「疲れた…………」
紫のもやが晴れて、そうして戦いが終わったあたしは膝から地面に崩れ落ちた。少しだけ心配そうにマスコットがあたしの顔を覗き込んだ。
『今日の敵はめんどくさかったね。運が良くないとどうにもならない』
「今日のあたし、運全然良くなかった……」
『そうだね。ほぼ全て外したんじゃないかい?』
マスコットの言った通りだった。結界内に入ったあたしは中がゲームセンターみたいな景色なことにまずちょっと驚いて、更に追い討ちをかけるようにいつもは一体しか出てこないのに、何故か今日は沢山の敵が出てきた。あたしとマスコットが異例の事態で慌ててるのに、どこから流れてきた音声は『本物以外はニセモノ。いくらニセモノを倒したって結界から逃げられない』なんて言われた。
そこからは地獄だった。一体一体は避けるのがちょっとだけ大変な攻撃を仕掛けてくるだけで、いつもよりは幾分も楽だったけれど、それが大量に襲ってくるとなれば話は別で。倒しても倒しても襲ってくる敵を倒しても全てニセモノだった。
「なんか、寒かったし……」
『ペナルティだって言ってたね。無我夢中で手当り次第倒しているように見えるから、と』
「聞いてなかった。いつ言ってた?」
『それが無我夢中に手当り次第の現れなんじゃないかい?』
「うるさい」
冬なのに冷房がついてるみたいなレベルの風に見舞われて、すっかり手足は冷えきってしまった。たまたま本物にぶち当たってなければそのうち満足に戦うこともできなくなってたかもしれない。
「あー寒。帰ってあったかいのでも飲んじゃお」
『明日から学校だろう? 宿題は終わったのかい?』
「うるさーい!」
あたしはそう言いながら思い切りほっぺを膨らませた。
第十一話 寒さが身に染みて
「二十歳になったら、あたしはどんな大人になってるんだろう」
あたしは『未来の人生計画』と書かれた宿題を見ながらそんな言葉を呟いた。
マスコットは昼頃に敵を倒したあとに『ちょっとキミから離れるけど明日までには戻るから安心してくれるかい』なんて言いながらいなくなったきり、姿を見てない。
そんなことを言われるのは初めてだからちょっとだけ不安だしドキドキもしてるけど、もう敵を倒した後だからそうそう危ない目には合わないだろう。会話をする相手がいないのがちょっぴり悲しいくらいだ。
二十歳。あたしは何をしてるんだろう。
魔法少女はまだやってるのかな。二十歳で少女なんてちょっとだけ変な感じがするけど。でも、辞めることなんて出来るのかな。死ぬまで、って言ってたしお姉さんになってもおばあさんになってもやらなきゃいけないならちょっとだけやかも。
何かになっているのかな。今、夢と言える夢は持ってないけどどうなんだろう。これから生きていくうちに何かになりたいって気持ちが湧いてきて何かになってるかもしれない。ただ普通に会社員とかになってるのかも。
『やぁ、ただいま』
そんなことを考えてたら壁をすり抜けてマスコットが帰ってきた。
「あ、おかえり」
『それは宿題かい? …………未来の人生計画?』
覗き込みながら題名を不思議そうに読み上げた。
『そんなものを書かなきゃいけないのかい、人間は』
「そうなの。だからどうにかして考えなきゃいけなくて」
あたしがそう返すとマスコットはチラリとこちらを見てから、ふんわりと笑った。
『キミはもちろん、魔法少女を続けることを念頭に置いて考えてくれよ』
「あ、少女じゃなくなっても続くの?」
『……………………そういうことになるね。キミはやけに些細なことが気になるようだ』
マスコットはそう言ってからため息をついた。
「そういえば、何しにどこに行ってたの?」
『……キミの報告をしに行ってただけだよ、カオル』
第十一話 二十歳
2日分いっぺんに失礼致します。「あたしの魔法少女のコスチュームって水色だけどさ、やっぱいろんな色の人がいたの?」
