夜間

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11/4/2025, 11:27:25 AM

キンモクセイ




懐かしい香りがする。その香り自体が懐かしい訳ではなくて、抽象的に懐かしい気がした。

懐かしい匂いがする時には、必ずあの花が近くにいるということだ。

「あ、やっぱり」

振り向いてみると、そこには金木犀がいた。甘くて、どこか懐かしい匂いがする。それは、金木犀の特徴なのだ。

自分の物のように金木犀を見ている。金木犀は好きだ。小さい花だが、優美に咲いている。

「……左之助、それ、金木犀か」

「おう、齋藤も嗅いでみるか?」

枝として切られているなんて珍しい、なんて言いながら齋藤は金木犀に近づいた。

手で仰ぐように嗅ぐその姿に、どこか優美な金木犀と重なったような気がした。

きっと俺の勘違いなのだろうが、似ていると思った。

「甘い香りがするな」

「……あ、そう、だな」

魅入ってしまったらしく、不意に話しかけられ反応することが出来なかった。

花に似ている人は羨ましいと思う。儚く、その美しい姿と重なる人は、そうそういない。

「どうした、左之助」

「いや、綺麗だなって思ってよ」

「そうだな。金木犀はこの時期に咲く。だから_」

「違う」

自分でも何を話しているか分からないほど、この美しいという気持ちを齋藤に伝えたいと思った。

そう思っているのに、中々口に出せないのは俺の短所だろうか。

黙って俺の次の発言を待っている齋藤を見て、何か言ってやらないといけないと思った。

コイツは自分から話そうとあまりしないから、何か言ってやらないと何も言わない。

「齋藤が、……綺麗、だと思って」

一生懸命に出した声は、自分でも驚く程に落ち着いていた。

齋藤は目を丸くして俺の胸元辺りを見ている。

俺も齋藤のことが見れなくなって、顔を逸らしてしまった。何故こんなにも俺たちは初々しいのだろうか。

暫くの間、沈黙が漂った。申し訳ないと、そう言いたくなった。

「左之助」

「な、なんだ?」

突然、齋藤が俺の名前を呼ぶ。その瞳は、いつもよりも大きいと感じた。

「……そういう発言は、もっと別の……愛人とかに使え。俺なんかに伝えるには勿体ない」

相変わらずの自己肯定感の低さに、コイツは齋藤なのだと再確認することが出来る。

だが、そういう齋藤だからこそ、俺の隣で馬鹿やっていける仲間なのだ。

「ほんとに、金木犀みてえな奴だ」

「……そう、なのか」

金木犀の花言葉には、謙虚、真実……初恋、陶酔などがある。

齋藤は、そういう人物だ。

俺は、視線を香り漂う金木犀に戻す。

11/3/2025, 2:37:33 PM

行かないでと、願ったのに




番傘を片手に、きっとアイツが好きな、派手な花を片手に俺は、墓所へと向かう。

時代は大きく変わり、もう俺たちなんて存在しないも同然になった。

人は死ぬ。当たり前のことだ。当たり前すぎて、何も感じないほどに。

けど、お前は。行かないでと、願ったのに。

やっとの思いで辿り着くも、足が重くて思うように歩けなくなってしまった。

これは墓所に来た呪いではなくて、悲しいという感情を抱いているからだろう。

お前がいないと、あんなに騒がしかった日々が来ないと痛感してしまう。どうして、死ぬのがお前なのだろうと何度も自分を憎んだ。

だが、お前が生きて俺が死んでたとしたら、お前だってそう思うだろ。

置いてかれた方は、置いてった方を恨むのではなくて、自分を恨むものだ。

「……左之助」

死人が多く出たせいで、墓は質素だった。若くして死んだからだろうか、知人が多いのかたくさんの花が添えられていた。

いいな。お前は、人気者で。俺は、俺の周りには、何もいなくなってしまったよ。

「なあ、覚えてるかお前。腹減りすぎたからって花食いだしたこと」

そっちでも腹が減った時のために、茎と花を切り離す。

「……行かないでって、言えばよかったか」

今更しても遅い後悔は、その時点では後悔すると微塵も思っていなかった。

左之助が生きているのは当たり前だと思っていたから。

俺だけ生き残ってしまった感覚に陥る。いや、俺以外死んでしまった。

みんな戦って、生涯を刀に捧げて。

俺はその想いが足りなかったのだろうか。俺は、もっと刀に忠誠を誓えばよかっただろうか。

「左之助、お前さえ生きていれば、一緒に皆の墓を廻れたのにな」

不謹慎だと言って、左之助は俺の頭を叩いてくれるだろうか。

あの日とは違って、忌々しいほどに日差しが俺を照らしている。

何故、天は俺を見る。

