シオン

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1/27/2025, 3:44:30 AM

「サールサくん! ウィール!」
 食堂でサルサとウィルが並んで食事をしていると後ろからそんな言葉とともにアリアにトンと肩を叩かれた。
 叩かれたことに動揺したのか、ウィルは持っていたスプーンを落とし、サルサはビクッと身体を震わせた。
「わ……。ビックリしました……」
「名前呼んだんだからビックリしないで欲しいなぁ。名前も呼ばずに肩叩いたわけじゃないじゃん?」
「呼ばれることを想定しなければ驚くものです。……で、何の用ですか。わざわざこんな公衆の目前で貴女が素を出してること自体、わりとおかしなものだと思いますけど」
「ん〜、というかね、今日は誰も居ないよ?」
「は?」
 ウィルが怪訝そうに辺りを見渡せば確かにアリアの言う通りに誰もいなかった。
「…………いないじゃないですか」
「いや言ったじゃん? 今日は誰もいないよ〜って」
「なんでですか」
「え、んーとね休みだから」
 アリアは当たり前でしょ? とでも言いたげな顔で二人の方を見て、その言葉にウィルはため息をついた。
「ちなみに補足をしておくと、ウィルはサルサくんの教育係なのに、オフの日パカパカ作ったから教えて貰えなかったみたいだよ。私は単純に仕事の関係で城にいるだけだよ」
「…………聞きたいことを全部説明されました。……で、そんな状況下で何の話をしたいんですか?」
「ふふん。そりゃもちろん、デウス様にどんな話をされたの? って話!」
「貴女がそんなに興味を見いだすような話はしてないですが」
 ウィルは目をふせながらそう呟いた。サルサはアリアから目を逸らす。
「…………はぁ、でしょうね。そもそも黙秘主義? 的なアレがあるんでしょー。つまんないの」
 アリアは頬をふくらませながらそう言った。
「……ふ、よい。アリアが聞きたくなるのもおかしくない事だ」
「……え? ………………わぁ!!!」
 アリアが後ろを振り返れば、ニコニコしながらデウスが立っていた。
「デウス様、なぜここに………………」
「隣の図書室に用があったものでな。すぐに離れるから楽しい『らんちたいむ』を過ごすんだぞ」
 そう言ってデウスは食堂から出ていった。数分の沈黙の後、大きく息を吐き出したアリアは呟いた。
「死ぬかと思った」
「私もです」
 ウィルが目を伏せながら再び落としたスプーンを拾い上げるのだった。

1/26/2025, 5:16:00 AM

 サルサが深いため息をついたことに驚いたようにウィルは瞬きをした。
「……どうしたんですか」
「昨日の緊張がようやく解けてきたような気がして……」
「…………今ですか」
 今は一夜明けてから数時間が経っている昼過ぎである。ウィルの困惑も驚きも至極真っ当なものだった。
 困惑している顔で見つめられてウィルは目を逸らした。
「……デウス様はボクらにとっては神様ですから、簡単に、とまではいかなくてもご尊顔を拝見する機会があるというだけでだいぶ緊張するんです」
 ウィルはその言葉に全くピンと来ない顔ではあったが、視界をあっちゃこっちゃにやったあげく『よし』と呟いてサルサに対して微笑んだ。
「要するに夢心地ということですか? だったら一つ私のお気に入りの場所に行きましょう」
 ウィルが立ち上がって出口に向かって歩き出す。サルサが本を開きっぱなしなことを気にしてそっと呼びかける。
「……本、置いたままですよ」
「サルサさんのノートだけ閉じといて下さい。近い場所ですけど、念の為」
 ウィルはニコニコと微笑んだ。