敵を倒して変身を解く時にふと疑問に思ったことをマスコットに尋ねると、相手は大きく頷いた。
『いたよ、もちろん。テレビなんかに出てくる魔法少女も沢山のカラーリングがあるだろう?』
「ん〜、あんま見ないけど……でもそっか、戦隊ヒーローとかと同じ感じなら色とりどりなはずだよね」
『そうだね。そして、キミたちの色は変身するまで分からない。だからキミが水色の理由を答えることはできないよ』
あたしが聞こうとしていた質問を先回りされてしまった。なんだか凄く不服な気持ちだ。……まぁ、いいけど。
「……でも、あたしもし決められたらピンク色が良かったな」
『…………それはないんじゃないかな』
「……ないって何」
あたしが口を尖らせながら聞けば、マスコットは平然として顔で答える。
『ピンクは主人公の色だから』
わけが分からなかった。何を言っているのかも、言葉の意味も。『主人公の色』だからあたしがピンクになれないってことはあたしが主人公じゃないってことだ、今この瞬間に。
「……いないんじゃないの、魔法少女」
『いないよ。今この世界にキミ一人しか魔法少女はいない』
「じゃあなんでそんな言葉が出てくるの」
『一人しかいなかったらその人が魔法少女、なんてのは過ぎたる幻想だと思うよ。主人公は主人公になり得る人がなるものだ、埋め合わせで生まれるわけじゃない』
それじゃあまるで、あたしは主人公にもなれないのに魔法少女として戦っているみたいじゃない。酷い言葉だと思った。
『傷つかないでくれよ、カオル。君自身もそうは思っているはずだ。だからピンクじゃないんだから』
心中を察せないような様子でそう言う姿はやっぱり人外のようだった。
第八話 色とりどり
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空を見上げれば三日月が輝いている。もし本当にあの形だったらきっとあそこに座れたんだろうな、なんて空想が頭の中に浮かんだ。
時刻は二十一時。まだ今日の敵が見当たらなくて街を徘徊……パトロールしてるところだった。
『……いないね』
マスコットもさすがに困ったような顔でそう呟いた。
「出てこない、なんてことあるの?」
『さすがにない。そして興味ギリギリに敵がくるなんてこともないはずだ』
「そっか、ギリギリだったら次の日の敵に影響があるかもしれないしね」
『そういうことだよ』
マスコットは不安そうな顔だった。初めて見たかもしれない、そんな顔。
人外じみてて基本的に静観してて、あたしが例えピンチになってもきっと顔色ひとつ変えそうもないマスコットが困惑したような顔で辺りを見回している。そんなに敵が出ないっていう事が大変ならしかった。
『…………カオル、何か今失礼なこと考えなかったかい?』
「あたしは今、認識を改めたところだったけど、あんたにとっては失礼だったんだ」
嫌味たっぷりにそう言えばマスコットは少しキョトンとしたあと、眉を下げるような行動を示した。
『…………失礼ではあるよ。キミがピンチになっても困らないだろうと、そう思われているんだろう?』
「それはそうでしょ。困ったとしても助けに入ることはできないんだよね、くらいは言いそうじゃん」
『……事実ではあるけども』
マスコットはそう言った。でも、とすぐに言葉を続ける。
『……それでも、キミのことを大事に思ってはいるんだよ。顔色ひとつ変えないことはない。それに』
言葉の先は聞こえなかった。上から大きくなにかが振ってきてそれを瞬時に避けた瞬間にはもう紫色のもやがかかった結界内にあたしはいて、ワンテンポ遅れて地面が大きく割れたから。
『敵だよ、カオル』
「分かってる」
あたしはそう言ってリングに口付けを落とす。光に身体か包まれて魔法少女のコスチュームに変わる。
「……マスコットも心配してくれるみたいだし、今日は気合い入れて頑張っちゃおうかな!」
