サルサは昼食を済ませた後、トイレに行くことにした。心配そうにする彼を跳ね除けたのは、あまり勉強が進んでいないと言われたことを引きずって、せめてこの城のことくらいは覚えていますよ、と証明したかったからであろうか。
ともかく、順調に用を足して、トイレから出たのだが、ここで事件が発生した。
サルサは少しだけ急がなきゃという気持ちでトイレに入り、一番奥側で用を足し、そのまま近くにあった洗面台で手を洗い、近いところから出てしまった。つまりは反対側に出てきてしまったのである。
そのことに気づいたのは、食堂までの道のりを辿ろうと歩き始めた少しあとであり、慌てて彼は戻ることにしたのだが、どこから来たかを忘れてしまった。
ため息をつきながら辺りをキョロキョロと見渡すかどうやら人の姿は見れない。昼食時ということもあって、皆食堂で食事をしてるか、他の階にいるかのどちらかであることは容易に想像ができた。
「……どうしよう」
サルサがもう一度呟いた時、食堂と同じ扉が見えた。
「よかった、戻ってこれた」
彼はそう呟きながらそこの扉を開けた。食堂の扉はいつも開けてることは思い出せなかったのだ。
彼の予想に反して、そこは本棚が立ち並ぶ場所であった。いつも勉強している書庫と同じような場所だが、雰囲気は幾分か重く、どんよりとしている。
扉から真っ直ぐに一本通路が出来ていて、横を向けば本棚がどこまでもどこまでも続いていた。
「……すごい」
こんなにも本があるなら自分の世界の本もあるかもしれないんじゃないか、という期待が生まれるもとにかく奥に行きたくて仕方ない。
手前の本棚を覗けば、本に挟まれるようにして手紙が一枚挟まっていた。
手に取って読もうとした時声がかかる。
「サルサ! 何してんの!?」
「あ、アリアさん……」
血相を変えて酷く驚いたような声でアリアは続けた。
「平気!? 奥に行ってない!?」
「は、はい……」
サルサが目を瞬きさせながら言うとアリアはため息をついた。
「よかったぁ……。ここはいつもキミが勉強してる書庫じゃなくて『図書館』だからね……」
「『図書館』……?」
「『図書館』は奥の方に行くにつれて記憶とかどんどんなくなっていく場所だから……なんで来ちゃったの」
「……食堂と同じ扉だったから……」
「…………はぁ。おっけ、帰るよ。…………もう一人でウロウロしちゃダメ」
アリアは呆れたような顔でサルサの手を引っ張って歩き出した。
「……手紙」
「ダメ。『図書館』にある手紙は奥に誘い込む手紙だから。隠さなきゃいけない、隠されてることがデフォの手紙がキミの来訪で出てきちゃったんだよ」
アリアは諭すように言いながら決してサルサの手を離さなかった。
「……奥に行ったらキミじゃなくなっちゃうんだ。途中まで入って戻ってきた奴は、もう記憶の大半を落として分からなくなってて、もうほぼ知らない奴だった。それでも、まだ最奥にはたどり着いてないって言ってて……。ダメだよ、もう入っちゃ」
「わ、分かりました……」
サルサがゆっくりとうなずけば、アリアはホッとしたように顔を緩めた。
2/3/2025, 9:56:21 AM