 書庫から数分歩いた先にはバルコニーが存在する。花がプランターに植えられていて、透明な屋根がついている。バルコニーの柵は丁寧な装飾が施されていて、オシャレなパラソル付きのテーブルと椅子が二脚セットしてあった。
「……オシャレ、ですね」
「でしょう!」
 サルサが圧倒された感じで言うと、ウィルは自慢げにそう言った。その様子はまるで無邪気な子供みたいで、笑顔もいつものような大人な微笑みではなく、満面の笑みであった。
「ここでたまに休憩をするんです。外を眺めたり、飲み物とお菓子を持ってきてつまんでみたり、 本を読んだりすることもあります」
 青い月が光る空は晴れていて、柔らかい風が吹いている。一年中気候が変わらないこの世界では、どんな時にやってきても心地が良さそうに見えた。
 ウィルが椅子に座ったので、サルサも向かいの席に座るとウィルは口を開いた。
「……少なくとも一年間はサルサさんはこの世界にいるんですよ」
「……え? は、はい」
「だから、その間にデウス様に呼ばれることだってまたあるんです。だから、そんなに緊張してはいけませんよ」
 ウィルは空を見ながら続ける。
「……きっと、上手くいかなくても死んだりはしません。あの方は優しい方ですから。だから、貴方の……そうですね、格好つけた言い方をするならば、人生という名の物語はまだ当分終わらないので、気楽に生きていきましょうね」
 優しい口調で言われたサルサはそっと微笑みながら頷いた。柔らかい風が二人の間を吹き抜けていった。

1/25/2025, 9:30:02 AM

「デウス様が呼んでいるから来い」
 いつもの様に書庫で勉強しようとした二人の元にプロムがやって来て簡潔にそう伝えた。
 ウィルは苦い顔でその言葉に頷き、書物を片付けに椅子から立ち上がった。
「……デウス様が、ボクを呼んでいるんですか……?」
「お前だけでは無い。ウィルもだ」
「……ウィルさんも」
 サルサは神妙な顔で呟いた。プロムはため息をつきながら言った。
「デウス様がお前たちを叱りたいなら俺を使いに寄越したりしない。そんなに丁寧に呼ぶくらいなら手紙でも、あるいは自身の前にワープさせたりするだろうからな。…………まぁ、要するに悪い知らせじゃないってことだ」
「……! 本当ですか……!」
「俺が嘘をついてどうするんだ。全く……そんなことも自分で考えられないとお前まで低俗だと思われるぞ」
 プロムは頭を抱えながら呟く。書庫の中は相変わらず静かで、ウィルがどこかで本を置いている音が聞こえる程だった。
「…………最近はめっきり書庫の利用者が減ったな」
「……前は、違ったんですか?」
「こんなに静かではなかった。本をめくる音、誰かの息遣い……そんな些細なものが聞こえてくるような場所だった」
 プロムはサルサを見つめて言った。
「……お前のせいだ、なんて言ったらどうする?」
「………………え?」
「お前がいるからここは静かになってしまった、と。何も知らぬ人間がここにいるから不快感を感じてしまったと」
「……………………」
 サルサは苦しそうな顔でプロムから目を逸らした。
 プロムの言うことは確かに有り得る話ではあった。城に勤務する者は全てこの世界で生まれた者であり、サルサは元々供物としてこの世界に来たという事実も存在すれば忌避されてもおかしくない話だった。
 眉を下げて悲しそうな顔をしたサルサに対してプロムは諦めたような顔をして言った。
「……嘘だ嘘。書庫の利用者が減ったのはお前が来るよりも前からだ。お前のせいではない」
「……良かった」
 サルサは息をついて微笑んだ。
「……お待たせしました」
 ウィルが戻ってくるとプロムは瞬きを一回してから歩き出した。
 エレベーターに乗り込んでプロムが最上階のボタンを押す。外が見える構造になっているエレベーターだと気づいたサルサはウィルをチラッと見た。
「……いいですよ。このエレベーターに乗れることはあまりありませんしね」
「……! ありがとうございます!」
 サルサは嬉しそうに奥の壁から下を覗く。そんな様子を微笑ましそうに見ていたウィルにプロムは耳打ちした。
「…………書庫の利用者が減っているからお前はあそこを勉強出来る場にしたのか?」
「………………だったら、何か?」
「バカだな。減っているとはいえ、ゼロでは無かったはずだろう?」
「もうゼロです。誰も使っていませんよ」
「…………何故」
「……貴方が聞きますか?」
 ウィルが眉をひそめてそう言うと、プロムは意地悪そうに微笑んだ。
「……人間がいるから、か?」
「…………まぁ、そんな理由でしょう。……それにしても」
 ウィルは一呼吸入れてから少し微笑んで言った。
「……貴方がサルサさんに言わないとは、少しは成長したということですか?」
「…………ふざけるのも大概にしろ。……デウス様がえらく気に入ってるからだ」
「……なるほど」
 ウィルがそういった時、エレベーターは最上階へと到着した。

