friends
「おー斎藤、洋書か?それ」
「……そうだが」
面倒臭くて屯所の掃除をサボり、何となく探索していたところに洋書を読んでいる斎藤が居た。
コイツも何かしらサボって洋書を読んでいるのだと思ったが、声に出すのはやめておいた。
「なあ、友達って、なんだ?」
そう純粋に訊いてくる斎藤の目は、生憎曇っていたが、何処か寂しそうだった。
友達という意味を本気で考えたことはない。友達は、俺にとって勝手にできるもので、『友達になろう』なんて言葉は使ったことがない。
「さあ?俺にも分からん」
俺の分からないと、斎藤の分からないは違うと感じた。
きっと斎藤は、本当に友達という言葉の意味がわからないのだろう。俺の分からないというのは、友達になる定義が分からないと言っているだけだ。
コイツの昔は、一体どうなっているのだろうと考えたことはある。しかし、それは考えてはいけないと、自制心がそう言っている。
「ここに、……『friends』って書かれてて」
「ふれ、ふれんず?なんだそれ」
「友達って意味だ」
その洋書には、隣に絵のようなものが描かれていた。斎藤はどのような本を読んでいるのか気になったが、英語で書かれている為何も分からなかった。
その絵は、人が一人に沢山集まっているようなものだった。果たしてこれは友達と言えるのか、俺は理解し難かった。
「左之助も、友達の意味が分からないのなら、もういい」
「いや、俺は意味はわかるぞ?」
教えて欲しそうに、俺を見つめる。もしかしたらコイツは、寂しいのかもしれない。それは、俺もだろうか。
友達という言葉を聞くと、この環境には友達と呼べる相手がいるのかと怖くなってしまう。
俺は友達だと思っている相手が、ただの仲間だとしか思ってくれない。そう考えた時に、俺は腰が引けて、何も考えられなくなる。
「友達っていうのはだな、……一緒にいて心を許せる相手、だ。隣にいて安心するとか、楽しいとか」
「そうか」
しばらくの間、寡黙な時間が流れた。
俺は斎藤に、妙な期待を抱いて口を開いてくれるのを待った。
斎藤の隣に座っている俺は、どうも息が浅くなってしまっていた。
「……なら、俺とお前は友達、か?」
いつものような口調で、照れくさい言葉を投げかけてくるコイツに、嬉しさを覚える。
「そうだといいんだがなぁ……」
「左之助は、俺と友達と思っていないのか?」
「…………いや、思ってるよ」
横目で見ると、優しく微笑んでいる斎藤がそこにいた。
君が紡ぐ歌
「〜♫」
「最近歌ってるよな。なんの曲だ?」
「ん〜、俺が作ろうとしてる曲!」
「新しい趣味か?絵ばっか描いてるだろ、充瑠は」
そう言うと、充瑠は顔をムスッとさせていつも腕に抱いているスケッチブックを取り出した。
「宝路!コレ、見て」
そこには独特な感性で描かれた、仲間たちの絵があった。
「なんだこれ」
意識していなかったせいか、充瑠にとっては傷つくかもしれない言葉が口から零れ落ちてしまった。
咄嗟に充瑠を見ると、何処か悲しそうな顔で絵を見つめていた。
「すまない……つい、口に出てしまって」
充瑠はいつもの燃え上がるような瞳で俺を見つめる。これは、気にしていないということだろうか。
「まあ、そんな宝路みたいな人達の為に、絵より伝えやすい歌で伝えようと思って!」
「……なるほど!それはワンダーなアイデアだな!」
「でも曲とか作ったことないから分かんなくて……」
頭を抱えて悩んでいる充瑠を見て、俺も何か出来ることがないかと考える。こんなに悩んでいる充瑠を見るのが新鮮で、どうも魅入ってしまった。
ヒラメキをする能力がある充瑠が、あんなに悩んでいる。……いや、そうじゃないのか。
「充瑠、お前は自分の思うままに書けばいいのさ。いつものように、な?」
助言をした途端、充瑠の曇っていた表情が一気に明るくなった。
「ありがとう宝路!できたら一番最初に教えてあげるね!」
充瑠が無邪気な笑顔で俺を見つめる。
すると、小指を差し出してきた。これは、指切りというやつだろうか。約束事をする時にする、儀式のようなもの。
充瑠を見つめ返して、指切りをする。忘れないように。
「おう、ワンダーサンキュー」
____
「〜♫」
「お兄様、それはなんの曲ですか?」
