は考える「愛している」とはいったい、
どこまで続いていくのだろうと。
明日世界が終わるんだって。
ふとした瞬間の、瞼を瞬かせる隙に貴女が言った。
その言葉は嘘ではなく本当だった。
いつかは世界が終るとは言うけれどまさか自分達が
生きている間だなんて誰が思うんだろう。
世間は生き残る方法を考えるのではなく、悔いのない
死に方をしろと騒いでいる。
テレビだってそうだ。
みんな諦めている。
僕だってそのうちの一人。
僕には彼女がいる。
明るくて、夕日のように輝いて、いつも笑っている。
今日だって笑っている。
少し今日が憂鬱そうな顔で笑う君もきっと死ぬ覚悟を決めている。
今日は何をしようか。
明日は何をしようか。
来年の秋には温泉に行こう。
今年の正月は一緒に過ごそう。
君との大切な未来が、予定がなくなっていく。
僕らは今日をどう生きれば良いのだろうか。
「愛しているよ」
会うたびに言ってきたこの言葉は、何度も言ってしまって少し軽く見られているかもしれない。
けれど今日の「愛している」は今までのどんな愛より
強く、深く、重たいものだ。
どうせ世界が終るならこんな言葉はチリの一つにもならずに世界から消えてしまうのだろう。
ならばこんな言葉は軽いものなのだろうか。
「生きていなさい」
何度言われたかわからない言葉。
先生にもお母さんにも友達にも似たようなことを言われた。
叶うのならば僕も生きていたかった。
生きて彼女との未来を歩みたかった。
あの頃は嫌悪感しか抱かなかったこの言葉が強く
僕の心に残るとは思っていなかった。
最後の日は彼女と散歩に出掛けて、家でまったり映画でも見た。
今までと同じように笑って泣いて。
憂鬱な今日がとても楽しい気分になった。
時が経つのは早い。
もう夕方。貴女とはさようなら。
これから先も。
彼女がおもむろに僕の手を掴んだ。
「今日が終ってほしくない。」
彼女が言った。
「まだ生きていたかった。」
彼女が言った。
「貴方と一緒に居たかった。」
彼女は言った。
「ねぇ。」
彼女は震えた声で続ける。
「明日はさ。何をしようか。」
彼女は泣き顔で言った。
「別れたくない。」
この別れたくないはきっと逢えなくなる事を察して言っているんだろう。
「どうして私達には未来がないんだろうね。」
彼女は諦めているのか、感情を必死に押えているのか
顔を歪ませて笑った。
彼女は夕日のように儚い寂しさを僕に与えてくる。
「分からないよ。どうして死なないと行けないのか。」
僕はなにも言えなかった。
呆れてとか、そういう意味じゃない。
とにかく寂しくて。涙が零れて仕方がなかったから。
なんとか絞り出した僕の声は震えていた。
「やだよ。」
この一言に僕たちの想いは詰められていると思った。
それでも、僕らは最後の瞬間は別々にしようと言った。だって彼女が死ぬ様子をもしも僕が見てしまったら、最後の瞬間まで泣いてしまうから。
せめて笑って死にたい。
「さようなら。」
絞り出した僕らの声は夕日に沈んでいくように
ゆっくりと、ゆっくりと消えていった。
「また明日。」
明日がないことを知っていても。
それでも望まずには居られない。
彼女との未来を。
この愛はきっと消えることはない。
「愛している。」とはきっと、ずっと、ずっと
続いていくのだろう。
「さようなら」
短い一言は今までのどんな言葉よりも切ない。
もう逢えない。
そう思うと苦しくて仕方がない。
それでも僕らの時間は過ぎていく。
運命とは時に残酷である。
愛とは運命に生きる僕らを支えてくれる
夕日のようなものなんだろう。
10/8/2025, 10:07:09 AM