シオン

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2/8/2025, 9:59:41 AM

 その日の終わり、プロムは自室でため息をついた。
 実技の練習は慣らすために一週間に一回にするべきだと提言したのは彼であった。それは実際に言葉通りの意味合いも存在したが、デウスの側近の業務が本業である彼がサルサに付きっきりになることは決して好ましいことではない、と考えていたからであった。無論、デウスからは『我のことを気にする必要はないぞ』とは言われていたが、そんな一言でプロムが言葉通りにする訳がなかった。
 だが、先月にウィルが何度か休みにした、という事実はプロムに取って引っかかる事案ではあったのだ。それが彼の元同僚からの仕事の手伝いを投げかけられたからという理由であってもサルサの教育係を第一に考えず、ほいほいと頼みを受け入れてしまうという所に苦言を呈されたことは紛れもない事実であった。
 もちろん、彼に対して手伝いを要求した者たちはデウスから直々に罰を受けたと言えども、押しに弱いことや頼みを直ぐに引き受けてしまうところは教育係として目に余る。
 そんなわけで、プロムは仕事合間に彼らの様子を見ていたわけだったのだが……。
「……あいつは本当に一年でサルサを一人前にできるのか……?」
 そんな結論を彼は導き出してしまったのである。
 今日の勉強もいつものものと変わらずに、座学が中心だった。そのことについての異論はない。座学にも覚えなきゃいけないことは様々あり、アリアの後輩としてのレベルを目標としているのであれば、座学はこの世界の者の中でトップレベルにならなくてはならないレベルの物が求められることになる。
 が、内容はまだまだ初歩的以前の話であった。
「……人間界でいうところの初等教育にも入り切ってない。常識の勉強をいつまで続けるつもりなんだ、あいつは」
 プロムは頭を抱えながら唸る羽目になり、書類仕事中に覗いていたことで、デウスから『どうした。休憩にするか?』と尋ねられる事態に発展したのであった。『大丈夫です』とうわ言のように呟いたプロムに対してなおも心配そうなデウスに迷惑をかけぬよう、プロムはそれ以上覗くのを辞めたのだった。
「…………成果が出なかったら、どちらも殺すことになるんだぞ……」
 プロムの言葉は静かな部屋に馴染んで消えていく。
 それは誰も、デウス以外は知らない秘密であった。プロムも本当は知らないはずだったのだが、デウスの側近として内緒で教えてもらった事項である。
「……危機感が足りんが…………それを直接的に伝えることもできない」
 プロムは頭を抱えながら呟いた。

2/7/2025, 9:29:17 AM

 いつもの通り、サルサが目を覚ませば、いつものように夜明け前であった。
 髪をとかし、顔を洗い、服を身につけてもまだまだ時間がある。部屋の壁に掛けられた時計は五時を示していてまだまだ時間があった。
「……いつもより、早い」
 小さく呟いたサルサは、さてどうしようかと窓の外を見つめる。
 青い月が出ている。
 ウィルは前に『人間界と共通しているのは青の方』なんて説明をしたが、サルサにとっては青い月も見慣れないことに代わりはなかった。人間界の月は光こそ青白い、などと表現されることがあろうとも、基本的には白く見えるのだから。
 赤い月ほどの怖さも圧迫感もないにしろ、青い月もまた不気味な見た目をしている。
 サルサはため息をついて窓から目をはなし、テーブルに向かうことにした。
 ノートを開いて昨日のことをまとめる。
 実践は少しずつ少しずつ進めていくために、一週間に一回にする、と伝えられたことを思い出す。まだ『魔法のようなもの』に慣れる段階だから、毎日やればかならず身体を壊す、と補足したのはプロムの方だったらしい。厳しい言葉の中に優しさを見出せる人だ、などとサルサは思った。
 昨日の勉強は『魔法のようなもの』についてであった。基本的に備わっている能力が高い者はそのまま、そうじゃない者はサルサのように星のキーホルダーで使うということ、星のキーホルダーにも相性があるから持っていても使えないことや一回使うだけで術者自身が疲れたり星のキーホルダーが壊れることもあることをウィルは至極丁寧に説明した。『貴方と貴方の星の欠片の相性が良くてよかったです』と微笑まれたことをサルサは思い出した。
「……相性が悪かったら何度も作り直すことになる、って言ってたな……」
 星の欠片が降るのは毎月十二日、キーホルダーになり得るのは黄色の星の欠片を五個だとすれば簡単だとサルサは思っていたが『使う星の欠片の種類と数によって効果は異なるんですよ』とウィルに窘められたのだった。
 相性が悪くて作り直せば時間も材料もどんどん莫大になっていく。あまりに時間がかかるようならそこでここでの生活を終わりにされる可能性もあった。つまりはサルサは幸運だったのだ。
 そんな思考を巡らせてる間に空の色は青と赤が混じってきた。静かに静かに夜明けが訪れようとしていたのだ。
「…………夜明けは、綺麗なんだけどな……」
 サルサは部屋に差し込んできた光に気づいて窓の方に目をやった。
 赤が青を押し倒すように段々と空を赤が覆い尽くしていく。音もなく、世界が朝になろうとしていた。

