「今日はここまでです」
そんな言葉と共にウィルは本を閉じた。サルサはその言葉を聞いて息をついた。
「…………疲れた」
「昨日は休んでたんですから、別に大丈夫でしょう」
ウィルは微笑みながらそう言ったがサルサは首を振った。
そもそも昨日熟睡してたのはオフになったからとかそういう理由ではなく、単純に魔法の使いすぎであった。
「まぁ、使えるようになってはしゃぐ理由は分かりますけどね、貴方が使えるのは本当に初歩的なものを少しだけ、なんですよ? 力を増やす、ということにだって貴方の力は使うんですよ? 貴方自身の力を別の物体に変換させてるだけなんですから」
ウィルは若干咎めるように言った。
「……わ、分かってるんですけど…………」
サルサは俯きながらそう呟いた。
「勉強したくないんで…………」
「勉強しなきゃ、ここにはいられませんが」
「そうなんですけどね……」
サルサは困ったような顔で言う。
「……毎日勉強してるけど、意味あるのかなって。明日の為に努力してても、本当に報われてるのかなって思ってしまって……」
その言葉に少し驚いたような顔でウィルは言った。
「…………報われますよ。報われる為にやってるんですから」
「……そう、ですよね」
そう言ったサルサの顔は少し嬉しそうだった。
「…………だいぶ遊んだようですね」
朝、サルサの部屋へと訪れたウィルはため息をつきながらそう呟いた。
「…………す、すみません」
「別に大丈夫です。はしゃぎたくなる気持ちもまぁ、分かりますし」
そう言いつつも若干サルサに目は合わせなかった。ちょっとビックリしてるというより、予想外だった、という感じの顔をしている。
「…………じゃあ、今日は何をしますか!」
明るくサルサが言ったのに対してウィルはニコッと微笑んで刃物を彼の首に当てた。
「う、ウィルさん……?」
そうサルサが言ってもウィルはニコニコと微笑むだけ。しばらくしてから、サルサは小さくため息をついた。
「バレるね〜、ウィル」
そう言った声はアリアの物で、ウィルが瞬きをした瞬間にサルサの姿から本来の彼女の姿に戻っていた。
「当たり前でしょう。逆に何故バレないと思ってるんですか」
「いや〜、私は案外天才ですからね。サルサに変化すればキミのことくらい簡単にだまくらかせると思ったけど上手くいかないね〜、やっぱり」
「サルサさんのことを見分けられなければ教育係は失格だと思いますよ。だいたい、彼はただひとりですから」
「彼は、ってまるで自分や他の奴らには代わりがいるみたいじゃない」
アリアの言葉に対してウィルは何も返さなかった。アリアもゆっくりと瞬きをしてから言った。
「……そうだね、否定も肯定もまぁできないよね。しかも、キミだけじゃない。私も、他のみんなも」
「個々を見られるような場所ではありませんからね」
ウィルは小さくそう呟いた。
「ところでサルサさん本人はどこへ?」
「魔法使いすぎて熟睡中。あと7時間は起きない」
「ですよね」
「できておりますわ」
一日経って『星野加工店』にサルサとウィルが訪れれば、ミアはウインクと共にそう言った。サルサの手の上に置かれたのは少し大きめのキーホルダーだった。星のかけらと同じ色をしたプレートには文字が書かれていた。
「…………これは」
「お城に働いてますよ、っていう示しの物で、そうね、サルサくんのタイプならちょっとだけ『秘密』が隠れてるわ」
「…………秘密?」
サルサが首を傾げると、ミアはウィルの方を見つめた。ウィルがゆっくりと瞬きをすれば、ミアは少しだけため息をつく。
「…………悪い子。貴方はサルサくんの教育係なんじゃないの?」
「……作った人が説明した方が分かりやすいものなんですよ、ミアさん」
「……まったくもう。理屈がちゃんと理解できてない、って言えばそれで終わるのに」
もう一度ため息をついたミアはサルサの手をとった。
