秋風
秋風というものはどうやら、始まりを告げる意味もあれば、終わりを匂わせる意味もあるらしい。
だとしたら、今吹いている風は、俺に対してなんと言っているのだろうか。
秋風というものは物理的には、ただの立秋が過ぎたことを告げる蕭条とした風だ。しかし、それは比喩的なものになると、愛情が冷める、関係が終わってしまうという意味もある。
そんなことを思い出すと、秋風が髪を靡かせる度に、心がざわつく。
書物を書き記していると、そんな風が吹くのを感じた。こんなに風当たりのいい場所にいるのが悪いだろうが、何故か居心地がいいと思ってしまう。
夏が過ぎたあとの風というものは、より一層涼しく感じられる。
「斎藤、こんな夜までそんなもん書いてんのかよ。あ、もしかしてやってなかったのか?」
やっぱお前もそういう性格だよな、と背中を叩きながら微笑んでくる。
そうだ。基準以上の成績があったところで、優等生という訳では無い。ただその学習に得意だったか、数字で現れてしまう時だけ頑張っているかのどちらかだ。
「……左之助は、何故起きているんだ」
「そうだなぁ……寝たくなかったんだよ。秋を感じたかったんだ」
「邪魔はするなよ」
こんな狭苦しい部屋で、二人というだけで空気が狭くなる気がする。
左之助は寝そべって、秋風を感じているのか、爽やかな顔をしている。
ふと、思い出す。秋風は、関係が終わってしまうという比喩もあると。比喩だと分かっているのに、左之助は俺にそんなことを言いに来たのだと勘違いしてしまう。
仲間のうちは、きっと関係は切れることは無い。仲間ではなくなったのなら、俺はそこで関係を割いてもいいと、そう思っている。
……はずなのに。
「…………左之助」
「んあ?なんだよ」
「秋風は、まだ立たないよな」
二人の間には、秋風が穏やかに吹いている。
振り返らず、ただひたすらに書き記している手は、今は止まってしまった。しかし、振り向いて左之助の姿を見ることは出来なかった。
暫くもしないで、返事が返ってくる。
「そうだなあ、俺達の間にゃあ、まだ立たねえよ」
その言葉を聞いて、俺は振り向く。
「……そう、か」
猫だましをするように、俺の目の前で左之助は、思いっきり手を叩く。
「ほら、早く書け。こんな時間まで起きてるから余計なこと考えんだ」
「うるさい。分かってる」
どうも本音が言えなくて、俺はまた手を動かし始めた。
予感
いつもと違うことをすると、きっと何かが起こる。
そんな予感がする。
一段と寒くなってしまった今日は、何もする気が起きなかった。
あんなに満開だった桜の木を見て、今の季節を実感する。あの華やかな春は、一体どこへと行ったのだろう。
そんなやる気がない今日に限って、周りに人が集まってくる。……いや、俺が誘いに乗ったのが悪いのか。
「総司から誘ってくるなんて、珍しい」
「なんだか今日は、自由になりたくて。いつも二人は自由でしょ?」
左之助の言う通り、沖田から盃を交わそうとしてくるのは珍しい。たしか、酒を呑むのは御法度だった気がする。
沖田から見る俺と左之助は、どうやら自由らしい。あまりそんなに自由だと思ったことはないが、この環境では何をしてもいいと、気が許せるということにしとこう。
俺達とは違い、純粋な目を持っている沖田は、盃に酒を入れてくれる。
三人という人数にも関わらず、周りには静寂が漂っていた。ただ布が擦れる音が、五月蝿い程に耳に入ってきた。
「なあ、総司」
静寂を破るように、左之助が沖田に質問を投げかける。
「どうしたの?」
「どうして、自由になりたかったんだ?」
いつもの様に胡座をかき、手に全ての力を預けるようにもたれかかっている左之助は、盃の中に入っている酒を見ながら、そう言った。
何故か沖田は、俺の目を見ていた。
「左之助と斎藤さんが、どこかへ行ってしまいそうな予感がして……」
悪気は無いのは痛い程分かるが、俺達は意味がわからなくて目を丸くしていた。左之助と目が合った時、アイツは本気で信じていたようで、動揺していた。
「そんなに深い意味は無いんだ。……ただ、今日はそんな気分にさせるってだけで」
そんなことを言っている沖田が、一番儚かった。手を伸ばしたらそこにはもう、コイツは居なくなっていてしまいそうだった。
酒を一杯呑んで、一度落ち着こうとした。酒というものは凄まじく、心が安定することが出来た。
