砂時計の音
きっと、その音は心地よいもので。
気づいた頃には寝てしまっている。
けれど、その音は自分以外にも聴こえるものらしくて、今隣で余計な音を出されている。
「…………」
苦い顔をして隣のヤツを見ても、ソイツは右手の人差し指で砂時計の砂が落ちるのを感じて、リズムのようなものを取っている。
「うるさい」
「え、あ、俺か?」
「……お前だ」
左之助はどうやら無意識に行っていたからか、俺を見ながら目を丸くしていた。
砂時計の音にしろ何にしろ、人それぞれに楽しみ方というか、捉え方は存在すると思う。
何故今砂時計がひっくり返されているのか、誰がひっくり返したかなんて分からない。
「すまねぇな。……こんな音だけじゃ、俺には響かなくてよ」
だが、この夜更けの時間に砂時計の音があったとしたら、その場所に集まってしまう。
それは恐らく、無音だと寂しいからだろう。
つまりは俺も左之助も、こんな時間にまで起きて寂しさを誤魔化したいのだ。
「砂時計は、満足するためにある訳じゃないだろう」
「お前に言われても説得力ねえなあ……」
静かに砂時計を見つめる。
もうすぐで静かで心地の良い音が聴こえなくなってしまう。
そうしたら、何か壮大なことが起きそう、とありもしない妄想をしてしまう節がある。
それは、きっと寂しいからではなくて、砂時計がそういうものだからだろう。
「ねえ、二人とも」
砂時計の音が切れる瞬間、何者かに話し掛けられた。
俺と左之助は目を合わせたあと、話し掛けた主の方向を見る。そこには、沖田が居た。
「おー、総司、どうした?」
寂しさを隠すような口調で、左之助が沖田に話しかける。当の俺は、口を開くことが出来なかった。
「……二人は、一緒にいるのに何故寂しそうな顔をしているの?」
不意に、左之助と目が合う。どうもアイツの目には哀愁が漂っていて、美しい瞳をしていた。
なんだか照れくさいというのか、それとも寂しいということを認めたくないのか、勝手に口が開いていた。
「砂時計の音が、最後の最後で聴こえなくなったからだ。……沖田に話しかけられたから」
「あ、いや、総司?違う、違うからな!」
「いや、申し訳なかった。斎藤さんはその音を聴きたかったのだな」
純粋だから、信じてしまうのだろう。
砂時計の音に、そんな重要な意味なんてないのに。
消えた星図
空を見上げたところで、地面を這いつくばったところで、もうあの星は戻ってこない。
無意識にアイツの家に行ってしまって、ソファに寝そべる。そこで初めて、誰もいないことに気づいた。
静寂でしかないこの家の風景が、どうも慣れなくて仕方ない。
星図に一つ星が消えたところで、ニュースにもなりはしないように、アイツがもうこの地球に戻ってこないところで、世界は何も変わらない。
「……俺、何してんだろ」
涙が流れるわけでも、喪失感に浸っている訳でもないのに、この家に来たり、アイツのことを考えたりしてしまうのは何故だろうか。
アイツが最後に言った言葉が、どうしても胸に引っかかるからだろうか。
『お前より、俺の方が強い』
この言葉は、アイツ也の気遣いだ。それはアイツと関わってきた上で、痛い程理解出来る。
「あ、絆斗、また来てた」
「ショウマ……」
こんな姿は、ショウマだろうが誰だろうが、見られたくはない。だからといって、こんな所で独り考え事をしていても何にもならないことは確かだ。
「俺にとってラキアは……なんだったんだろうな」
自問自答のような自分の発言に、疑問が浮かび上がる。
「うーん、……絆斗にとってラキアは、分かち合える仲間だったんじゃない?」
「俺が?」
「うん。だって二人なんか似てたじゃん」
似ていた?
俺と、ラキアが。
前にラキアが言っていた気がする。ショウマが言っていたように、似ていると。
「二人とも、見えない星を探し続けてるみたいだったよ」
「……じゃあ俺は、星を二つ見失っちまったようだ」
ソファに身体を任せるように座り込んで、ショウマを見つめた。ショウマは、こんなどうしようもない俺を、明るい笑顔で見つめていてくれた。
交流を深めた人物が居なくなってしまった時の悲しみは、もう何度も経験している。しかし、だからといって慣れている訳ではない。
もう、慣れる時なんて来ないのだろう。
「ショウマは、居なくなったりしないよな」
「大丈夫。オレは太陽だから!」
「は、はははっ……お前それ、自分で言うか?」
星は一つ消えても気づきにくいが、太陽は一つでも消えれば気づくだろう。
愛-恋=?