「これはね、他のみんなが使える『魔法のようなもの』が使えるようになる道具なの」
「……え?」
サルサはキーホルダーをもう一度見つめた。店内の照明を反射するプレートは神秘的な輝きを纏っていて、ミアの言葉を真実らしい、と思わせるだけの力があった。
「…………どうやって」
「持ちながら、あるいはどこか身体に触れる状態にして、したいことを祈るだけ」
「なるほど」
サルサはギュッとキーホルダーを握ろうとしたが、ミアが彼の手の甲を撫でた。
「ダメ。ここじゃだめなの。ここには星のかけらが多すぎるから、お店で使うと大変なことになっちゃうわ」
「わ、分かりました……」
サルサが申し訳なさそうに呟くとミアは笑った。
「そんな顔しなくていいのよ。お城で試してみてちょうだいね」
城下町から帰ってきたサルサはウィルから『試してみたくて仕方ないようですので、この後はオフにしましょうか』と言われたのも相まって嬉しそうな顔でスキップなんかをしながら部屋に戻ってきた。
どんなことをやろうか、と気持ちを昂らせながらサルサは星のかけらを見つめた。
物を、そして力を増やすことができるのならば、とサルサが新品のノートと共にキーホルダーに向かって祈れば、ノートは二つに増える。大きさやページ数なども全く変わっていなかった。
「本当に魔法みたい……」
サルサはそう呟いた。
キーホルダーの星のかけらは相変わらず光を反射していて、黄色ではなく、カラフルに見える。まるで、彼の手の中に宇宙がすっぽり入ってしまったかのような全能感を抱いたサルサは色んなものを増やしてみようと意気込んで、次の対象を選び始めたのだった。
「昨日言ったとおり、加工房に行きましょうか」
優しく微笑みながらウィルは言ったが、彼に連れられて城下町を歩いているサルサにはその声が届かなかったらしかった。
カラフルな街並みに並ぶ家々はウィルが言った通り娯楽施設として存在していることも相まって、通りを歩きながら覗ける施設内も非常に楽しそうであった。
あそこの施設は遊園地なのか、門の入口からはコーヒーカップのようなものやジェットコースターみたいなものが見える。こちらの施設は映画館なのか、開いた扉の奥でポップコーンを持った少年の姿が見受けられる。それ以外の施設も、人間界にあるものからなさそうなものまで、娯楽の限りを尽くした街となっていて、働いてる人から楽しんでる人まで全ての人が嬉しそうだった、人では無く、あくまでデウスと同じような存在ではあったが。
ウィルに事前に察知されて腕を掴まれていなければ、きっとサルサはあちらこちらを見回してる間に迷子になっていたことであろう。
「ここです」
ウィルの声でサルサが顔をあげると、木造の素朴な建物が目の前にあった。紺色の看板に『星野加工店』という表記がある。
「入りましょうか」
ウィルに連れられてサルサも中に入る。入ると目の前には大きな茶色の机があって、星のかけらを小さくした形をしたキーホルダーや、ネックレスなどのアクセサリーが並んでいる。壁沿いにもテーブルがあり、そこにも色んな商品が置いてある。
そこに一瞥もくれずにウィルは奥へと行って、奥にいる女性に話しかけた。
「……こんにちは」
「おはよう、にも近い時間ではあるわ。酷い人。こんな時間に押しかけるなんて…………って、後ろの子は?」
爽やかな声でウィルに対して咎めるように言った女性はサルサにとって向けて微笑んだ。
「は、はじめまして…………サルサと申します」
「はじめまして。私はここ、『星野加工店』の店主、ミアと言うわ。よろしくね、サルサくん」
ミアは柔らかく微笑んだ。
「ミア。先日の星の欠片を『例のアレ』に変えて欲しい」
「あら、そういうことなら容易い御用よ」
そう言いながら微笑んだミアとウィルに目を向けられ、サルサは困ったような顔で笑った。
「………?」
「出してください。星のかけらを」
