1000年先も
得た仲間というのは、失うものではないと思っていた。
だから、目の前が真っ暗になってしまった。俺以外、全員いなくなってしまって、また孤独というものを味わう羽目になった。
どこにも行かないで、なんて言ってももうアイツらは居なくなった。じゃあ、俺はなんて言えばいいのだろう。
みんな、俺と一緒にいてくれるのが当たり前だった。一緒の家に住んでる禽次郎を筆頭に、陸王、竜儀、角乃、熊手。みんな敵であったけど、俺はそうとは思えなかった。
戦っていくうちで段々と、俺の心は満たされていった。これが俺が望んでいた、孤独ではない空間。
『吠くん』
なんだよ陸王、そんな悲しそうな顔して。いつもはもっと、自分のこと大好きみたいに自信持ってただろ。
『遠野』
竜儀も、なんだその顔。まるで子供でも見る目だな。俺はもう、20歳は超えてるんだ。
『吠っち』
禽次郎、今そんな呼び方で俺を呼ぶような雰囲気か?まあ、そこも禽次郎らしくていいけど。
『吠』
角乃、いつもみたいになんか話してくれよ。いつもみたいに、俺らをまとめてくれよ。なあ、
『二代目』
おい、熊手。俺にはちゃんと遠野吠っていう名前があるんだよ。俺を認めたくないのか、なんなのか分かんないけどさ。
「陸王」
……誰もいない。
「竜儀?」
……いない。
「角乃、?」
……なんで。
「おい、禽次郎……」
いない、いない。
「熊手……?」
もう、誰もいない。俺を庇って、世界を守ろうとして、みんな、消えていなくなった。
「俺は……」
俺は、みんなの為になにかしたか?世界を守るためになにかしたか?
_バンッ!
机を叩いて、髪の毛を引っ張る。まだ生きてることを実感して、辛くなる。
「…一人は、やだよ……」
もう誰も言い返してくれない現実が存在する。
俺以外のみんなは願いを叶えるために頑張っていた。なのに俺と来たら、願いすらない。あんなに時間があったのに、願いを見つけられていない。
でも、ここまで来たら俺がすべき願いはそこにある。
何年先でも、1000年先でも、なんだって会えるなら待ってやる。
だから俺は、みんなにまた、会いたい。
「俺の願いは……」
遠い日のぬくもり
こんなとき、父ならどうするだろう。
何年も前のことで、顔すら忘れてきている自分に苛立ちが抑えられない。
思い出したくても思い出すことができなくなって、涙が勝手にこぼれ落ちる。
私の大好きな父は、無惨に人生を終えた。私は、父のようになりたいという夢を切り裂かれ、今の道を歩んでいる。
この人生でよかったのか、この道に来て良かったのか、今でさえ自問自答が止まらない。
裁判を終え、法廷から帰ろうとするところで男に話しかけられた。
「御剣」
「ム、どうした?」
声の主は成歩堂だった。彼はいつものように明るい笑顔で私に話しかける。
「この後暇か?」
「まあ、予定は……ない」
成歩堂の横からぴょこっと真宵くんが現れた。私の言葉を聞いて嬉しそうにしていた。
「やったね、なるほどくん!ミツルギ検事さん、ボウネンカイ、しません?」
「真宵ちゃんがどうしても『忘年会』してみたいらしくて。どうだ?」
「ムぅ……別に、構わないが」
今日の夜だけは、独りで過ごすことが難しいと思っていたところだ。とは、2人には言えないな。
彼女は寒さを忘れさせてくれるほどに大きく喜び、私たちは成歩堂の事務所へと向かうことになった。
私もボウネンカイなるものはしたことはない。たしか、一年の苦労を忘れ、ネギラウものであったか。
事務所に到着し、成歩堂がどこからか缶ビールを取り出す。
「成歩堂、真宵くんは飲めないだろう」
「飲ませる気なんてないに決まってるだろ!これは、俺と御剣のだよ」
