消えない焔
この道を歩んできてよかったのか、よく疑問に思う。
手を伸ばしたら、握ってくれる相手は現れるのだろうか。
俺は今、一体何を目指しているのだろう。
ただ、自分の心だけを信じて、前に進んできた。
だが、それは果たして正しかったのか。これを否定すれば、俺の人生は無かったことになってしまう。
街が焔で燃え盛っている。一体、何故こうなったかなんて、分からない。
「左之助、早く逃げよう」
不意に、腕を掴まれる。強く握られたその手は、震えていた。
「齋藤……?俺、何して」
「知らない。だが、お前は戦っていたはずだ」
よく自分の姿を見てみると、左手には槍が握られていて、腕には籠手が装備されていた。
そうだ。俺たちは任務で街へと出たんだ。しかし、失敗して今の状況になったというわけか。
街の外れた所へと出る。走りすぎたからか、齋藤の息は上がっていた。
「大丈夫かー?」
「……ああ、大丈夫だ」
先程の街を振り返って見ると、夜だというのにその街だけは栄えているように明るかった。
消える気配のない焔は、まるで自由を求めるように上へと上がっていく。
悪い記憶の方が残りやすいという。それは、まさに今のことを比喩しているに違いない。
「左之助、みたいだな」
「あ?どういうことだ?」
「悪く聞こえたのなら、申し訳ない」
齋藤は街を見るのをやめて、川の方へと向かった。
月夜が反転して見える川の、川辺にしゃがみ込む。そこで齋藤は、刀と籠手を身から外した。
衝動的に俺は隣に行く。いつものような曇った瞳とは違い、何かしらの希望を抱いているようだった。
「お前も、あの焔みたいに消えなくて、燃えている」
「齋藤は一体、俺のことどんな目で見てんだか」
齋藤の隣に座る。
その瞳というのは、俺をそういう想いで見ている時の目なのだろうと、直観的に感じた。
座ると、どっと疲れがやってくる。俺はそんなにも、戦っていたのか。
「そうだなぁ……お前は、俺と真逆だな」
「……真逆?」
「おう。俺とは違って、儚くて冷たい。勿論褒めてるからな」
腕を組んで齋藤を横目で見る。齋藤は、今にも消えてしまいそうな顔で微笑んでいた。
焔だったって、なんだって。きっと消えてしまう時が来る。
だが、消えない焔というものだってあったっていい。
それが、今を生きる俺たちの希望となるはずだから。
「齋藤は、……俺の生きてきた道が正しいと思うか?」
沈黙の時間が続くと、齋藤は口を開いてくれた。
「さあな。俺は知らない。だが、きっと正しいと思える時が来るだろう」
「それ、本音じゃないだろ」
冗談交じりに言うと、齋藤は苦笑いするように口角を少しだけ上げた。
終わらない問い
答えのない問いというものに、人間はどうも答えを示したくなる。それは、好奇心によるものか、そういう使命が何処かにあるのかは、分からない。
その問いに答えようとし、解を探していくうちに、新しい問いが出てくる。
その時、人々は終わらない問いと言うのだろう。
限りなく哲学的なその循環は、自分との対話のみでしか解決することは出来ない。そう、勝手に思っている。
気がつくと、朝になっていたようで、昨日は考えながら寝てしまったらしい。
急いで筆を洗い、外へと向かう。そこには、血だらけの左之助が居た。
「おい、左之助?……起きろ…!」
身体を優しく揺するも、一向に起きる気配のない左之助に、動揺を隠せなくなった。
何故血塗れなのか、何故誰も手当もしていないのか、何処で何をしていたのか、俺には理解ができなかった。
「……っ、」
「左之助!」
目をゆっくりと開ける左之助を見て、思わず大声を上げてしまった。
「齋藤……?」
「お前、大丈夫か……?血だらけ、だぞ……」
本人よりも焦って訊くと、左之助は無理やり笑ってみせた。
しかし、自ら立ち上がろうとしている左之助は、手に力が入らないようで、すぐにバランスが崩れてしまった。
手を貸して立たせると、息が荒かった。
「俺、やらかしちまってよ……はぁ、」
そう言う左之助は、何処か冷静だった。
一方で俺は、知らないうちに左之助が死ぬかもしれなかったという不安と恐怖に駆られていた。
