生きる意味
生きる意味を探すことこそが、生きる意味であると考える。
例えば。道端に花が枯れているのを見て、可哀想だと思った。そこから花に愛着が湧いてきて、花屋になることを決意する。
花のために生きるという目的ができる。そうやって人間は生きていくうちに、生きる意味を探している。
対して僕はどうだろう。僕は、他人のために生きたこともなければ、自分という存在もよく分かっていない。
生きる意味がその先にあるだろう、と思ってみるけれど、中々その先が見えない。
でも、僕の仲間たちは生きる意味があって羨ましい。
マーベラスは宇宙最大のお宝を、ジョーだって、そんなマーベラスのために、ルカはお金のため、アイムは、滅びた自国のため。
じゃあ、僕は?僕はなんのために生きているの?
成り行きで海賊になって、その人達が追い求めてるお宝を、何となくで探してる。
僕って一体、なんなんだろう?
「……ハカセ、どうした?」
「あ、マーベラス……なんでもないよ」
「……」
突然、マーベラスは僕の髪の毛をわしゃわしゃと撫でる。その勢いにやられて下を向いてしまった。マーベラスはどういう気持ちで、僕の頭を撫でたの?
「な、なんだよ……」
「ハカセ。もっと気楽にしろよなー」
そう言うと、マーベラスは別の場所へと向かっていった。
気楽に……ね。簡単に言うよ。本当に。
僕はマーベラスの言葉に、何回救われたのだろう。僕はマーベラスに、何回助けられたのだろう。
「マーベラス」
「呼んだか?」
「……僕の生きる意味って、何?」
嘲るようにマーベラスは笑った。でも、その笑顔に不快感はなかった。いつもの、マーベラスだ。
マーベラスはいいな。生きる道筋がはっきりしている。僕もあんなんだったら、どうだっただろうか。
「ハカセは俺たちの飯作ってくれるだけでいいんだよ」
「じょ、冗談言わないでよ!本気で、訊いてるんだから……」
「……そうやって生きる意味について悩んでるのが、お前の生きる意味だ」
生きる意味ってなんだろう。僕にとって、生きるってなんだろう。
マーベラスと話していて、『生きる』と『生きる意味』は違うと思った。
僕はただ悩みに悩んで、生きていけばいい。それが生きる意味になるのだというのなら、僕の思う生きる意味は、いらない。
「……ごめんマーベラス、突然……変なこと言って」
また僕の髪の毛を大雑把に撫でる。今度は、本気で笑っているマーベラスの顔を見ることができた。
その笑顔に、僕もまた微笑む。
「いいぜ。何回でもその話、聞いてやる」
「ありがとう……マーベラス」
流れ星に願いを
夜風というものは、嫌いではない。だが、昔の記憶を自分の頭に流し込んでくる。
夜風に当たると、見たい夜空を見る気が無くなるほどに俯いてしまう。学ばない自分が馬鹿なのだろう。
今日は初めて、上を向いてみることにした。その勇気が出たのは、隣にコイツがいるからだ。
何も言わなくなって、目を合わせればソイツは語ってくれる。俺は、コイツの隣にいていいのだと、安心していいのだと、そう言ってくれる。
「なあ、マーベラス」
「なんだよ」
何を言おうとしたのか、自分でも分からない。とりあえず、名前を口にして隣にいることを確認しておきたかった。
「……俺は、成長出来ているのだろうか」
久々の弱音を、人前で吐いてしまった。
「ジョー、お前の思う成長ってなんだ?」
「俺の思う成長……、それは、強くなることだ」
横目でマーベラスを見ると、いつものように余裕をかました表情で笑っている。
「ハッ、テメェらしい。だがな、弱くなることも成長だ」
「……そんなわけ」
「あるぜ」
俺が無意識に出してしまった言葉を無かったことにするように、マーベラスは俺の口元を塞ぐ。
「まあただ弱ったらそれは成長じゃねえけどな。成長ってのはな、一歩進めたらそれは成長なんだよ」
「一歩……」
「その一歩ってのは定義し難いな。ジョーが歩こうとしている道が階段だったら、山岳だったら、宇宙だったら。踏み出す難易度は変わってくだろ」
「マーベラス、お前の隣だったら踏み出す難易度はどのくらいだ?」
「……さあな。あ、流れ星!」
地球では流れ星に三回願いを言うと叶うという迷信がある。マーベラスはそれを聞いてから、流れ星を探していた。
