シオン

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2/2/2025, 10:06:12 AM

「この世界って、不思議な世界ですよね」
 座学の区切りがついたとき、サルサは外を見ながらそう言った。
「…………そうですね」
「あ、ウィルさんもそう思うんですか?」
 ウィルの相槌にサルサは嬉しそうな顔をしながら彼の方を見つめたが、ウィルはゆっくりと瞬きをした。
「何回も貴方が言っているので、貴方にとってはそうだろうと思っただけですよ」
「……そう、ですか」
 悲しそうな声でサルサは目を伏せる。同意されたと浮き上がった気持ちは、否定によりしぼんでしまったらしい。可哀想に、と哀れむような顔でサルサを見つめたウィルは、すこしだけ微笑んで咳払いをした。
「……それなら、貴方の世界と比べて違うことをあげていきましょうか。そうしたら、貴方にとって不思議だと感じることは私たちにとっても不思議なことになります。つまり、不思議を共有できますよ」
 サルサは顔をあげてウィルを見つめて首を傾げた。
「…………えっと?」
「貴方にとってこの世界が不思議だと思うということは、貴方の世界のことを私が不思議だと思うということです。分かりますか?」
「ああ、なるほど!」
 サルサは嬉しそうに言った。
「そうですね、では……赤い月の代わりはなんなんですか?」
「太陽です。色は絵で描かれると赤いことが多いですが、色が明確にあるわけではなくて……光は白いです」
「光が、白……。目に優しそうですね」
「でも、直視すると目が見えなくなります」
「……なんと」
 ウィルが目を伏せた時、誰かが机をトンと叩いた。
「やぁ、二人とも、勉強は進んでる?」
「……アリア」
 ひらひらと手を振りながらニコニコと微笑む彼女に対してサルサが口を開いた。
「アリアさんはこの世界とボクが住んでた世界の違い、何か分かりますか?」
「それ勉強にかんけーあるのか〜?。まぁ、いいや、えっとね………別れの言葉、かなぁ」
「……別れの、言葉?」
 サルサは首を傾げ、アリアは辺りを見渡したあと小声で言った。
「キミの世界だと『バイバイ』って日常的に使われる別れの言葉だけどね、この世界だと『もう永久に会えない人』にしか言っちゃいけないんだよ」
「……え!?」
 サルサは驚いたように目を見開いて、ウィルは大きく頷いた。
「だから別れの時は必ず『またね』とか『さようなら』とかにしようね。ということで、まったね〜」
 アリアはニコニコと微笑みながら去っていった。

2/1/2025, 12:35:07 AM

「二月です」
「…………?」
 図書館のいつものスペースでウィルは本を用意してサルサの隣に腰掛けるとそう言った。
 サルサはその言葉に首を傾げながら言った。
「……でも、一月は三十一日までありましたよね……?」
「私たちの世界は人間界と年始のタイミングを合わせてるだけなので三十日までの十二ヶ月と、残り五日は十三月になります。……言いませんでしたっけ」
「……言われました。そうか、じゃあもう二月なんですね」
 サルサは納得したように頷いた。が、ウィルは表情を険しくしながら言葉を続ける。
「……つまり、貴方が来てから一ヶ月が経ったわけです」
「………………あ」
 人間界においても言えることではあるが呑気に生きているとわりと月日が過ぎるのは早い。普通の人なればその速さに焦ることはあろうとも、そこまで緊迫感というものは存在しないが、サルサの場合はあまりそう言ってもられない。何故なら一年、つまりは来年の一月一日までには一人前と称される部類になっていなくてはならないからだ。
「……進みはいい方なんですか」
「…………遅めです。これはサルサのせいではなく、完全に私のせいなのですけれど」
 ウィルは目を伏せながらそう呟いた。
「頻繁に休みの日にしたり、リフレッシュの時間を挟んだり、復習に一日を費やしたり……。覚えるのには非常に効果的だったかもしれませんが、進捗としては悪い。なにせ、覚えることが多いので」
 困ったように、そして申し訳なさそうに言葉を絞り出したウィルに対してサルサは何か声をかけようとしたが、その口を閉じる。
 静寂が少しの間、図書室を支配した。それを作り出したのはウィルだったが、それを破ったのもウィルだった。
「……全く芳しくはない状況ではありますけどね。まぁそこまで悲観的になるほどでもありません。あと十一ヶ月は丸々残っているので、まだ巻き返せるタイミングはいくらでもあります」
 ウィルはそう言いながら外を見つめた。
「まだ、この世界を舞台にした『旅』も始まったばかりなので、そこまで困らずに行きましょう」
 ウィルは呟きながら少し恥ずかしそうに微笑んだが、サルサは困ったような顔をした。実際的にピンチであろうことは彼の目にも明らかではあったからだ。
 そう思ってることはウィルにも読み取れたようで少しだけため息をつきながら優しく微笑んだ。
「……そう悲観的にならないで下さいね。そろそろ実践にも移りながら座学も進めるので少々サルサさんにとっては苦痛なものになる可能性もありますが、頑張ってくださいね」
「が、頑張ります……!」
 サルサはそう言いながら大きく頷いた。
「ということで今日は先月の復習です。五分後にテストしますね」
「……ええ!」
「ふふ。今日はテストと復習と新しいこと、全部やりますからね」
 ウィルは楽しそうに笑った。