ウィルに優しく諭されるように言われて、サルサは慌ててカバンの中から星のかけらを取り出した。沢山の黄色と一つの白色と虹色がキラキラと店内の照明を反射し始めた。
「あら、虹色。キラキラしてて綺麗ね。でも、今回は黄色を五個だけよ。他は大丈夫なの。せっかく出してくれたのにごめんなさいね」
ミアはそう言いながら、五個の黄色の星を手に取った。
「中にいるうちに閉まっておかないと、イタズラな風に星のかけらがさらわれちゃうわ」
ウインク一つと共にそう言ったミアに対してサルサは首を傾げつつもしまった。
「…………もう、そんな時間ですか。……早く出たはずなんですけど」
「ここはそういうところ。時間を奪う星のかけらに捕らわれちゃっているからね」
「…………なるほど。今回は幾分時間がかかるということですか」
「そんなことないわ。明日には出来ると思う」
「それじゃあ、お代もその時に」
「分かったわ」
ミアの微笑みを無視してウィルはサルサに向き直った。
「ということでまた明日です。今日は帰りましょうか」
「…………わ、分かりました」
「また来てね、サルサくん。ウィル」
ミアはヒラヒラと手を振り、それに対して二人はお辞儀をして店を出た。瞬間、強い風に煽られる。
「うわぁ……!?」
「……『いたずらな風』ですよ。幸い向かい風では無いのでこのまま帰りましょう。力を抜いて」
「え…………?」
ウィルの言葉にサルサは聞き返したが、ウィルは風に吹かれてどこかへと去っていってしまう。サルサも恐る恐る力を抜けば、風に押されて空へと舞い上がった。
「……え」
空から落ちることなく風に押され続けたサルサだったが、ふっとした拍子に下に落とされる。サルサがはギュッと目を瞑ったが、いつまでたっても強い衝撃は訪れず、代わりに『ポスン』という音がした。
「お疲れ様でした、サルサさん」
ウィルの声が届いて目を開けばバルコニーのようなところでウィルに抱き止められている。
「…………ウィル、さん」
「ここは城です。いたずらな追い風が吹く時間帯はこんな時間で帰ります。向かい風だったら諦めて努力しながら家に帰りましょう」
ウィルはなんでもないことのように微笑んだ。
※二日分のお題を掲載しております
お題「あなたの元へ」
「今日は…………その、オフにして貰えますか」
非常に申し訳なさそうに、そして嫌そうにウィルは言った。
「…………また別件が入ったんですか?」
「……残念、ながら」
眉をひそめて、小さくため息をつきながら言った。
「全く……あまり疑いたくはありませんが、誰かの陰謀としか思えません。教育係以外の仕事は基本的に割り振られることはない、なっていたはずなのですが……」
「……それでも、ウィルさんを必要としなくてはならないようなことになっているのかもしれませんし、どうか気を落とさないで下さい」
「…………はぁ。面倒ですが、行ってまいります。前回の休みと同様に、行ける場所ならどこへでもどうぞ。外には出ないでくださいね」
ため息をついて心底嫌そうに言ったウィルに対して、ゆっくりと大きくサルサが頷けば満足げな顔で去って行った。
それにしても多い方である。まだここに来て二週間弱。その間に三回も別の仕事に追われているとなると、誰かの差し金としか思えないような状況だった。もちろん、そんなわけではないのだが。
さて、どうするか、と言いたげにサルサはテーブルの前に座った。最近教わってるのは専ら社会情勢や、力の均衡の話であり、座学であった。そのため、復習をした方が良いような具合ではあったが、いかんせん、そんなことをするようなやる気が人間に湧いてくるものでない。それはサルサも例外でなかった。
結局、熟考の末にサルサは立ち上がって外へ出た。
サルサが向かったのは先日にアリアに紹介された鏡がある部屋……のはずだった。せっかくならアリアの元へと向かって鏡の話やら、自分に執着されている気がすることへの言及やらをしたかったのである。