俺も流れ星に願いを込める。
「まあ、俺の隣で歩きたいんだったらもう少し良い顔することだ」
「良い顔?」
そう言うとマーベラスは思いっきり俺の頬を掴んで上にあげる。
「マーベラス、い、いたい」
「俺は流れ星に願ったぜ。宇宙最大のお宝、見つかりますようにってな」
「……俺は、成長できますようにって願った」
どうせ流れ星に願ったって、叶えるために行動するのは自分たちだ。だから俺もアイツも、流れ星なんか最初から一切信じていない。
それでいいんだろ。マーベラス。
「笑え、もっと。信じろ、俺を」
その少ない言葉が、俺の背中を押す。
「ああ。分かってる」
今日は成長できた、そんな気がする。
これからも、ずっと
風邪がなびいている。春風というものは出会いも告げれば、別れも告げる。
仕事のためにワイシャツを着る。襟元を整えながら歯を磨き、髪の毛のセットに時間をかける。その後ネクタイを締め、上着を着て、家の電気を消す。
家の鍵を閉めて、今日もまた、いつものようにいつもの場所へと向かう。
左手に、社会人では必需品となってしまった腕時計がいる。それをのぞき込み、歩く速度を決める。
今日は少しゆっくり歩いても問題はない。いや、いつもゆっくり歩いている。それが分かってしまうほど、僕はあの場所へと向かっている。
いつものように裏道を使い、近道を歩む。周りの目線が冷たかったのは、いつからかなくなっていた。
階段を登り、やっと着いた建物の扉を開ける。
「おはようございます」
返事は無かった。おかしいな。この時間なら、もうとっくにいるはずなのに。
彼の住処である屋上へ登る。しかしそこにも彼は、いなかった。
「……先生?九条先生?」
テントの中を見ても、また下に降りて事務所を確認しても、どこにも、いない。
電話をかけて応答を願う。何分耳に携帯をあてても、返事はなかった。
焦っている自分を隠すように自分のデスクに座り、雑務をこなす。パソコンを開いて、今日のニュースを確認する。あの人は、事件に巻き込まれてもおかしくはない。
……いや、何もない。彼に関する情報は、何もない。
僕はこれからもずっと、九条先生の隣にいるものだと思っていた。なのに、なんで。いない。僕の隣には、空気しかない。あの重い何かを背負った彼は、いない。
「烏丸先生、遅__」
「九条先生!何してたんですか?大丈夫ですか!?事件に巻き込まれてたり……」
「落ち着いてください。とりあえず、時計を見てみてください」
言われた通り自分の腕時計を見る。すると九条先生は、事務所に置いてある時計を指差し、僕の顔を上げさせた。
「……え?」
なんだこれ。一時間ズレているじゃないか。今までの心配は、僕の遅刻ってことで終わるってこと?
「烏丸先生。寝不足ですかね」
「はあ……心配して損しました。すみません。遅刻して」
「あ、やっぱり心配してくれてたんですね?」
やっぱりこの人は、人をおちょくるのが好きだ。
僕のセットした髪の毛を優しく二回叩くと、彼はまた外出しようとしていた。その後について行く。
「九条先生……これからも、ずっと。僕の遅刻、許してくれませんか?」
照れくさくて本音が出ないのは、安心したという証拠か。
「ええ。……これからも、ずっとね」
九条先生は笑っている気がした。
沈む夕日
「今日は大変でしたね。九条先生」
「ええ。烏丸先生は大丈夫ですか?」
この人は、感情がないようである。僕はそれを知っている。悪徳弁護士だとか呼ばれているが、それは優しさということも、僕は知っている。
「……はい。僕は大丈夫ですよ」
「そうですか。……今日は天気がいいですね」
九条先生が指さしたのは、橙色に染まった夕日だった。ちょうど沈むくらいだろうか。
沈む夕日というのは、今日の行いを表しているように思えた。僕たちは、この夕日を見れる限りは、正しい道へ歩めている。
「ねえ。九条先生」
「はい」
「……今日、母親に会いに行くんですけど、何あげたらいいですかね」
「夕顔という花があるのはご存知ですか?」
夕顔。確かウリ科の花だったな。夕方に咲いて翌朝には萎んでしまう花だ。
「ええ。なんとなくは」