「ミツルギ検事何言ってるんですか〜!頭が硬いにもホドがありますよ!」
ビールという存在が久々すぎて、自分のものではないと勘違いしてしまった。
ビールを飲んだことがあるだろうか。検事になったから、忙しかったからか。飲んだことは無いかもしれない。
最後にソイツを見たのは、記憶の限りでは父が飲んでいた気がする。父は仕事終わりのビールは特別だとか言っていたっけ。
「もしかして御剣、飲んだことないのか?」
「多分……ないな」
「えっ!は、はあっ!?どんだけ忙しいんだよ!」
「いや、なるほどくん……私たちが暇すぎるのかも」
成歩堂は胸に手を当てて崩れ落ちた。成歩堂の事務所は、いつもこんな感じなのだろうか。私は、ずっと一人だからな。
素直に、憧れという感情が湧き上がってしまった。
二人を見ていると、遠い日のぬくもりを思い出す。父とはこんな会話をしてきた訳では無いが、こんな対等に話せたのは父だけだ。
父亡き後、先生やメイなど、同い年な人はいなかった。だから、どこか狭苦しかった。
父のように、気軽に話せる人が隣にいて欲しかった。
「御剣?」
「あ、ああ。すまない」
「カンパイしましょー!!」
私もこんなふうに好奇心旺盛な子供の方が、父も喜んでくれただろうか。
……考えても、もうムダか。私は、大人になってしまったのだから。
事務所には、彼女たちの楽しそうな声が響き渡る。
「御剣も、だろ?」
どうやら私の考え事は、伝わってしまったらしい。
「……今日は、楽しむとしよう」
二人は私を見た後、二人でハイタッチをしていた。
微笑ましいとは、まさにこの事だろう。
私たちは、存分にボウネンカイというものを満喫した。
揺れるキャンドル
電気代が払えていなかったか、はたまたは普通に停電が起きたのか、そんなことは分からないがとりあえず電気がつかなくなった。
「なるほどくん!見えない!どこ?」
「いたいいたい……ここにいるよ……」
腕を大きく振り回しながら僕のことを探す真宵ちゃん。その腕は華奢な女の子のものだが、だからこそ当たると痛い。
それにしてもどうしようか。この事務所には懐中電灯は何故か無い。唯一あるものといえば、僕のポケットの中に入っているライターだ。
カチッとアナログな音を立てて、小さい灯火が光る。
「なるほどくん、タバコ、吸ってるの?」
「違うよ。なんか、持ってたってだけ」
「うーん……でも、こんなあかりじゃ役に立たないよ」
グサッと大きな矢のようなものが心にぶち刺さる。
しかし真宵ちゃんの言っていることは正しくて、このあかりだったら僕と真宵ちゃんはずっと近くにいなければならない。それに、ブレーカーを見に行きたいから、ライターだけだと心細い。
「あ、ねえ!なるほどくん、私こんなの持ってたよ!」
「ん?なに……って、キャンドル?」
「そう!倉院の里から持ってきちゃったかな……?」
「とりあえずそれにつけようか」
あかりとしての機能は、あまり変わらない気がする。
しかし、キャンドルという昔ながらの灯火には、好奇心を擽られる。
真宵ちゃんにこのノリ気をバレないようにして、キャンドルに火を灯す。きっと真宵ちゃんはこのことに慣れているようで、普通に僕を見ていた。
「ちょっと明るくなった、かなあ?」
「ねえ、なるほどくん」
「ん?なんだよ」
「なんか、楽しそうだね。もしかして、キャンドル初心者?」
キャンドルに初心者も上級者もないだろ。
どうやら僕のテンションは隠しきれていなかったらしい。バレてしまったのなら、このまま突き進むしかない。
「まあ、そんな感じ?ブレーカーってどこにあったっけ」
「ぶれえかあ?さあ?分かんないなあ」
「探すのも醍醐味、ってところかな」
「いいねえなるほどくん!探そう探そう!」