2/6/2025, 3:52:35 AM

 今日の勤めを終えて、自身の部屋に戻ってきて一息をついていたウィルは自身の部屋がノックされる音を耳にした。
 サルサはウィルの部屋を知らない。ということは、なんて来客を予想しながら扉を開ければ、アリアが立っていた。
「…………タイムスリップしました? もしかして」
「……それが年取って見えるって意味なら殴る。この光景がタイムスリップしたみたいに見えるって意味なら違うと否定してあげる」
「…………出会い頭にそんなこと言うわけないでしょう。後者ですよ」
「だよね〜。ってことで入れてよ。キミにだーいじな話があるんだ」
「……はぁ」
 煮え切らない、納得のいかない様子で曖昧な返事をしつつも、扉を大きく開いてアリアを部屋に招き入れる。椅子に腰掛けたアリアに対して、二つ椅子があるわけではないからとウィルはベットに腰掛けた。
「……どうしました?」
「んとね、色々あって」
 アリアは指を一本立てながら言った。
「一つ目。サルサくんの図書館の件についてケアとか説明とかはしましたか?」
「……一応。怒られなかったことに対して見捨てられたのではないか、と怯えていましたが、一応違うと伝えた上で説明もしました」
「おっけぃ。ただ、もーちょい早い方が良かったかも。図書館は気軽に入れる地獄への入口だからね。受付係がいない間に施錠がされてなかったという事実についてはデウス様から処分が下っているからもう起こらないとは思う」
 アリアは若干目を細めながら言った。指を一本増やして続ける。
「二つ目。教育係は順調? 実践の方は……プロムに頼んだんだっけ?」
「そうですね。貴女でも良かったんですけど、これからの季節は忙しいでしょう?」
「そーだね。そろそろ大仕事の時期だから忙しい。……一年は一月から始まるのに何故か『神託』とかは四月に要求されるのマジ意味不明すぎて」
 口を尖らせながらアリアはボヤき、ウィルはゆっくりと瞬きをした。指がさらに増える。
「三つ目。……最後なんだけど、ウィルはいつ、サルサに言うの?」
 アリアはゆっくりと一言一言を噛み締めるようにそう尋ね、ウィルは何拍か遅れて口を開いた。
「…………いつか」
「……まだ、むり?」
「………………言っても、なれますか。教育係であれますか」
「わかんない」
 アリアはそう呟いて外を見る。青い月の光が辺りを照らす様は幻想的に写った。
「……いつか、言いなよ。腹を割って心と心で分かり合えるように、言いなよ」
「…………いつか、なら」
 ウィルは小さく呟いた。

