「煙草の匂い、君の匂い」
少し冷えた朝の薄暗い太陽も月も、地球にいる私を見張っていない時間。
濁った水みたいな色の空に濁った白色の煙が広がる。
1本の煙草の匂い。
最低な朝も、最低な日常も、それをどうにか乗り越えようとする自分のことも嫌いになれない。
この1本の煙草は今日を生きる私の原動力だから、
健康に悪いとかそんな理由で、止めないで欲しい。
鼻腔をつくこの香りが、彼の事を思い出させる。
最低な彼と、それにすがる最低な私。
今思えば最高な組み合わせだったのかもしれない。
彼とは恋人の関係ではなかった。
きっとお互いに好きだった。
それでも私達は付き合わなかった。
なぜなら、そろそろ死んでしまおうと思っていたから
辛くて苦しい毎日が続くなかで、唯一の抜け道だと
思った。川に身を流すのも、紐を括るのも、飛び降りるのも、方法なんてなんでも良かった。
でも強いて言うなら一人で死にたくなかった。
だから少しでも人の目に映る場所で死にたかった。
私は自分の住んでいる町から電車を乗り継いで、都会の間を通る川にいった。
そこで、目にしたのは「彼」だった。
目は死んでいる。笑顔なんてない。
とにかく煙草を命の塊かのように吸って、靴を脱いで
今から死のうとしているんだと私はすぐに気付いた。
私は一人で死にたくなかったから、彼に声をかけた。
「せっかくなら、一緒に死にませんか?」
彼は言った。
「......ゲームをしませんか?」
「先に死んだほうが敗けで、勝った人は生きる。
そんなゲームです」
彼は言った。
人生はゲーム。ならば楽しんだ方がいいと。
それからは長かった。
死ぬことを諦め、ゲームをすることにした。
2人でたまに会うようになって、たばこを吸って
色んな事をして人生を楽しんだ。
私はそこで生きていたいと思ったのかもしれない。
雨の降った日。
いつものように会う約束をして。
待ち合わせ場所について、スマホを見ながら待った。
遠くで騒ぎがあったようだ。
人が川に飛び込んだ、と。
それは彼だった。
私はゲームに勝ったんだ。
煙草を吸う毎日。
一度は生きたいと思えた世界は、昔よりも少しは
広く感じるようになった。
煙草は昔から同じものを吸っている。
この煙草の匂いが、彼の匂いを思い出させるから。
10/15/2025, 3:37:59 PM