「……沖田は、未来を見てしまったんだろう」
予感という言葉は、未来を感じ取る、そんな意味だ。
「そう、なのかな」
確証が持てない沖田に、左之助が話しかける。
「今俺たちが居なくなるわけねえだろ」
「そうだね。二人は、そんな野蛮じゃない」
その予感が、実現されるまで俺達が離れることはない。
俺達はまた、酒を一杯口に入れる。
friends
「おー斎藤、洋書か?それ」
「……そうだが」
面倒臭くて屯所の掃除をサボり、何となく探索していたところに洋書を読んでいる斎藤が居た。
コイツも何かしらサボって洋書を読んでいるのだと思ったが、声に出すのはやめておいた。
「なあ、友達って、なんだ?」
そう純粋に訊いてくる斎藤の目は、生憎曇っていたが、何処か寂しそうだった。
友達という意味を本気で考えたことはない。友達は、俺にとって勝手にできるもので、『友達になろう』なんて言葉は使ったことがない。
「さあ?俺にも分からん」
俺の分からないと、斎藤の分からないは違うと感じた。
きっと斎藤は、本当に友達という言葉の意味がわからないのだろう。俺の分からないというのは、友達になる定義が分からないと言っているだけだ。
コイツの昔は、一体どうなっているのだろうと考えたことはある。しかし、それは考えてはいけないと、自制心がそう言っている。
「ここに、……『friends』って書かれてて」
「ふれ、ふれんず?なんだそれ」
「友達って意味だ」
その洋書には、隣に絵のようなものが描かれていた。斎藤はどのような本を読んでいるのか気になったが、英語で書かれている為何も分からなかった。
その絵は、人が一人に沢山集まっているようなものだった。果たしてこれは友達と言えるのか、俺は理解し難かった。
「左之助も、友達の意味が分からないのなら、もういい」
「いや、俺は意味はわかるぞ?」
教えて欲しそうに、俺を見つめる。もしかしたらコイツは、寂しいのかもしれない。それは、俺もだろうか。
友達という言葉を聞くと、この環境には友達と呼べる相手がいるのかと怖くなってしまう。
俺は友達だと思っている相手が、ただの仲間だとしか思ってくれない。そう考えた時に、俺は腰が引けて、何も考えられなくなる。
「友達っていうのはだな、……一緒にいて心を許せる相手、だ。隣にいて安心するとか、楽しいとか」
「そうか」
しばらくの間、寡黙な時間が流れた。
俺は斎藤に、妙な期待を抱いて口を開いてくれるのを待った。
斎藤の隣に座っている俺は、どうも息が浅くなってしまっていた。
「……なら、俺とお前は友達、か?」
いつものような口調で、照れくさい言葉を投げかけてくるコイツに、嬉しさを覚える。
「そうだといいんだがなぁ……」
「左之助は、俺と友達と思っていないのか?」
「…………いや、思ってるよ」
横目で見ると、優しく微笑んでいる斎藤がそこにいた。
君が紡ぐ歌
「〜♫」
「最近歌ってるよな。なんの曲だ?」
「ん〜、俺が作ろうとしてる曲!」
「新しい趣味か?絵ばっか描いてるだろ、充瑠は」
そう言うと、充瑠は顔をムスッとさせていつも腕に抱いているスケッチブックを取り出した。
「宝路!コレ、見て」
そこには独特な感性で描かれた、仲間たちの絵があった。
「なんだこれ」
意識していなかったせいか、充瑠にとっては傷つくかもしれない言葉が口から零れ落ちてしまった。
咄嗟に充瑠を見ると、何処か悲しそうな顔で絵を見つめていた。
「すまない……つい、口に出てしまって」
充瑠はいつもの燃え上がるような瞳で俺を見つめる。これは、気にしていないということだろうか。
「まあ、そんな宝路みたいな人達の為に、絵より伝えやすい歌で伝えようと思って!」
「……なるほど!それはワンダーなアイデアだな!」
「でも曲とか作ったことないから分かんなくて……」
頭を抱えて悩んでいる充瑠を見て、俺も何か出来ることがないかと考える。こんなに悩んでいる充瑠を見るのが新鮮で、どうも魅入ってしまった。
ヒラメキをする能力がある充瑠が、あんなに悩んでいる。……いや、そうじゃないのか。
「充瑠、お前は自分の思うままに書けばいいのさ。いつものように、な?」
助言をした途端、充瑠の曇っていた表情が一気に明るくなった。
「ありがとう宝路!できたら一番最初に教えてあげるね!」