2/5/2025, 4:44:01 AM

※2日分のお題を掲載しています

お題「優しくしないで」
 「じゃあ、今日はここまでにしましょうか」
 ウィルはそう言いながら本を閉じて、サルサに向き直った。
「……どうしたんですか。今日一日、いや昨日から浮かない顔してますけど」
 首を傾げながらウィルが問いかけるとサルサはちょっと目を逸らしながら呟いた。
「…………昨日、お昼の後に迷惑をかけたじゃないですか」
「……ああ、はい」
「それなのに、ウィルさんは戻ってこれて良かったって言うだけで……」
「……何が言いたいのか、分かりかねますよ」
 ウィルはため息をつきながら眉を下げた。
 サルサの目はあっちに行ったりこっちに行ったりと揺らめき続ける。
「その……優しくしないでほしくて」
 絞り出すように紡がれた言葉にウィルはゆっくりと瞬きをしたあと、困ったように言った。
「……………………突拍子がなくて理解できませんでした、もう一度」
「……怒って欲しいんです。アリアさんみたいに」
 サルサは一言一言をゆっくりと言ったが、ウィルは首を振った。
「わけが分かりません。何故?」
「一人で行ける、なんて言って中々帰って来れずに心配をかけた上に、危ない所に行ってしまってたんですよね。怒ってください」
「……説明しなかった私にも責任はありますし……」
「怒って、ください!」
 サルサは若干声を荒らげてそう言い、ウィルはため息をついた。
「……怒ってほしいんですか? 何故?」
「悪いことをしたんです。優しくしないでください」
「…………ダメですよ、サルサさん」
 諦めたようにウィルは言ったが、サルサは納得しなかった。身を乗り出すようにして口を開く。
「それは怒ってないですよね。怒ってください」
「私が怒られてません?」
 ウィルはため息をつきながらサルサの手を取って言った。
「…………言っておきますけど、怒られないことは諦めでも見放しでもありません。貴方が悪いだけではないからです」
「…………本当に?」 
 サルサは歯を食いしばりながら恐る恐るそう尋ねる。
「本当に。だから、わざわざ怒られようとしないでくださいね」
 ウィルがそう言うと、サルサはコクンと頷いた。

お題「永遠の花束」
「今日は実践ですよ」
 ウィルは外に出るとそう言った。ニコニコと微笑んだウィルに対してサルサはちょっとだけ困った様子で彼の隣を見やった。
「……どうした?」
 プロムが片眉をあげながら問いかける。サルサは目を逸らしながら言った。
「なんで、いるのかな……なんて」
「ほぉ。大層な口が叩けるようになったんだな」
「……プロムさん。貴方の口調は厳しすぎるんですよ。優しさが霞むじゃないですか」
「……優しさを振りまくのは得意では無い。それに、お前に優しくする必要は無い」
 ふん、と鼻を鳴らしたプロムは、しかしウィルの言葉が引っかかったかのように若干物腰を柔らかくしながら言った。
「……監視だ。ウィルがきちんと働いているかのな。だから、まぁ、なんだ。……お前はいつも通りで構わない」
「……は、はい!」
「……かしこまらんでいいと言ったが」
「貴方の口調が――」
「……ウィル。侮辱に見えるぞ」
 厳しい口調で言葉を止められてウィルは小さくため息をついた後、懐から花束を取り出した。
「……さて。余計な話はここまでにして本題に入りましょうか」
「……花束ですか?」
 色とりどりの花が収められた花束は何の規則性もなく並んでいたが、何故か綺麗な色合いになっていた。
「花束は花束でも『永遠の花束』です」
「永遠……?」
「はい」
 サルサは首を傾げたが、ウィルは微笑みながら頷いただけだった。ため息をつきながらプロムが口を開く。
「……永遠に枯れることがない花束だ。造花ではなく、生花の時を止めて永遠に枯れぬ花が集まっているということだ。理解したか?」
「……あ、なるほど」
 サルサは頷いて笑顔を見せる。プロムは彼に目をくれただけで、ウィルの方を若干睨んだ。
「…………説明しにくいことでしょう?」
「だからといって『永遠の花束』とだけ言われて理解出来るわけがなかろう。分からないものを分かるようにするのが教育係なんだぞ」
「……はぁ。分かりました」
 ウィルは心底嫌そうに答え、プロムの方には目もくれなかった。
「で、この永遠の花束を使ってサルサさんの『魔法のようなもの』の力を使いこなせるように鍛錬していきます」
 ウィルは微笑みながらサルサに花束を渡した。
「が、頑張ります!」
「……気負いすぎないようにな」
 プロムは目を伏せながらそう呟いた。