そんなふうにあたしはカッコつけて行ってみたけど、マスコットは酷く冷静に言った。
『どんな時だって気合い入れて戦ってくれると嬉しいな』
第九話 三日月
その日の敵はあまりにも早い出現だった。より具体的に言うと夜の十二時をほんとに若干、十分ほど過ぎたあたりで、なんの感触もなかったのに急に結界にぶち込まれたのだ。
家で結界の中に入るなんてこと一回もなかったから、もしかしたら全て戦いは幻想で、戻ってきたと思った時には部屋が大惨事だったらどうしよう、なんて密かに思っていたものの、そんなに強くなかった敵を倒して戻ってきたとき、あたしは床で倒れていて、部屋は特に何かが起こってはいなかった。
とりあえずなんか猛烈に寒いので一旦リビングで温かいココアを啜りながら言った。
「それにしてもさ、早くない?」
『敵は十二時更新だからね』
「何その言い方。ゲームみたいじゃん」
とはいえいい具合ではあるのかもしれない。それこそ本当にゲームのように、例えば四時更新とかだったら、きっとあたしは寝てる間に結界に引きずり込まれて死んでしまっていただろう。
『そんなことはないよ』
「…………!?」
何も口には出てないはずなのにマスコットは不意にそう言ったので、あたしは口に含んだココアを勢いよく飲んでしまい、喉が焼けるように熱くなった。
『キミが結界に入った瞬間に意識は通常時まで覚醒する。じゃないと戦えないからね』
「……それは、怪物の意思?」
『いや。魔法少女の耐性の話さ』
「そっか」
それはとってもいい事だ、と思った。あたしがあたし以外のせいにできるような状況で死ぬことはない、というのはいいんだと思う。何かのせいで死んじゃうなんてできれば避けたいことだから。
「それにしても……寒くない?」
『ボクには外気温を感じる器官は残念ながら無いのだけれど、そんなにかい?』
「人外だな…………。寒いよ、いつもより」
寒くないでもちょうどいいでもなく、感じる器官が無いだなんてえらく人間じゃない回答に若干苦笑しながらカーテンを開けば雪が降っていた。
「……! 雪だ!!」
『ああ、だからじゃないかい。あまりにも外気温が低い時に雨が雪へと変わるんだろう?』
「そうだけどそんなことは最早どうでもいいよ! 雪だよ、雪!」
第七話 雪
「仲間が欲しい」
『いないよ』
あたしの切なる願いはマスコットによって即座に切り捨てられた。
「…………欲しいの」
『物理的に無理なんだよ。魔法少女という生物はこの世に一人しか存在できないんだ』
「知ってる」
耳にたこができるほど…………という訳では無いが、そろそろ聞き飽きるレベルに聞いたのだ、その話は。理屈も理論もよく分からないけど、どうやら二人目と契約することが出来ないらしいと。
「…………敵はさ、魔法少女の敵なんでしょ」
『そうだね。それ以外の何でもない。だから、一切興味が無い』
「……なんでそんな恨まれてるの」
あたしがなんとなく投げた質問をマスコットは受け取らなかった。誰も何も言わない沈黙が少しの間場を支配した。日は西の空に沈もうとしていてカラスが無言で飛んでいく。
『魔法少女になったことを後悔でもしてるのかい』
ふいにそう言われた。
あたしはマスコットのこういうところが嫌いなのだ。姿形を見れば人間でないことは明らかではあるけれど、そうじゃない人外みたいな聞き方をしてくる所が。
今の聞き方だってそうだ。あたしが絶対に後悔してると言わないと信じているかのように、またはあたしが後悔していることを嘲笑うかのように、語尾にハテナマークを付けないような喋り方をしてくるところが、それはそれは人間らしくなかった。
「……してるよ、後悔」
別にどっちでもなかったけど、普通はそうかなと思ってそう答えた。マスコットは興味なさそうに頷いた。
『…………戦闘には参加出来ないけど、キミの死を見守ることくらいはできるさ』
「…………じゃあ、それで」
第六話 君と一緒に