「そうか。……無事なら、なんでもいい」
医務室に向かい、止血をし、血を拭う。左之助が出来ると言っているのに、衝動的に全ての治療を行ってしまった。
きっと目が泳いでいたのだろう。下を向いて左之助を見ないようにしていたのに、どうも落ち着かなかった。
不意に、頬を掴まれて顔を上げられた。左之助の顔を見ると、安心できた。
「齋藤、大丈夫か?」
「俺は大丈夫だ……左之助も、重傷じゃなくて良かった」
「おう、そうだな」
俺を安心させてくれるように、左之助はいつもの表情で笑う。
心配しなければいけないのに、逆に心配されている現状に、自分の弱さを感じた。
左之助は、頬に貼ってある綿紗を手のひらで覆いながら、胡座をかいた。医務室から見える木を見ながら、俺に話しかける。
「……なあ、どうして、争いは無くならないと思う?」
終わらない問い。答えを探そうとすると、きっと争いがまた始まってしまう。
そういう問いには、一つだけ答えに近づくための答えが存在するのを、俺は知っている。
「人々が、左之助のようにその問いについて考えるからだ」
皮肉のつもりで言った訳では無いが、そう聞こえる言い方になってしまった。
いつもなら言い返してくるのに、今回は言い返してこなかった。ただ、木だけを見ていた。
「なるほどな。……分かんねえなぁ、人間ってのは」
今の戦いは、何故起こっているのか分からずに戦っている人もいるはずだ。
循環していくうちに、問いというものは原型を収めなくなる。
左之助は横目で俺を見つめる。その顔は、志があった。
「齋藤」
「……」
「お前は、こんな世界に飲まれんなよ。さっき俺のことを心配してくれたように、純粋に、生きろ」
気づいたら、下を向いていた。
流したことのない涙が、目から流れ落ちてくる。
「俺は……、どうすればいい」
「ずっと、考えるんだ。終わらない問いを。考えて、考えて、答えが出るまで生きれば、俺はそれでいい」
左之助はきっと、先程の問いのように、答えのない問いを考え続けて現実から目を離しているのだろう。
現実を直視するのが、難しくなってきたこの時代は、狭苦しく感じた。
揺れる羽根
雨は嫌いではない。むしろ好きな方である。
だが、外に出るのが億劫になるのが唯一の難点だろうか。
桜が咲いていたはずの木が成っている庭を眺めている。雨のせいか、外は鉛色の空だった。
座る体勢を直そうとすると、内揚げのところからカチャッという音が聞こえてくる。
刀が鞘の中で動く音は、好きではない。こんなに平和な時間に、争いのことを思い出すからだ。
「今日は寒いっつーのに、よくそんなところに居られんなあ……」
こんなに寒いというのに、袖なしで過ごしているような奴に、そんなことを言われても響かない。
だが、確かに今日は一段と寒かった。
「お前も、寒くないのか」
「いや、クソ寒い。だからお前を探していたんだ」
こんなに淀んだ天気が、カラッとなくなるほどに明るい笑顔を放つ左之助は、俺の手を握って何処かへと走っていく。
倉庫に辿り着くと、そこには羽毛が沢山あった。
「左之助、それ、どうしたんだ」
「気になるよなー、俺も分かんねえ。暖まろうって思って布探そうとしたら、こんなんがあったんだ」
そう言うと、左之助は羽毛が入った大きな入れ物に、手を勢いよく入れた。
あったけぇ!大声で笑いながらはしゃいでいる左之助を見て、何故アイツが袖なしで過ごせているか分かった気がする。
「齋藤!お前も入れてみろよ!」
「……いや、俺は」
「はあ、……まあ、そう言うと思ったけどよ」
満足したのか、左之助は手を抜いてこちらを見つめてくる。その表情は、何処か申し訳なさそうだった。
「なんか悪ぃな。俺だけ暖まって」
いや、全くそんなことはない。
「俺も、暖まれた」
「ああ、?本当か?」
コイツが袖なしでも活気が溢れているのは、きっと見えることのない羽根が生えているからだろう。
その羽根が左之助をずっと、ずっと守っている。
「……ああ、本当だ」
どうやら俺の口角は、上がっていたらしい。