「マブシーナもこの曲の良さに気づいたか!」
「いや、その…知らない曲だと思って。も、もちろん!とても素敵な曲だと思います!」
地球では見ることの出来ない、輝きが目を癒してくれるような景色を見ながら、俺は肘をついていた。
もう、簡単には充瑠たちに会えないと思うと、どこか後悔というものがでてくる。
「……この曲には、終わりがないんだ」
「それは、どういう事ですか?」
充瑠は、俺がクリスタリアに戻るまでに曲を完成しきれなかったらしい。
クリスタリアに戻る直前、申し訳ないと謝りながら途中までの歌を教えてくれたのだ。だから、この曲は俺にとって、終わりがない。
「アイツが、充瑠がきっと、この曲をゆっくりと紡いでくれるさ」
「充瑠さんがこの曲を作ったのですね!なるほど、だからキラキラしているのですか……」
「キラキラ?」
周りの人達は、完成が豊かな人が多いらしい。それは、想像力があって、心が綺麗な人が多いからだろう。
「ええ、そうです。まるで、戦っていたあの頃を思い出すような、そんな感じがします」
平和になったこの世界と、地球は、今では考えられないような戦いをしてしたのか。
戦っていた本人であるのに、この平和に依存してしまって忘れていたらしい。
「……確かに。あの頃があったから、俺は今、幸せなんだな」
振り向いてマブシーナを見つめて、優しく微笑む。この眩しい世界には、戦ってきた仲間が地球よりも少ないという悲しさは、正直ある。
だからといって悲しい毎日を送っている訳では無い。俺はクリスタリアが大好きだからだ。
充瑠は今、その歴史を忘れさせないような歌を紡いでいる。
一番最初に教えてくれるという言葉を、俺はまだ忘れていない。
君が教えてくれるまで、俺はゆっくりと待とう。
光と霧の狭間で
提灯の光だけが、今、歩ける道標となっている。
霧が濃くて、足がおぼつかない。前が見えない恐怖というものは、どうも俺の精神を削る。
どうして今、こんな事になっているのか、あまり記憶が無い。
確かに覚えていることは、足を滑らせてしまったことだけだ。隊士達と共にいたから、探してくれているといいのだが。
あれから数分、歩いていたところで遂に足が働かなくなってしまった。その場に座り込んで、息を整える。
「……はぁ」
無意識に、ため息が出てしまう。任務で怪我を負ったわけではないのに、こんなにボロボロになってしまった。
人に心配されたくはない。心配されることは、無駄だからだ。
霧が段々と濃くなっていき、挙げ句の果てには目の前にある提灯でさえも、靄にかかっているようだ。
早く誰か来て欲しい。でないと、体力の限界が訪れてしまう。
光を細い目で見つめる。水の中で見る景色のようで、何処か苦しかった。
すると突然、光と霧の狭間で、闇が見えた。いや、あれは闇なのだろうか。闇にしては、どうも内部が輝き過ぎている。
「…………!」
何か叫んでいるのだけは分かった。だが、俺の体力は、尽きてしまったようだ。
____
「おい、斎藤」
「……っ、痛い…」
「あーあー、無理すんな。寝てろ」
目を開くとそこはいつもの屯所だった。
起き上がろうとするも、痛みに襲われて左之助に叱られた。
あの時の闇の正体はきっとコイツだろう。光と霧を差し置いて見えるのは、コイツくらいしかいない。
「すまない。いや、すまなかった」
左之助は御法度である団子を頬張っている。
「話しかけてるのに無視されるなと思って振り向いたら、お前が居なくてよ。めちゃめちゃ焦ったわ。見つけたら気絶してるわ血流してるわで大変だったんだぞ」
そう左之助に言われ、自分の腕を見てみる。するとそこに見えた景色は白い包帯が巻かれており、荒んだった。
「……お前は、光にも霧にも負けてなくて、いいな」
「お、おう?ありがとう?」
褒めてはいない。いや、褒めているか。
「危険との狭間で助けてくれるのはお前だけだ……」
「……そうか」
珍しく褒めると、左之助は視線を逸らしてしまった。
砂時計の音
きっと、その音は心地よいもので。
気づいた頃には寝てしまっている。
けれど、その音は自分以外にも聴こえるものらしくて、今隣で余計な音を出されている。
「…………」