花を何輪か墓の前に置いて、死者への冒涜をする。いや、元々していたか。

左之助が隣にいた頃は、言葉にしなくても伝わった気がしたが、今は言葉にしないと伝わらない気がして、無口な俺は消えてしまった。

「俺は、もう行くよ。……他の人の墓も廻らないと」

立ち上がって左之助の墓を見ると、いつもよりもさらに低い目線で見つめないと視界に入らなかった。

不意に、喪失感に心が襲われた。左之助は、こんなにも変わってしまったのだと。

「ははっ、左之助お前、そんなに変わったしまったか」

紛らわせるために声に出してみたものの、それは逆効果だったようだ。

目からは涙が零れ落ちる。俺は、俺はどうすればいいのだろう。

「左之助、まだ、俺を見ててくれよ……」

まだ、まだ行かないで。

俺は叶いもしない願いを心の中で、願う。

11/1/2025, 10:45:05 AM

凍える朝





庭から、素振りをしている音が聞こえる。

こんなに寒い朝からどうしたのだろう、と俺は重い身体を持ち上げ見に行く。

そこにはいつものように袖がない服を着ている左之助がいた。

「……寒くないのか」

どうも気になってしまって、声をかける。

すると左之助は、動きを止めて俺の方向へと走ってくる。

「今日はさみいからな。凍えないようにしてんだ」

「もっと、何かあるだろ。……例えば袖なしをやめるとか」

「うるせえ」

自分の考えが正しいと言うようにコイツは、俺の意見を否定する。

俺が座ると、応えるように左之助も隣に座る。なんだか、素振りという行動は待っていたのだと思えてきた。

「それにしても齋藤は寒がりだよな」

「そうか?」

左之助が言うには、いつも袖に手を入れているからだと言う。しかし、この行動は別に暑かろうが寒かろうが行っている事だ。

だが左之助の言うように寒がりなのかもしれない。この時期になると、どうも人の温もりが欲しくなる。

「はあ……さみい」

先程から、そのような発言を何度を口に出している左之助に違和感を覚える。

なんだか、何かを期待しているように。俺に何かをしてほしそうではあった。

空を見ている左之助を、よく観察してみる。しかしまあ、凍えてしまうのかと思うほど寒そうだった。

「なにかして欲しいのか?」

「だとしたらどうする?」

こう訊いてくるのは、きっと俺の勘が当たったということだろう。

「さあ?……例えば、暖かくして欲しいとかか」

図星だったのか、何か言いたげな表情だけ見せて顔を逸らしてしまった。

全く、子供らしい奴だ。

「暖まるのは大切だからな」

「だ、だろ?だから……」

どうしようもなく分かりやすすぎるコイツに、何処か幼き頃の見覚えのない自分の姿と重なる。

全く味わったことの無いこの日常に、重なる部分があったとは。

そう考えてしまうと、どうも寂しくなって温もりが欲しくなる。

「俺は、お前といるだけで暖かい」

素直になれない左之助を見つめて、少しだけ微笑む。

左之助はどこか悔しそうにして俺を見る。

「はあ、齋藤……お前は」

正直になれないのもまた、日常だ。

この凍える朝というものは、非日常なんかではなくて、日常に少しだけ温もりを足してくれる存在なのだと、俺は感じている。

10/31/2025, 10:53:08 AM

光と影




「人間というのは、私利私欲にまみれてるなあ」

「熊手も人間だろ?」

「まさか。ほぼ神の俺様にそんなこと言うとはな」

人差し指に指輪を通している右手をギュッと握ると、強い眼差しで彼は拳を見つめる。

彼はどうも、その人間性が掴みにくいため、本当に人間ではなくなってしまったとかと、不安になってしまう時がある。

あんな自信に溢れている彼を、心配するだけ無駄だと思うけれど。

「そうだなあ……百夜陸王。お前はどうだ?」

腕を伸ばし、僕を人差し指で指す。

一体何を訊かれているのか、僕には分からなかった。

けれど、きっと自分の願いというのは、熊手真白の言う私利私欲なのだと、直観的に感じた。

「僕は、神になりたいなんて思ったことがないから。そんな客観的に見ることは出来ないかな」

「そうか。じゃあ質問を変えよう。お前の大切なその『玲さん』とやらは光か影、どっちだと思う?」

玲さん。玲さんは僕の人生において、全てを救ってくれて、全てを狂わせた男だ。

光と影。反対に見えるようで、実は反対ではない。それは、影というものは光によってでしか現れないからだ。

僕は、玲さんによって輝くことが出来たと思う。なら、玲さんはどちらなのだろう。

「僕にとって玲さんは、……僕を照らしてくれる存在だ」