充瑠が無邪気な笑顔で俺を見つめる。
すると、小指を差し出してきた。これは、指切りというやつだろうか。約束事をする時にする、儀式のようなもの。
充瑠を見つめ返して、指切りをする。忘れないように。
「おう、ワンダーサンキュー」
____
「〜♫」
「お兄様、それはなんの曲ですか?」
「マブシーナもこの曲の良さに気づいたか!」
「いや、その…知らない曲だと思って。も、もちろん!とても素敵な曲だと思います!」
地球では見ることの出来ない、輝きが目を癒してくれるような景色を見ながら、俺は肘をついていた。
もう、簡単には充瑠たちに会えないと思うと、どこか後悔というものがでてくる。
「……この曲には、終わりがないんだ」
「それは、どういう事ですか?」
充瑠は、俺がクリスタリアに戻るまでに曲を完成しきれなかったらしい。
クリスタリアに戻る直前、申し訳ないと謝りながら途中までの歌を教えてくれたのだ。だから、この曲は俺にとって、終わりがない。
「アイツが、充瑠がきっと、この曲をゆっくりと紡いでくれるさ」
「充瑠さんがこの曲を作ったのですね!なるほど、だからキラキラしているのですか……」
「キラキラ?」
周りの人達は、完成が豊かな人が多いらしい。それは、想像力があって、心が綺麗な人が多いからだろう。
「ええ、そうです。まるで、戦っていたあの頃を思い出すような、そんな感じがします」
平和になったこの世界と、地球は、今では考えられないような戦いをしてしたのか。
戦っていた本人であるのに、この平和に依存してしまって忘れていたらしい。
「……確かに。あの頃があったから、俺は今、幸せなんだな」
振り向いてマブシーナを見つめて、優しく微笑む。この眩しい世界には、戦ってきた仲間が地球よりも少ないという悲しさは、正直ある。
だからといって悲しい毎日を送っている訳では無い。俺はクリスタリアが大好きだからだ。
充瑠は今、その歴史を忘れさせないような歌を紡いでいる。
一番最初に教えてくれるという言葉を、俺はまだ忘れていない。
君が教えてくれるまで、俺はゆっくりと待とう。
光と霧の狭間で
提灯の光だけが、今、歩ける道標となっている。
霧が濃くて、足がおぼつかない。前が見えない恐怖というものは、どうも俺の精神を削る。
どうして今、こんな事になっているのか、あまり記憶が無い。
確かに覚えていることは、足を滑らせてしまったことだけだ。隊士達と共にいたから、探してくれているといいのだが。
あれから数分、歩いていたところで遂に足が働かなくなってしまった。その場に座り込んで、息を整える。
「……はぁ」
無意識に、ため息が出てしまう。任務で怪我を負ったわけではないのに、こんなにボロボロになってしまった。
人に心配されたくはない。心配されることは、無駄だからだ。
霧が段々と濃くなっていき、挙げ句の果てには目の前にある提灯でさえも、靄にかかっているようだ。
早く誰か来て欲しい。でないと、体力の限界が訪れてしまう。
光を細い目で見つめる。水の中で見る景色のようで、何処か苦しかった。
すると突然、光と霧の狭間で、闇が見えた。いや、あれは闇なのだろうか。闇にしては、どうも内部が輝き過ぎている。
「…………!」
何か叫んでいるのだけは分かった。だが、俺の体力は、尽きてしまったようだ。
____
「おい、斎藤」
「……っ、痛い…」
「あーあー、無理すんな。寝てろ」
目を開くとそこはいつもの屯所だった。
起き上がろうとするも、痛みに襲われて左之助に叱られた。
あの時の闇の正体はきっとコイツだろう。光と霧を差し置いて見えるのは、コイツくらいしかいない。
「すまない。いや、すまなかった」
左之助は御法度である団子を頬張っている。
「話しかけてるのに無視されるなと思って振り向いたら、お前が居なくてよ。めちゃめちゃ焦ったわ。見つけたら気絶してるわ血流してるわで大変だったんだぞ」
そう左之助に言われ、自分の腕を見てみる。するとそこに見えた景色は白い包帯が巻かれており、荒んだった。
「……お前は、光にも霧にも負けてなくて、いいな」
「お、おう?ありがとう?」
褒めてはいない。いや、褒めているか。
「危険との狭間で助けてくれるのはお前だけだ……」
「……そうか」
珍しく褒めると、左之助は視線を逸らしてしまった。