何年もこの事務所で過ごしているのに、暗闇になった途端にここがどこだったのかが分からなくなってしまう。
真宵ちゃんは先陣を切るように僕のキャンドルを掻っ攫って、前へと進み始めた。
ドアを開けて奥へと入る。相場玄関にあるような気がするが、今は探検を楽しむ時間だろう。
瞬間、北風が僕たちを襲った。その影響でキャンドルは揺れて、あかりが消えてしまった。
「なるほどくん!なるほどくんどこ!」
「いたたたっ!ここにいるよ……真宵ちゃん」
探索というのは、きっと上手くいかないことがほとんどだ。
僕はまたキャンドルをつけてやっては、風に消されてを繰り返した。窓を閉めるまで。
そんなことをしている間に、停電は止んでしまった。久々に真宵ちゃんの姿を見ると、なんだか微笑ましくなってしまった。
「おー、なるほどくんこんなに近いとこにいたんだね〜。寂しがり屋?」
「それは真宵ちゃんの方だろ」
「そうかな?あ!なるほどくん!みそラーメン食べに行こう!」
「なんでだよ」
「だって寒いんだもん……へっくしょッ!」
風に思いっきり当たってしまった真宵ちゃんは、大きなくしゃみをした。
僕も寒がりだから気持ちは分かる。何となくお腹も空いてきたし、仕方ない。
「じゃあ、行こうか」
「やったー!さすがはなるほどくんだねー!」
何がさすがかは知らないが。真宵ちゃんが喜んでいるのなら、いいか。
僕たちは戸締りをして、外へ出る。
光の回廊
深呼吸をして、自分の激しい鼓動を落ち着かせようと試みる。
しかし、どうやら私はこの暗闇が嫌いらしい。
まるであの時のエレベーターのようだった。逃げ道がなくて、私の人生を一気に狂わせたあのエレベーター。
あの時と同じように、体を縮こませて一生懸命暗闇に溶け込もうとした。そうすれば、父は私のことを守らなくて済んだだろう。
光さえも拒絶して、一生懸命息を吸う。ほんの、ほんの少しずつ。
自分の怯えている声と、あの時の銃声が頭の中にフラッシュバックしてくる。やはり私は、あの悪夢のような日から抜け出せることはできない。
ここかどこかなんて、分からなかった。ただ一つ、エレベーターのような狭さなのは感じた。
すると扉がゆっくりと開き、光の回廊が私を差した。
「御剣、大丈夫か。怖かったよな」
あの時とは違って、聞こえてきたのは悲鳴なんかではなかった。光という存在が、私に手を差し伸べる。
「成歩堂……」
名前を呼ぶと、光はさらに輝きを増して、私の手を取った。
出てみて初めてわかったが、本当にエレベーターに閉じ込められていた。成歩堂曰く、地震とかではなく機械が故障して起こってしまったことらしい。
いつものようにへらへらした笑いで、成歩堂は私を見る。その笑顔が、私を安堵させる。
「なぜ、私がここにいると分かったのだ?」
「んー……そうだな。御剣は、こういうことに巻き込まれやすいだろ?一応心配だから見に行ったら、図星だったってだけだよ」
「ム、……あまり嬉しくないな」
彼は狙っていましたと言わんばかりの表情をして、私の肩を大袈裟に叩く。
「なんだよ御剣、僕に助けられて嬉しいと思ってたのか?」
「ち、ちがう……」
私は今まで、光という存在を見て見ぬふりをして生きていた。
しかし、アイツと法廷で出会った時、光が自ら私の方へと向いたのだ。それは、私が光を求めていた訳ではなく、光が影を求めていたのだ。
その光は今、さらに輝きを増して私の道標となってくれている。彼がいなかったら私の人生はどうなっていただろう。
感謝している。キミの存在が、私の心を動かす。
「御剣〜」
「なんだ」
「今真宵ちゃんから電話来たんだけど、みそラーメン食べたいんだって。来るか?」
「いや、私は」