苦い顔をして隣のヤツを見ても、ソイツは右手の人差し指で砂時計の砂が落ちるのを感じて、リズムのようなものを取っている。
「うるさい」
「え、あ、俺か?」
「……お前だ」
左之助はどうやら無意識に行っていたからか、俺を見ながら目を丸くしていた。
砂時計の音にしろ何にしろ、人それぞれに楽しみ方というか、捉え方は存在すると思う。
何故今砂時計がひっくり返されているのか、誰がひっくり返したかなんて分からない。
「すまねぇな。……こんな音だけじゃ、俺には響かなくてよ」
だが、この夜更けの時間に砂時計の音があったとしたら、その場所に集まってしまう。
それは恐らく、無音だと寂しいからだろう。
つまりは俺も左之助も、こんな時間にまで起きて寂しさを誤魔化したいのだ。
「砂時計は、満足するためにある訳じゃないだろう」
「お前に言われても説得力ねえなあ……」
静かに砂時計を見つめる。
もうすぐで静かで心地の良い音が聴こえなくなってしまう。
そうしたら、何か壮大なことが起きそう、とありもしない妄想をしてしまう節がある。
それは、きっと寂しいからではなくて、砂時計がそういうものだからだろう。
「ねえ、二人とも」
砂時計の音が切れる瞬間、何者かに話し掛けられた。
俺と左之助は目を合わせたあと、話し掛けた主の方向を見る。そこには、沖田が居た。
「おー、総司、どうした?」
寂しさを隠すような口調で、左之助が沖田に話しかける。当の俺は、口を開くことが出来なかった。
「……二人は、一緒にいるのに何故寂しそうな顔をしているの?」
不意に、左之助と目が合う。どうもアイツの目には哀愁が漂っていて、美しい瞳をしていた。
なんだか照れくさいというのか、それとも寂しいということを認めたくないのか、勝手に口が開いていた。
「砂時計の音が、最後の最後で聴こえなくなったからだ。……沖田に話しかけられたから」
「あ、いや、総司?違う、違うからな!」
「いや、申し訳なかった。斎藤さんはその音を聴きたかったのだな」
純粋だから、信じてしまうのだろう。
砂時計の音に、そんな重要な意味なんてないのに。
消えた星図
空を見上げたところで、地面を這いつくばったところで、もうあの星は戻ってこない。
無意識にアイツの家に行ってしまって、ソファに寝そべる。そこで初めて、誰もいないことに気づいた。
静寂でしかないこの家の風景が、どうも慣れなくて仕方ない。
星図に一つ星が消えたところで、ニュースにもなりはしないように、アイツがもうこの地球に戻ってこないところで、世界は何も変わらない。
「……俺、何してんだろ」
涙が流れるわけでも、喪失感に浸っている訳でもないのに、この家に来たり、アイツのことを考えたりしてしまうのは何故だろうか。
アイツが最後に言った言葉が、どうしても胸に引っかかるからだろうか。
『お前より、俺の方が強い』
この言葉は、アイツ也の気遣いだ。それはアイツと関わってきた上で、痛い程理解出来る。
「あ、絆斗、また来てた」
「ショウマ……」
こんな姿は、ショウマだろうが誰だろうが、見られたくはない。だからといって、こんな所で独り考え事をしていても何にもならないことは確かだ。
「俺にとってラキアは……なんだったんだろうな」
自問自答のような自分の発言に、疑問が浮かび上がる。
「うーん、……絆斗にとってラキアは、分かち合える仲間だったんじゃない?」
「俺が?」
「うん。だって二人なんか似てたじゃん」
似ていた?
俺と、ラキアが。
前にラキアが言っていた気がする。ショウマが言っていたように、似ていると。
「二人とも、見えない星を探し続けてるみたいだったよ」
「……じゃあ俺は、星を二つ見失っちまったようだ」
ソファに身体を任せるように座り込んで、ショウマを見つめた。ショウマは、こんなどうしようもない俺を、明るい笑顔で見つめていてくれた。
交流を深めた人物が居なくなってしまった時の悲しみは、もう何度も経験している。しかし、だからといって慣れている訳ではない。
もう、慣れる時なんて来ないのだろう。
「ショウマは、居なくなったりしないよな」
「大丈夫。オレは太陽だから!」
「は、はははっ……お前それ、自分で言うか?」
星は一つ消えても気づきにくいが、太陽は一つでも消えれば気づくだろう。