2/3/2025, 9:56:21 AM

 サルサは昼食を済ませた後、トイレに行くことにした。心配そうにする彼を跳ね除けたのは、あまり勉強が進んでいないと言われたことを引きずって、せめてこの城のことくらいは覚えていますよ、と証明したかったからであろうか。
 ともかく、順調に用を足して、トイレから出たのだが、ここで事件が発生した。
 サルサは少しだけ急がなきゃという気持ちでトイレに入り、一番奥側で用を足し、そのまま近くにあった洗面台で手を洗い、近いところから出てしまった。つまりは反対側に出てきてしまったのである。
 そのことに気づいたのは、食堂までの道のりを辿ろうと歩き始めた少しあとであり、慌てて彼は戻ることにしたのだが、どこから来たかを忘れてしまった。
 ため息をつきながら辺りをキョロキョロと見渡すかどうやら人の姿は見れない。昼食時ということもあって、皆食堂で食事をしてるか、他の階にいるかのどちらかであることは容易に想像ができた。
「……どうしよう」
 サルサがもう一度呟いた時、食堂と同じ扉が見えた。
「よかった、戻ってこれた」
 彼はそう呟きながらそこの扉を開けた。食堂の扉はいつも開けてることは思い出せなかったのだ。
 彼の予想に反して、そこは本棚が立ち並ぶ場所であった。いつも勉強している書庫と同じような場所だが、雰囲気は幾分か重く、どんよりとしている。
 扉から真っ直ぐに一本通路が出来ていて、横を向けば本棚がどこまでもどこまでも続いていた。
「……すごい」
 こんなにも本があるなら自分の世界の本もあるかもしれないんじゃないか、という期待が生まれるもとにかく奥に行きたくて仕方ない。
 手前の本棚を覗けば、本に挟まれるようにして手紙が一枚挟まっていた。
 手に取って読もうとした時声がかかる。
「サルサ! 何してんの!?」
「あ、アリアさん……」
 血相を変えて酷く驚いたような声でアリアは続けた。
「平気!? 奥に行ってない!?」
「は、はい……」
 サルサが目を瞬きさせながら言うとアリアはため息をついた。
「よかったぁ……。ここはいつもキミが勉強してる書庫じゃなくて『図書館』だからね……」
「『図書館』……?」
「『図書館』は奥の方に行くにつれて記憶とかどんどんなくなっていく場所だから……なんで来ちゃったの」
「……食堂と同じ扉だったから……」
「…………はぁ。おっけ、帰るよ。…………もう一人でウロウロしちゃダメ」
 アリアは呆れたような顔でサルサの手を引っ張って歩き出した。
「……手紙」
「ダメ。『図書館』にある手紙は奥に誘い込む手紙だから。隠さなきゃいけない、隠されてることがデフォの手紙がキミの来訪で出てきちゃったんだよ」
 アリアは諭すように言いながら決してサルサの手を離さなかった。
「……奥に行ったらキミじゃなくなっちゃうんだ。途中まで入って戻ってきた奴は、もう記憶の大半を落として分からなくなってて、もうほぼ知らない奴だった。それでも、まだ最奥にはたどり着いてないって言ってて……。ダメだよ、もう入っちゃ」
「わ、分かりました……」
 サルサがゆっくりとうなずけば、アリアはホッとしたように顔を緩めた。

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