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10/25/2025, 10:33:40 AM

揺れる羽根




雨は嫌いではない。むしろ好きな方である。

だが、外に出るのが億劫になるのが唯一の難点だろうか。

桜が咲いていたはずの木が成っている庭を眺めている。雨のせいか、外は鉛色の空だった。

座る体勢を直そうとすると、内揚げのところからカチャッという音が聞こえてくる。

刀が鞘の中で動く音は、好きではない。こんなに平和な時間に、争いのことを思い出すからだ。

「今日は寒いっつーのに、よくそんなところに居られんなあ……」

こんなに寒いというのに、袖なしで過ごしているような奴に、そんなことを言われても響かない。

だが、確かに今日は一段と寒かった。

「お前も、寒くないのか」

「いや、クソ寒い。だからお前を探していたんだ」

こんなに淀んだ天気が、カラッとなくなるほどに明るい笑顔を放つ左之助は、俺の手を握って何処かへと走っていく。

倉庫に辿り着くと、そこには羽毛が沢山あった。

「左之助、それ、どうしたんだ」

「気になるよなー、俺も分かんねえ。暖まろうって思って布探そうとしたら、こんなんがあったんだ」

そう言うと、左之助は羽毛が入った大きな入れ物に、手を勢いよく入れた。

あったけぇ!大声で笑いながらはしゃいでいる左之助を見て、何故アイツが袖なしで過ごせているか分かった気がする。

「齋藤!お前も入れてみろよ!」

「……いや、俺は」

「はあ、……まあ、そう言うと思ったけどよ」

満足したのか、左之助は手を抜いてこちらを見つめてくる。その表情は、何処か申し訳なさそうだった。

「なんか悪ぃな。俺だけ暖まって」

いや、全くそんなことはない。

「俺も、暖まれた」

「ああ、?本当か?」

コイツが袖なしでも活気が溢れているのは、きっと見えることのない羽根が生えているからだろう。

その羽根が左之助をずっと、ずっと守っている。

「……ああ、本当だ」

どうやら俺の口角は、上がっていたらしい。

それを見て驚いたのか、左之助は穏やかな表情で微笑んでいた。

それに対応するように、左之助から生えた大きな羽根は、ゆっくりと揺れていた。

10/24/2025, 11:41:43 AM

秘密の箱




最近は物騒なことが起こらなくて、本当に争いが起こっているのかと不安になる。

そんなことを思いながら、屯所の掃除を行っていた。

ふと、見たことのない箱が淋しげに置かれていた。

新しい薬箱なのかと思い、手に取って片付けようとした。すると、見ていたのか、大きな声で箱を取り返しに来た左之助がいた。

「あ!おい!触んじゃねぇ!」

抵抗する理由もなかったので、左之助に素直に返した。

左之助は、その箱が硝子なのかと思えるほどに、丁重に扱っていた。そんなにも大切にするものだから、中身に何が入っているか気になった。

しかし、左之助はその箱にしか意識が向いておらず、こちらの話を聞いてくれる雰囲気ではなかった。

まあ、気になったら訊く他ないが。

「左之助、その箱は何が入っているんだ」

「ああ?この箱が気になんのか?」

「嗚呼。お前がそんなに物を大切に扱うことないだろう」

皮肉れた言葉をかけても、反応してこないほど箱に意識を向けている左之助は、箱を見つめて少し考えていた。

いつものような活力が漲っているあの大きい背中とは違い、今は小さい子供のようだった。背中を小さく丸めて、自信のなさが表れていた。

「……これは、秘密の箱だから」

「秘密?」

「俺の、大切なものが入った、大切な箱」

そう言うと、安堵するように微笑んだ。

「中身は、教えてくれないのか?」

すると左之助は、ゆっくりと俺の方向を向いて、目を瞠いた。

先程のような弱々しい姿はなくなり、いつもの姿に戻っていた左之助は、思いっきり俺を指さした。

「齋藤、普通訊くもんじゃねえだろ。こういうのは」

「……すまない」

左之助は大口を開けて笑ったあと、何処か寂寥感の感じられる表情をして、遠くを見た。

「まあ、いつか見せてやるよ」

「そうか」

「俺が死んだ時は、お前がこの箱を持ってろ」

突如そんなことを言うものだから、俺は唖然としてしまった。

「俺が、……お前より長生きする保証はないだろ」

「だから、長生きしろよって話だ」

俺の肩を強く叩くと、アイツは部屋を出ていった。

10/23/2025, 11:34:34 AM

無人島に行くならば



きっと、想像力が豊かなのだと、そう思う。

それを話したところで、現実的にはありえないことだ。

無人な島に辿り着くには、どのくらい波に流されればいいのだろう。

いや、行くならば、と言っているのなら、わざと流れにいっているのか。そうしないと、持っていきたいものを持っていけないから。

「馬鹿らしい」

「はあ?お前、今なんつった?」

現実的に考えてしまう俺は、想像力が豊かな人と分かり合えない。

だからといって、今発した言葉は自分でも違う気はした。

「いいだろ、夢があって。齋藤は憧れねえのか?」

不意に質問が回ってきて、思考を巡らせる。無人島に憧れを持つということは、どういうことだろうか。

「……それは、脱走したいということか?」

「馬鹿!……そんなわけねえだろ」

そう言う割には、急いで近づいていて小声で話してくる。

無人島。それは夢のような世界かもしれないし、現実よりも辛いものかもしれない。しかし、不確かなものというのは、希望だけを信じる。

「まあ、希望を持つことはいいことだ」

その言葉を放つと、左之助は間抜けな顔をして固まっていた。

もしかして、そんなに深く考えていなかったのか。