熊手真白はいつものように座って、足を組む。何処か呆れたように、僕を見つめる。

「話が通じない奴だ」

「だけど__」

「いいか。よく聞け」

僕の口の前に人差し指を立てる。彼は片眉を上げて、いつものように偉そうな態度をとっている。

「光というのは影があるから成り立つんだ。その逆も同じこと。どちらかがなければどちらも、名前は付いていないだろう?」

「そう……だね」

「つまり、光と影というのは互いに依存しているんだ。なら、百夜陸王。お前は『玲さん』に依存しているのか?」

きっと僕は、顔を顰めていたと思う。眉間に皺を寄せて、長考していた。

熊手は、僕に一体何を伝えたいのだろうか。そう考えれば考えるほど、僕は玲さんの存在が分からなくなる。

「……分からない。僕には、その答えが」

回転式の椅子を回転させて、僕を視界から外す。

手には彼の大好物の蜂蜜を持って、そのまま直で飲む。

「お前には分からないだろうな」

「じゃあ、……君にはわかるの?」

鼻で笑う声が大きく聞こえる。肩を上げて、なんでも知っていそうに。

「さっきお前も言っていただろう。お前は神じゃないから客観視出来ないんだ。だから、俺様には分かる」

「その自信はどこから来るの……全く」

「お前とは違って、光と影の区別がついているからな」

「さっき互いに依存してるって言ってたよね?」

腕を組んで自信が滲み出ている雰囲気を醸し出す彼に、もしかしたら尊敬を示しているのかもしれない。

だが、一応僕も自分に自信があるつもりだ。ただ、玲さんとの関係に自信が無いだけで。

「ああ。そうだ。だが、今の世界では二つとも独立している。それはお前だってそうだろ」

「……確かに」

「あとな。自分が光になれば、影という仲間や敵が勝手についてくるだろう?」

熊手も、いつも神だと嘆いているだけだと思っていたが、どうやら色々なことを考えているらしい。

少し面白くて、口角を上げる。

「流石、自称神なところだけあるね」

「おいお前、馬鹿にしてるのか?」

勢いに任せてこちらを向く彼は、やはり何処か神になるには足りない気がした。

「さあ?どうだろうね〜」

「おい!……はあ、」

10/29/2025, 1:24:26 PM

tiny love




抱えきれないほどの愛なんて貰ったことがなくて、ただ欲求が大きくなっていくだけだった。

まず、愛すら貰ったことのないやつが、そんなに大きな欲望を求めている時点で、何かの間違いなんだ。

だから、今、寂しいと思っているのは普通のことであって、適切な罰。

落ち着いて、深呼吸をする。息が少し荒い気がするが、そんなことはどうでもいい。

俺は一体、何を求めればいいのだろう。

「悪夢でも見てんのか?」

「うわっ……さ、左之助……か」

「齋藤お前、冷や汗すげぇぞ」

頬に手を触れてみると、汗が流れているのがよく分かった。

何故俺はこんなにも焦っている?恐怖を感じている?それとも、……いや、一体なんだ。分からない。

「うーん。齋藤、なんか欲しいのか?」

「……え?」

左之助は自慢の馬鹿力で俺の額を弾く。その時、やっと視界が明るくなった。

では俺は、何が欲しいのだろうか。物理的なものではないのは確かだ。

そうか。俺、愛が欲しいのか。

「お前、心当たりあるだろ」

図星。顔を顰めてしまった。

しかし、俺なんかが愛なんて貰っていいのだろうか。

『愛』というととても大きなものを想像する。一人の人から、沢山のものをもらう。そういうのが愛だと思っている。

「愛、……愛が欲しい」

左之助は犬歯を見せながら大きく笑う。

それは馬鹿にしているんじゃなくて、とても嬉しそうだった。

「そうかそうか。齋藤は、愛は貰ったことなかったか?」

「……ああ、貰ったことはない」

渡したことはあるのだろうか。考えたって、俺には覚えていない。

「なんか勘違いしてそうだから言ってやろうか?」

「なんだ」

俺の胸の辺りを強く人差し指で押した。強く、心に訴えているようだった。

「愛はそこまで高いところには居ねえ。小さな愛だって、それは愛なんだ」

そう、そう思っていた。けれど、どうも俺の欲求が邪魔して、それを認めたくなかった。

しかし、左之助がそう言うのなら、俺は小さな愛でも満足できるはずだ。

「……俺は、愛が欲しい」

もう一度、今回は芯のある声で。本気で。

先程よりもより一層明るい笑顔で、齋藤は俺の肩を叩く。

「あげてやるよ。小さいのでも、どデカいのでも」

暫く考えて、口が開く。

「俺は、小さな愛が欲しい」

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