それを見て驚いたのか、左之助は穏やかな表情で微笑んでいた。
それに対応するように、左之助から生えた大きな羽根は、ゆっくりと揺れていた。
秘密の箱
最近は物騒なことが起こらなくて、本当に争いが起こっているのかと不安になる。
そんなことを思いながら、屯所の掃除を行っていた。
ふと、見たことのない箱が淋しげに置かれていた。
新しい薬箱なのかと思い、手に取って片付けようとした。すると、見ていたのか、大きな声で箱を取り返しに来た左之助がいた。
「あ!おい!触んじゃねぇ!」
抵抗する理由もなかったので、左之助に素直に返した。
左之助は、その箱が硝子なのかと思えるほどに、丁重に扱っていた。そんなにも大切にするものだから、中身に何が入っているか気になった。
しかし、左之助はその箱にしか意識が向いておらず、こちらの話を聞いてくれる雰囲気ではなかった。
まあ、気になったら訊く他ないが。
「左之助、その箱は何が入っているんだ」
「ああ?この箱が気になんのか?」
「嗚呼。お前がそんなに物を大切に扱うことないだろう」
皮肉れた言葉をかけても、反応してこないほど箱に意識を向けている左之助は、箱を見つめて少し考えていた。
いつものような活力が漲っているあの大きい背中とは違い、今は小さい子供のようだった。背中を小さく丸めて、自信のなさが表れていた。
「……これは、秘密の箱だから」
「秘密?」
「俺の、大切なものが入った、大切な箱」
そう言うと、安堵するように微笑んだ。
「中身は、教えてくれないのか?」
すると左之助は、ゆっくりと俺の方向を向いて、目を瞠いた。
先程のような弱々しい姿はなくなり、いつもの姿に戻っていた左之助は、思いっきり俺を指さした。
「齋藤、普通訊くもんじゃねえだろ。こういうのは」
「……すまない」
左之助は大口を開けて笑ったあと、何処か寂寥感の感じられる表情をして、遠くを見た。
「まあ、いつか見せてやるよ」
「そうか」
「俺が死んだ時は、お前がこの箱を持ってろ」
突如そんなことを言うものだから、俺は唖然としてしまった。
「俺が、……お前より長生きする保証はないだろ」
「だから、長生きしろよって話だ」
俺の肩を強く叩くと、アイツは部屋を出ていった。
無人島に行くならば
きっと、想像力が豊かなのだと、そう思う。
それを話したところで、現実的にはありえないことだ。
無人な島に辿り着くには、どのくらい波に流されればいいのだろう。
いや、行くならば、と言っているのなら、わざと流れにいっているのか。そうしないと、持っていきたいものを持っていけないから。
「馬鹿らしい」
「はあ?お前、今なんつった?」
現実的に考えてしまう俺は、想像力が豊かな人と分かり合えない。
だからといって、今発した言葉は自分でも違う気はした。
「いいだろ、夢があって。齋藤は憧れねえのか?」
不意に質問が回ってきて、思考を巡らせる。無人島に憧れを持つということは、どういうことだろうか。
「……それは、脱走したいということか?」
「馬鹿!……そんなわけねえだろ」
そう言う割には、急いで近づいていて小声で話してくる。
無人島。それは夢のような世界かもしれないし、現実よりも辛いものかもしれない。しかし、不確かなものというのは、希望だけを信じる。
「まあ、希望を持つことはいいことだ」
その言葉を放つと、左之助は間抜けな顔をして固まっていた。
もしかして、そんなに深く考えていなかったのか。
「あ、ああ……それで、齋藤は何持っていきたいんだ?」
こういう場合、基本的には持っていける物はひとつだ。だが、俺の考えだと流れにいっているのなら、便利なものを何個を持っていくのがいい。
そんなことを話して何個も案を出したら、それこそ左之助に馬鹿にされてしまう。
ここは常識というものに従って、ひとつだけ案をあげよう。仕方なく。
「俺は、刀さえ持っていればいい」
「へー、俺とかじゃねえんだ」
「馬鹿言え」
そういえば訓練中だったことを思い出し、木刀を力強く握り半丸頭で鳩尾を狙う。
「いたっ!……齋藤!」
無人島なんて夢のまた夢。
来世に期待して、俺達は今を生きる。