1/31/2025, 9:39:41 AM

※2日分のお題を掲載しております
お題「日陰」
「今日は外に向かいましょう」
 午後、ウィルの提案で外にやってきたサルサたち。前を歩くウィルにサルサが尋ねた。
「何をするんですか?」
「天気がいいので外で勉強をします」
 淡々と答えたウィルに対してサルサはため息をついた。
「……また座学ですか」
「そうですよ?」
 ウィルはサルサの方を見ながらニコニコと微笑んだがサルサは酷く嫌そうにため息をついた。
「……座学、覚えるのは得意ですけど、覚えてるだけで何かの役に立つのかな……なんて思ってしまって」
「役に立ちますよ。まずは知識を詰め込むことが大事なので。何も知らないまま実践に進んでも無駄なんですよ」
「そうですか……? それならいいんですけど」
 そうサルサが呟いた時ウィルが足を止めて振り返った。
「着きましたよ、サルサさん」
 城の庭は広い。端から端まで歩くのにざっと三十分、城の出口から城門までも五分はかかるレベルである。そんな広さの庭は全て同じように整備され、統一感があった。そんな庭の端に二人は立っていた。
 大きい木の横にちょこんと設置された白い椅子が二脚とテーブルも空間に溶け込んでいた。木が大きめのおかげで日陰、いや月陰になっていて、涼しい風が吹き抜けている。
「気分転換にもなりそうですし、勉強も集中できそうですよね」
 ウィルはそう呟きながら座った。向かいにサルサも腰掛け、そうして外での勉強会が始まった。

お題「まだ知らない君」
 その日アリアは、仕事が珍しくない日だった。
「……ん〜。何しよっかな〜」
 そんな風に呟きながら、自室から外を見る。
 彼女の部屋はサルサの部屋よりも幾分か上の方に存在し、二部屋分が割り当てられているためにだいぶ広かった。
 窓から見えるのは城の庭の端の方。昨日ウィルとサルサが勉強していた場所である。あそこにテーブルと椅子を置いたのはアリアだった。
「ん〜、誰もいないか。……まぁ、そりゃそうなんだけどさ」
 城の庭の端の椅子の存在を知っているのはアリアとウィルだけであった。だからこそ、二人はあそこに椅子を置いたのだ。誰にも知られぬ秘密基地、そんな風に示し合わせて。
「……なーんか、最近は偉そうだよな〜、あいつ。前はあんなに素直だったのにさ」
 アリアは少しだけ頬を膨らませた。
「私だって熱心な『教育係』、とはいかなかったからな〜。だからサルサのはダメだったのかなぁ……」
 アリアは若干目を伏せながらそうボヤいた。
「サルサにはなーんにも言ってないんだろうなぁ。何も関係ないフリして、元からいた顔して場に溶け込むの得意だったしな〜」
 小さくため息をついて、アリアはミニテーブルに置いてある黒い星のキーホルダーを手に取った。赤い月の光を反射して光る様はとても綺麗とは言い難い。
「……これは私のお気に入りの印。公的な意味では『束縛』とか『監禁』とか……まぁ、あんまり良い意味では無いんだけど」
 アリアはそっとそれを手のひらで包みながら呟いた。
「私が、というより地位が高い者が低い者に対して渡す時は『自分の物の印』として渡すことになる」
 アリアは不敵に微笑んだ。
「まだなんにも知らないウィルは、その意味を知ったらどうするんだろうね。ま、関係ないけど」
 アリアはテーブルの上に置き直すと立ち上がった。
「さーて、折角の休日! 映画でも見てこよーっと!」
 さっきまでの雰囲気はどこへやら、アリアは明るくそう言った。