どうやら恋愛感情を抱くための感情は、生きてきた環境に左右されるようで。俺はその狂ってしまった、異常な感情を抱くものなのだろう。
恋と愛というものはどうも、同じ式に当てはまらないと思ってしまう。それは俺が、恋をするのと同時に承認欲求を求めてしまうからだろうか。
恋に落ちてしまった相手は、勿論顔が好きであったり、性格に惹かれたのは確かだ。しかし、それと同時にどうしても『認めて欲しい』、『隣にいて欲しい』と思ってしまう。
寂しいだけなのかもしれない。
けれど、それが俺の正しい恋だ。
「おい、斎藤。話聞いてたか?」
「……すまん」
「はぁ……全く」
肩を大袈裟に動かす左之助は、口から大きな溜息を吐いた。
恋愛について考えていても、この環境にいる限りは恋愛、いや、恋愛感情を抱くことすら出来ないだろう。人を斬るだけ、男しかいないこの環境で、恋愛などしている暇はない。
俺のどう頑張っても輝けない瞳とは違って、左之助の瞳には常に輝きが存在していた。
俺がコイツだったなら、コイツの環境で幼少期を過ごしていたなら、もう少し平和に、まるで人生を設計されたように、生きられただろうか。
「……左之助」
「ん?なんだよ」
「お前は、……恋をした事があるか?」
「は、はあ?なんだよ、急に」
「……愛から恋を引いた時に、出てくるのはなんだと思う?」
「あははっ、斎藤はしょうもないことを考えるんだな」
そう言う左之助だったが、黙り込んで自分の世界に入ってしまったようだ。
恋などしたことはない。恋をしてしまうと相手を傷つけそうだから。愛を抱いたことはない。同じ量の愛を返してくれる人が身近にいなかったから。
だったら、俺は一体左之助に何を訊いたのだろう?
ゼロにゼロを引いたところで、数字は変わらないはずだろう。
心の奥底では、きっと左之助に何かしらの希望を抱いてしまっている。
俺の考えに共感して欲しいのか、否定して欲しいかなんて、自分自身でも分からなかった。
「……俺は、引いたら友情が残ると思う」
「…………何故?」
「だって、もし、もし俺が斎藤を好きになって告白したとして付き合えて。その後に別れたとする。……お前なら友達にまた、戻れるかなって」
左之助は後ろを向いてしまった。
きっと左之助は恋をしたことがある。それは、俺がありもしない幻想の誰かと想像しているのと違って、俺という存在で考えているからだ。
「お前は、斎藤はどう思うんだよ」
「俺か?……俺は」
愛から恋を引くということは、つまりは純粋な愛だけが残るということだ。俺は、その純粋な愛を受け取ったことがない。
だが、さっき左之助が考えたように考えれば、何かが浮かんでくるかもしれない。
「………哀しみ、不快感」
横目で左之助を見ると、一度は目を見開いたようだったが、すぐに微笑んでくれた。いつものようなあの勢いは、何処へ行ったのだろうか。
「まあ、斎藤らしいな」
「俺らしい……か」
きっと俺が求めている式には、答えなど、存在しないのだろう。
だったら、俺は受け入れてくれる相手が目の前にいるだけで満足だ。
恋など、する時が来るのだろうか。
愛を、応えてくれる人が、現れるだろうか。
蒼穹は、どうやら俺を優しく包んでくれるらしい。
梨
「ラキア、フルーツって知ってるか?」
「……なんだそれ」
そう言うと、絆斗は大きく口を開いて笑った。
どうやらフルーツというものは、甘くてみずみずしいらしい。ショウマが食べているお菓子とは違い、加工されていないのだとか。
「それでよ、梨を沢山貰ったんだが、食べるか?」
「ショウマたちと食べればいいのに」
「いや?俺はお前と食べたいんだ」
俺は首を傾げた。絆斗は、俺に対して好印象を抱いていないはずだ。なのに、俺と一緒に食べたいだの、まるで友達みたいじゃないか。
「……なんで、俺なんかと」
そう言うと、絆斗は照れ隠しをしながら笑った。
「いや〜……俺、ショウマと幸果に怒られてよ。『ラキアとも仲良くしろ』ってさ」
「……そうか」
絆斗は大きな鞄から梨というものを取り出した。お菓子とは違い、俗に言う食べ物だった。
「このまま食べるのか?」
「違う違う。こうやってだな、……あれ?」
右手に包丁を持った絆斗は、梨に少しだけ切れ込みを入れてなにかしたいようだった。
「どうしたんだ?」
「……か、皮が、上手く剥けねえ……」
様々な角度で切れ込みを入れる絆斗を見て、コイツは不器用だということに気づいた。
「……行くか。はぴぱれ」
諦めたような顔で、俺を見つめてくる。絆斗は不器用ながらに俺と仲良くなりたかったのかもしれない。
「はははっ、……行こう。絆斗じゃそれは無理だ」
「おい!失礼だな!」
俺たちははぴぱれへと向かった。