1/24/2025, 4:01:59 AM

 夕食を食べた後に一時間ほどの復習を終わらせればウィルは教育係の務めを果たして部屋に帰っていく。
 そこから眠るまでの時間がサルサの自由時間となり得るわけであった。
 が、サルサはウィルが帰っていくのを見送るタイミングの時にはもう既に眠過ぎて目が閉じかけていた。
「昨日は夜更かしでもしたんですか?」
「……してないです」
 その言葉は強い否定の意味を込めていたはずではあったが、彼の眠気は取り繕えるようなとこにはもう既に存在しておらず、随分ふわふわした口調で紡がれた。
「……自由時間を満喫したい気持ちは貴方にもあるかもしれませんが、今日は早く寝るといいですよ」
「そのつもりです……」
 視界が半分ほど暗転してるのを無理やり開いてサルサはそう返事した。
「…………おやすみなさい、サルサさん」
 そう呟いてウィルが去っていくのを小さく手を振りながら見送ったサルサは見えなくなったのを確認してから扉を閉めた。
 大きく欠伸をしながら洗面所へ向かって、やたらすっきりした顔で部屋に戻ってきたサルサは目を見開いてから小さく呟いた。
「……歯磨きしたら目冴えちゃったな」
 このところいつもこうであった。歯を磨けば、それまで自分のことを脅かしていたはずの眠気は立ち去ってしまい、もう一度訪れるまで待っていれば夜更かしに強制的に移行してしまう。目が覚めやすい成分が入っているというのは重々承知であり、それが朝一の目覚めをシャッキリさせる目的であることも分かってはいたのだが、眠い夜に目を覚ましていいなんて誰も言ってないんだよなぁ、とサルサは思った。
 だが、起きてる訳にもいかない。仕方なく布団に潜って瞳を閉じる。全く眠気が来なくても目は開けないようにする。
 ……結局サルサが眠れたのは二時頃であり、五時頃に目を覚ますサルサにとって睡眠時間が足りなかったのは言うまでもなかった。