1/29/2025, 3:59:39 AM

 サルサとウィルが昼ごはんを食べていると、食堂に警備隊の服を着た人達たちが入ってきた。
「あの人たちは……?」
 サルサが不思議そうな顔で言うと、ウィルはチラッと横目で見てから答える。
「警備隊ですよ。城の警備をしてる人です」
「……警備隊? どこから警備してるんですか?」
「いくらデウス様が素晴らしい方とはいえども、やはり思想が気に食わないという者はいるんですよ。特に一旦農業や工業に利用されそうになった西や東の人たちは未だにそのことを根に持っているので……」
 ウィルはやれやれ、と言いたげにため息をついた。
「ウィルも前はあそこの部隊だったからと、心を入れ込みすぎではないのか?」
 二人の前に腰掛けながら、意味ありげに笑ってアリアは言った。
「え……! ウィルさんも警備隊だったんですか?」
「…………あぁ、まぁ」
 若干困ったような顔でウィルは目を逸らす。
「帽子を被った姿が似合ってない、なんてよく話題になってたから、嫌そうなのか?」
「……違います。というか知らないんですけど、その話」
 ウィルが怪訝そうにアリアの方を見れば、アリアはそっと目を逸らした。
「まぁまぁ。……じゃあ、そんな後ろめたい過去のように扱うのは何故なのだ?」
「……警備隊はいいものではないので…………」
 ウィルは目を逸らしてそれ以上は何も言わなかった。アリアもため息をついて言及を控え、そして話は終わりとなった。

1/28/2025, 9:36:45 AM

 サルサが目を覚ますと知らない天井だった。いや、正確に言うなれば知っている天井ではあったのだが、見慣れない天井だった。そして、目が覚めた瞬間に視界に入れてはいけないような天井だったのだ。つまりはデウスがいつもいる部屋の天井だった訳である。
「……………………え」
 そのことを理解したサルサは顔を真っ青にしながら飛び起きると目の前にプロムがいた。
「…………ぷ、プロムさん」
「おはよう。……腑抜けた顔をするな」
 プロムはサルサの心情など気にも止めぬ様子でそう言った。
 サルサが困惑しながら自分のことを見れば、いつの間にか城内で行動する時の服に着替えていることに気づいた。
 部屋の中はいつもデウスに呼ばれる部屋とは違い、机や椅子が置いてあり、サルサは随分豪華な天蓋ベッドで眠っていたようだった。
「……安心しろ。ここはデウス様のお部屋ではないし、謁見の間でもない。俺の部屋だ」
「プロムさんの…………?」
「デウス様に明朝から呼ばれたのはウィルの方だ。随分時間がかかりそうだから今日の教育係が俺に任命された。だから手っ取り早く俺の部屋にワープさせて服もついでに着替えさせたわけだ、分かったか?」
「は、はい……」
 困惑しながらもサルサが頷けば、プロムは満足気に鼻を鳴らした。
 何故ウィルが呼ばれたのか、などと聞くような雰囲気にはとても見えなかったが、どうしても気になったサルサは小さな勇気を出して尋ねた。
「……ウィルさんは、何故」
「知らん。何故呼んだか、俺には教えて下さらなかった。だが、そうだな……呼んだ時の表情がやたら険しかったようには見えた」
「……そんな!」
 サルサは驚いて、声を上げたが、プロムは自分の口元に人差し指を当てた。
「静かにしろ。どちらにせよ、デウス様は俺にとっては尊敬するお方、お前にとっては『神様』だ。決定は絶対で決して口を挟むことはできない。ただ、良い方向に向かうのを祈るのみだ」
 プロムは目を伏せてそう言った。

「何故呼ばれたか分かるか?」
 同時刻、ウィルは片膝をついてデウスの話を聞いていた。
「…………分かりかねます。申し訳ございません」
「……サルサの教育係になったのは誰だ?」
「私です。デウス様」
「…………お前は本当に教育係としての認識があるのか?」
「…………あります。彼を一人前にしようと努力をして……」
「本当に?」
 デウスはウィルの言葉を遮ってもう一度聞いた。ウィルはその追求に言葉を詰まらせる。
「……進みが遅いことに関しては何も言わん。まだ一ヶ月であるからそもそもサルサが馴染めてない現状がある。ただな? あまりにも休みの日を作りすぎじゃないか、と言っているのだ」
「申し訳ございません……」
「お前はサルサに一番近い者として心身のケアをすることも重要だが、教育係としてこの世界に馴染ませることを第一に考えろ。…………来月もこのザマなら、教育係の変更も考えるぞ」
「まさか…………努力いたします」
 ウィルは苦しそうにそう言った。
「今日はプロムを教育係にしている。お前は罰としてプロムがこなしていることを代わりにこなせ。そうそう難しいことをしているわけじゃない。ただ単純に仕事量が少々多いだけだからな」
 デウスはそう命令し、ウィルは頷くしかなかった。

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