「言い方を間違えたな。来るよな?」
きっと彼の光は真宵くんなのだろう。彼もまた、誰かによって人生を動かされたのだ。
仕方なく承諾して、仕方なくついて行く。だがしかし、それがいい。それでいいのだ。
「成歩堂」
「なんだよ」
「……私は、醤油の方が好きだ」
「知らないよ……真宵ちゃんに何言われても知らないからな!」
成歩堂は私の肩を押す。バランスが少しだけ崩れて、笑みがこぼれる。
降り積もる想い
「なあ、僕たちが出会わなければ、こんなにみんな辛くなるってこと、なかったんじゃないのか」
降り積もる雪の中、僕は御剣に向かってその言葉を吐いた。
どうやら御剣は目を見開いて驚いてしまっていたようで、そう思っているのは僕だけらしいと、そう感じた。
「何故、そんなことを言う?」
「だってさ、真宵ちゃんがずっと殺されそうなのも、千尋さんが死んだのも、全部はお前の事件からだろ」
きっと、僕はこんなことを言いたいわけではない。それはつまり、御剣に死ねって言っているようなものだ。
だけどどうしても僕は、真宵ちゃんに幸せになっていて欲しくて。僕なんかと関わり始めてから、真宵ちゃんの不幸な物語が始まりを告げた。
ずっと真宵ちゃんが隣にいて思う。これは、僕が悪いのか、真宵ちゃんが悪いのか。どんどん過去を辿っていくと、答えはひとつになってしまったんだ。
「……そうか、成歩堂。何を言いたいのか分からないが、その言葉のまま受け取るのなら、私は存在してはいけないのかもしれないな」
「…………」
『違う』そう言えばよかったのに、何故か言い出せない。僕はなんで弁護士になった?御剣を救う為だろ?
じゃあなんでこんなこと、思ってるんだよ。
「そうだな。キサマは私よりも大切な存在を見つけたのだろう?」
「……え?」
「ゴドー検事に言われたそうだな。真宵くんも、そのお姉さんも成歩堂が守るべきだったと」
そうだ。僕は、御剣を救おうと思えば思うほど、救いたい人物がさらに増えていた。
救えなかった人もいれば、別の人に救われた人もいる。
「そんなことを考えていると、いちばん辛いのは成歩堂になってしまうぞ」
「でも、僕は……」
御剣はさしていた傘を閉じて、僕に渡してきた。
「な、なんだよ……」
何か経験しているように、御剣は余裕そうに僕のことを見た。
「積もりに積もった想いは、やがて身を滅ぼす。一方で、その想いは、かけられた人にはとても伝わり、嬉しく思うものだ」
「……何が言いたいんだよ」
さんさんと降っている雪の中、御剣は何もささずに道を歩き始める。
どういう意味かが分からなくて、僕は歩いている御剣の腕を握った。白い息は僕の方が大きかった。
「キサマのその過剰なまでの想いは伝わり、救われた人がいるということだ。……成歩堂、この想いは誰を想う気持ちから始まったか?」
ハッとする。そうだ、この想いは御剣を想う気持ちから始まったんだ。そんな奴と関わらなければよかったなんて、それは御剣が救われないということだ。
握る力が緩んでしまった。御剣は僕の方へと向き直してくれて、目を合わせてきた。
「成歩堂、お前は大丈夫だ。キミみたいに過剰なまでの想いを一人から受け取っている訳ではない。だが、成歩堂に救われた、全ての人から少しずつ降り積もった想いが、キミを救うさ」
「……御剣」
「ム、なんだ?」
「さっきは、悪かったな」
「あ、ああ、気にし__」
「へぶしッ!!」
どうしても寒さには慣れなくて、くしゃみが響き渡る。
御剣は呆れた顔をして僕を見ていた。その表情を見て、僕はなんだか懐かしい気持ちになった。
「ははっ……あははっ!」
「な、なんだ……全く」
どうやら僕はの考えていたことは無駄ではなかったらしい。