「あ、ああ……それで、齋藤は何持っていきたいんだ?」

こういう場合、基本的には持っていける物はひとつだ。だが、俺の考えだと流れにいっているのなら、便利なものを何個を持っていくのがいい。

そんなことを話して何個も案を出したら、それこそ左之助に馬鹿にされてしまう。

ここは常識というものに従って、ひとつだけ案をあげよう。仕方なく。

「俺は、刀さえ持っていればいい」

「へー、俺とかじゃねえんだ」

「馬鹿言え」

そういえば訓練中だったことを思い出し、木刀を力強く握り半丸頭で鳩尾を狙う。

「いたっ!……齋藤!」

無人島なんて夢のまた夢。

来世に期待して、俺達は今を生きる。

10/22/2025, 1:08:10 PM

秋風



秋風というものはどうやら、始まりを告げる意味もあれば、終わりを匂わせる意味もあるらしい。

だとしたら、今吹いている風は、俺に対してなんと言っているのだろうか。

秋風というものは物理的には、ただの立秋が過ぎたことを告げる蕭条とした風だ。しかし、それは比喩的なものになると、愛情が冷める、関係が終わってしまうという意味もある。

そんなことを思い出すと、秋風が髪を靡かせる度に、心がざわつく。

書物を書き記していると、そんな風が吹くのを感じた。こんなに風当たりのいい場所にいるのが悪いだろうが、何故か居心地がいいと思ってしまう。

夏が過ぎたあとの風というものは、より一層涼しく感じられる。

「斎藤、こんな夜までそんなもん書いてんのかよ。あ、もしかしてやってなかったのか?」

やっぱお前もそういう性格だよな、と背中を叩きながら微笑んでくる。

そうだ。基準以上の成績があったところで、優等生という訳では無い。ただその学習に得意だったか、数字で現れてしまう時だけ頑張っているかのどちらかだ。

「……左之助は、何故起きているんだ」

「そうだなぁ……寝たくなかったんだよ。秋を感じたかったんだ」

「邪魔はするなよ」

こんな狭苦しい部屋で、二人というだけで空気が狭くなる気がする。

左之助は寝そべって、秋風を感じているのか、爽やかな顔をしている。

ふと、思い出す。秋風は、関係が終わってしまうという比喩もあると。比喩だと分かっているのに、左之助は俺にそんなことを言いに来たのだと勘違いしてしまう。

仲間のうちは、きっと関係は切れることは無い。仲間ではなくなったのなら、俺はそこで関係を割いてもいいと、そう思っている。

……はずなのに。

「…………左之助」

「んあ?なんだよ」

「秋風は、まだ立たないよな」

二人の間には、秋風が穏やかに吹いている。

振り返らず、ただひたすらに書き記している手は、今は止まってしまった。しかし、振り向いて左之助の姿を見ることは出来なかった。

暫くもしないで、返事が返ってくる。

「そうだなあ、俺達の間にゃあ、まだ立たねえよ」

その言葉を聞いて、俺は振り向く。

「……そう、か」

猫だましをするように、俺の目の前で左之助は、思いっきり手を叩く。

「ほら、早く書け。こんな時間まで起きてるから余計なこと考えんだ」

「うるさい。分かってる」

どうも本音が言えなくて、俺はまた手を動かし始めた。

10/21/2025, 11:41:28 AM

予感



いつもと違うことをすると、きっと何かが起こる。

そんな予感がする。


一段と寒くなってしまった今日は、何もする気が起きなかった。

あんなに満開だった桜の木を見て、今の季節を実感する。あの華やかな春は、一体どこへと行ったのだろう。

そんなやる気がない今日に限って、周りに人が集まってくる。……いや、俺が誘いに乗ったのが悪いのか。

「総司から誘ってくるなんて、珍しい」

「なんだか今日は、自由になりたくて。いつも二人は自由でしょ?」

左之助の言う通り、沖田から盃を交わそうとしてくるのは珍しい。たしか、酒を呑むのは御法度だった気がする。

沖田から見る俺と左之助は、どうやら自由らしい。あまりそんなに自由だと思ったことはないが、この環境では何をしてもいいと、気が許せるということにしとこう。

俺達とは違い、純粋な目を持っている沖田は、盃に酒を入れてくれる。

三人という人数にも関わらず、周りには静寂が漂っていた。ただ布が擦れる音が、五月蝿い程に耳に入ってきた。

「なあ、総司」

静寂を破るように、左之助が沖田に質問を投げかける。

「どうしたの?」

「どうして、自由になりたかったんだ?」

いつもの様に胡座をかき、手に全ての力を預けるようにもたれかかっている左之助は、盃の中に入っている酒を見ながら、そう言った。

何故か沖田は、俺の目を見ていた。

「左之助と斎藤さんが、どこかへ行ってしまいそうな予感がして……」

悪気は無いのは痛い程分かるが、俺達は意味がわからなくて目を丸くしていた。左之助と目が合った時、アイツは本気で信じていたようで、動揺していた。

「そんなに深い意味は無いんだ。……ただ、今日はそんな気分にさせるってだけで」

そんなことを言っている沖田が、一番儚かった。手を伸ばしたらそこにはもう、コイツは居なくなっていてしまいそうだった。

酒を一杯呑んで、一度落ち着こうとした。酒というものは凄まじく、心が安定することが出来た。

「……沖田は、未来を見てしまったんだろう」

予感という言葉は、未来を感じ取る、そんな意味だ。

「そう、なのかな」

確証が持てない沖田に、左之助が話しかける。

「今俺たちが居なくなるわけねえだろ」

「そうだね。二人は、そんな野蛮じゃない」

その予感が、実現されるまで俺達が離れることはない。

俺達はまた、酒を一杯口に入れる。

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