1/23/2025, 5:06:07 AM

※二日分のお題を掲載しております
お題「羅針盤」
 静かな書庫の机が並ぶスペースで、今日もサルサはウィルから教育を受けていた。
「今日はこの世界の話でもしましょう。常識、というより歴史ですね」
「……歴史」
「はい。今のこの世界の縮図はもうお分かりですか」
 優しく聞いたウィルに対して若干を目を泳がせながらゆっくりとサルサは呟いた。
「デウス様がいて、アリアさんたちみたいに直接人間界にお触れを出したりする人たちがいて、人間界にはかからないこの世界を守るための職員達がいて、街の人達が職員たちや他の人達に娯楽を提供する施設を経営している……でしたっけ」
「はい、その通りです。誰もが娯楽を楽しめるように、娯楽施設の人たちも週休二日制が取られていて、必ず全ての娯楽施設へ一ヶ月の中で一回はいけるように対策が取られています」
 ウィルは補足をしつつ微笑んだ。サルサは正解していたという安堵から小さくため息をつく。
「さて、この制度になったのは結構前なのですが……その前はどんなものだったと思いますか?」
「…………街の人が娯楽施設を経営してなかった……とか」
 困惑しながら答えを捻り出したサルサに向かってウィルは少し驚いたような顔をした。
「……正解です。ご存知でしたか? それとも簡単すぎましたかね」
「そんな……。当てずっぽうですから……」
「当てずっぽうで答えが分かるなら大したものですよ。さて、その通りです」
 ウィルは微笑んでから説明を始めた。
 むかしむかしこの世界が生まれた時、デウスは真っ先に城を作った。その時は今のように大きなものではなく、一般的な城と言われて想像が出来るような二階建て程度の代物だった。
 そこの玉座にデウスは座って、人間界を眺めるだけだった。
 でも、いつしかどこからか街の人間が生まれた。その人間たちはデウスと一緒にこの世界の文明を作り上げていった。
 デウスの城がある方向を『北』とした羅針盤を制作し、西を工業地帯、東を農業地帯、そして南を娯楽施設の場所としたのだった。
「……しかし、それは失敗に終わったんですよ」
 ウィルが目を伏せながらそう呟いた。
「…………失敗?」
「はい。そもそも、西も東も十分な土地が無かったのです。それに加えてまったく何も知識がなかったのですから」
「…………じゃあどうしたのですか」
「……人間界から捧げて貰うことにしました。何せ、『神様』ですから」
 ウィルは含みのある笑い方をしたが、サルサは目をキラキラと輝かせた。
「つまり、すっごい前からボクが住んでた場所と関わりがあるってことですよね……! すごい……!」
 ウィルは彼のことを見たあとに眉を少し下げて呟いた。
「………………それは、本当に喜ばしいことなんですかね」
 その言葉はまったくサルサには届かなかった。
「この城が北になるような羅針盤を作った、というのも神様らしい発想ですね」
「……そうですね。人間界は方角を弄ることは出来ないんでしたっけ」
「はい……」
「なるほど、じゃあ驚くのも無理はないでしょうが、わりと容易いことなんですよ。なにせ、そういうのを決める物がないので」
「……決めるものがない?」
「はい、方角も方向も。それは外からは基本的に干渉できない概念なので。要するに、自分次第ってことです」
 ウィルは当たり前のことのように言って微笑んだが、サルサにはまったく理解出来ずじまいであった。
 そんなサルサを置いてけぼりにして、時間も説明も進んでいくのであった。

お題「あなたへの贈り物」
「大事にしてる? 私があげた例のアレは…………」
 サルサの部屋を訪れたアリアはそんな言葉と共に部屋に入ったところで、ウィルの姿を視界に入れて言葉を止めた。だが、しかし時すでに遅し。もう既にウィルが不審に思ってしまうサビは彼女の口から漏れてしまっていたため、アリアはウィルの怪訝な顔を拝むこととなってしまった。
「何の話ですか、アリア」
「いやいや、ウィルいたんだね〜。じゃあ、勉強中の邪魔とかしちゃダメか〜」
 アリアはそう呟きながらそっと扉から外へと出ていこうとしたが、ウィルが彼女の手を掴んだことで彼女の思惑もダメになってしまう。
「……何の、話ですか」
 口調こそは丁寧なものの、言葉の発し方に圧があるのはウィルが若干怒ってるからに違いなく、アリアは観念したようにため息をついた。
「大したものでは無いよ。サルサ、キミの頭でっかちな教育係くんに見せてあげて」
 サルサは小さく一回瞬きをした後、ベッド横の小さなサイドテーブルの引き出しを開けて『未来の鍵』だとアリアに渡された黒い星のキーホルダーをウィルに見せた。
「……キーホルダーじゃないですか」
「そうだよ。黒い星なんてどう考えてもレアなんだから、星のかけらを知らない彼にプレゼントしたんだよ」
「……期待はずれと言いますか…………要するに、紛らわしい言い方をしないでください」
 ウィルはぶっきらぼうにそう言いながら、サルサにキーホルダーを返した。
「はいはい。教育係くんが言うなら仕方ないなぁ」
 アリアはそう言うとヒラヒラと手を振ってサルサの部屋を出ていった。
 扉が完全に閉まって、サルサの部屋から離れたアリアはゆっくりと息をついた。
「…………良かった、知らなくて。無知というものは時に大きな脅威となるけど、大抵は騙しやすいただのカモだからね」
 アリアはニコニコと微笑みながらエレベーターへと向かう。
「黒い星のキーホルダーには特別な意味があるんだよ、ちゃんと勉強済ませとかないとね。『教育係』なんだから♪」
 アリアは意地悪そうに呟いた。

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