遠い日のぬくもり
こんなとき、父ならどうするだろう。
何年も前のことで、顔すら忘れてきている自分に苛立ちが抑えられない。
思い出したくても思い出すことができなくなって、涙が勝手にこぼれ落ちる。
私の大好きな父は、無惨に人生を終えた。私は、父のようになりたいという夢を切り裂かれ、今の道を歩んでいる。
この人生でよかったのか、この道に来て良かったのか、今でさえ自問自答が止まらない。
裁判を終え、法廷から帰ろうとするところで男に話しかけられた。
「御剣」
「ム、どうした?」
声の主は成歩堂だった。彼はいつものように明るい笑顔で私に話しかける。
「この後暇か?」
「まあ、予定は……ない」
成歩堂の横からぴょこっと真宵くんが現れた。私の言葉を聞いて嬉しそうにしていた。
「やったね、なるほどくん!ミツルギ検事さん、ボウネンカイ、しません?」
「真宵ちゃんがどうしても『忘年会』してみたいらしくて。どうだ?」
「ムぅ……別に、構わないが」
今日の夜だけは、独りで過ごすことが難しいと思っていたところだ。とは、2人には言えないな。
彼女は寒さを忘れさせてくれるほどに大きく喜び、私たちは成歩堂の事務所へと向かうことになった。
私もボウネンカイなるものはしたことはない。たしか、一年の苦労を忘れ、ネギラウものであったか。
事務所に到着し、成歩堂がどこからか缶ビールを取り出す。
「成歩堂、真宵くんは飲めないだろう」
「飲ませる気なんてないに決まってるだろ!これは、俺と御剣のだよ」
「ミツルギ検事何言ってるんですか〜!頭が硬いにもホドがありますよ!」
ビールという存在が久々すぎて、自分のものではないと勘違いしてしまった。
ビールを飲んだことがあるだろうか。検事になったから、忙しかったからか。飲んだことは無いかもしれない。
最後にソイツを見たのは、記憶の限りでは父が飲んでいた気がする。父は仕事終わりのビールは特別だとか言っていたっけ。
「もしかして御剣、飲んだことないのか?」
「多分……ないな」
「えっ!は、はあっ!?どんだけ忙しいんだよ!」
「いや、なるほどくん……私たちが暇すぎるのかも」
成歩堂は胸に手を当てて崩れ落ちた。成歩堂の事務所は、いつもこんな感じなのだろうか。私は、ずっと一人だからな。
素直に、憧れという感情が湧き上がってしまった。
二人を見ていると、遠い日のぬくもりを思い出す。父とはこんな会話をしてきた訳では無いが、こんな対等に話せたのは父だけだ。
父亡き後、先生やメイなど、同い年な人はいなかった。だから、どこか狭苦しかった。
父のように、気軽に話せる人が隣にいて欲しかった。
「御剣?」
「あ、ああ。すまない」
「カンパイしましょー!!」
私もこんなふうに好奇心旺盛な子供の方が、父も喜んでくれただろうか。
……考えても、もうムダか。私は、大人になってしまったのだから。
事務所には、彼女たちの楽しそうな声が響き渡る。
「御剣も、だろ?」
どうやら私の考え事は、伝わってしまったらしい。
「……今日は、楽しむとしよう」
二人は私を見た後、二人でハイタッチをしていた。
微笑ましいとは、まさにこの事だろう。
私たちは、存分にボウネンカイというものを満喫した。
12/25/2025, 8:26:34 AM