「私は……母親には花が似合うと思うんです。私の母親しかり、烏丸先生の母親しかり」
「でも、なんで夕顔?」
「儚いからです」
ほとんどの場合、僕が九条先生に質問をすると無視される。しかし、今日はそういうことでもないらしい。
儚い、ね。もしかしたら九条先生は、花の美しさよりも花言葉や意味を優先する人なのだろうか。もちろん、夕顔は美しい。今の沈む夕日にピッタリな花だ。
夕顔の花言葉……知らないな。
「じゃあ買っていこうかな……」
「しかし、咲くのは7月から9月、ですけどね」
何が面白いのか分からないが、僕の困惑している顔を見て笑っているのか。とりあえず笑っていた。人をおちょくるのが好きなのか。この人。
「九条先生に聞くのがダメでした」
「開花期間には必ずその花、買ってくださいね。……そうですね。今日は、日本一のたこ焼き……」
「それは嫌です」
九条先生が運転してくれる車が、トンネルに入る。ちょうど夕日が見えなくなり、ライトの光に包まれる。
長いトンネルを抜けると、もう夕日は見えなくなっていた。やはり、夕日というのは儚い。
「あ、着きましたよ。日本一のたこ焼き」
「九条先生……そんなに食べたいんですか?……奢りましょうか?」
「では、お言葉に甘えて」
疲れた足で、行きたくもない店に向かう。別にこの時間は嫌いではない。家族同然だと言ってくれた九条先生には、親孝行をしなければならない。
九条先生の分だけを買おうとすると、九条先生はしょげてしまった。仕方なく、僕は母親の分を買う。九条先生の話をする機会を作るには、ちょうどいいのかもしれない。
「ありがとうございます烏丸先生。持つべきものは部下ですね」
「そうですよ九条先生。……もう少し人手が欲しいです」
「それは……難しいですね」
その儚い横顔を見て分かった。この人は、僕を失うのが怖いのだろう。
いや、そんな訳ないか。
僕たちは車へ戻り、沈みきった夕日に向かって走り出す。
君の目を見つめると
君の目を見つめると、私のしてきたことが悪だと思えてくる。
君の瞳は特別だ。何かしらの闇を抱えておきながら、ずっと前を見ている。後ろを振り返ると亡霊にでも殺されるかのように、彼は目を逸らすことはなかった。
けれどそんな彼も、どうやら私のやり方に飲まれていっている。だが、その瞳だけは相変わらず、断固たる決意を持っていた。
「……」
コーヒーを嗜む時間というのは、無駄ではないと私は思う。それは、ルーティン化してしまったからでも、コーヒーを飲まないとやっていけないという訳でもない。
コーヒーはリセットしてくれる。飲むと、風味を味わいたくて今まで考えていたことを奥底にしまう。そして、その考えをそのままにしておくことができる。そう私は考えている。
「九条先生。流石に飲みすぎじゃないですか?」
「……」
君の瞳のせいだ。とも言えないまま、私はコーヒーを口に入れる。
「私は、弁護士というものは法律に依存しているの考えています」
「そりゃあ、そうですよね」
「それでは烏丸先生は、何に依存していますか?」
「……さあ。分かりませんよ。昔から無頓着なもので」
なるほど。彼は前を向いているのではなくて、前を向いて暇を潰しているのかもしれない。だが、そんな人間私は今までに見たことがない。
家庭では、常に今を見ることで精一杯な自分と、数歩先で私のことを見下すがために後ろを振り返る父と兄。そして亡き母。誰も前を見ている人なんていなかった。
「……どうしたんですか?九条先生」
「君の目を見つめると、私のしてきたことが悪だと思えてくる」
「は、は?」
「私は思想なんて持ち合わせてはいません。まして、法律に組み込むなんてもってのほか。ですが……」
「……それは僕が思想を持っているということですか?」
「いいえ。私は、君の目に惹かれているようですね」
「……え?」
そこに目はあるのに、そこから見つめていないような気がしてままならない。君の目というものは、私にとっては重要な意味を生す。
彼は私から目を逸らさない。彼もまた、私の目を見ている。
「でもその、悪だと思えてくるっていうのは……嘘、ですよね」
「…………烏丸先生。コーヒー、飲みますか?」
「……はい。まあ」