しかし、あの部屋は二十一階であって、サルサの部屋は二階であった。階段を使うしか選択肢のない彼は十九階分もの階段を登らなきゃいけないのである。
彼がそのことに気づいたのは階段で五階に上がった時であった。そこまで体力がある訳では無い彼が、後どのくらい登ればいいんだっけ、と踊り場のベンチに座って休憩しながら考えようとした時にその考えに至ったわけである。
「…………やら、かした……」
行けるわけがなかった。とんでもなくむちゃであった。城はとてもデカく、また一階分もまあそこそこでかく、そのために一階分にまぁだいたい六十段くらいは踊り場を挟みつつも存在していた。
「…………もう一歩も動きたくない……」
小さくため息を着きながらそう呟いたサルサは呼吸が荒く、若干虚ろな目をしていた。
アリアの元へと行きたかったのだ。見たことないものを無邪気に教えて貰えるアリアの元へ。それなのに彼女の地位が高いからか、それとも下のエリアは全部居住地なのか、全く彼女に会えるような見込みはなかった。
「…………会いに行きたかったな」
サルサはベンチで背もたれに体重を乗せながらそうこぼした。
サルサが休憩をしてる間も、彼が帰ってからもその階段には誰も訪れなかった。階段なんて不便だからであり、サルサ以外の職員は全員エレベーターにのれるからである。
その日アリアはウィルと同じ仕事に出ていて不在だったことを、サルサは知らない。
お題「透明な涙」
「今日は城下町に行くので、その服じゃなくて、こちらに着替えていただけますか」
部屋を訪れたウィルが持っていたのは、緑のタータンチェックがあしらわれたベストと白いシャツ、紺色の長ズボンだった。
「………城下町、に」
「はい。城の勤務服で行ってしまうと余計な敬いみたいなものが発生します。私たちは若干慣れたところはありますが…………貴方は嫌でしょう?」
伺いをたてるように眉を下げながら問いかけたウィルに対してサルサはゆっくり頷いた。
ウィルはほっとしたように笑って服をサルサに渡して部屋の外へと出ていった。
サルサは新しい服を見つめてため息をついた。いくら今の制服に慣れてきたといっても、身の丈に合っていないと感じる服を着るにはやはり抵抗が生じるのだ。サイズは合っていそうだが、サルサにとってはそういう問題ではないのだ。
供物ということを隠されているというのだから、そもそも彼に対して身の丈に合ってない、などという者はどこにも居ないはずだったが、彼にとって忌避してしまうのはどうしようもないことであった。
だからなのか否か、着替えるのに三十分を要した始末である。
着替えを終えて星のかけらをバックに入れて準備が完璧にできたサルサが扉を開けた時、ウィルはため息をつきながら「……次回はもう少しだけ早く着替えてくださいね」と言った。
城は黒で基調とされていたが、城下町はカラフルな色合いをしていた。
「………わぁ、カラフルで綺麗……」
「娯楽施設が主なので、色んな色が溢れていますね」
ウィルはそう言いながら微笑んだ。
「……で、どこかに行くんですか?」
「…………今日は、見るだけです。星のかけらを加工して貰うのは明日にでもしましょうか」
ウィルは呟いた。
「なんか…………人間界にもないようなカラフルさですね。お城の近くでしか見たことないや……」
サルサがそう言いながらウィルの方を見ると透明な涙を流していた。
「………………ウィル、さん?」
「……ああ、すみません。………………綺麗でしょう」
ウィルは問いかけに対して微笑みながらそう返した。
「……昨日みたいに貴方の教育係を休んでいる時は、この街のことを守っているんです。だから、こうして任務の次の日とかに街を見てしまうと……涙が、出てしまうんですよね。守れてよかった、なんて…………貴方たちに信仰されている者が言いそうなことではまったくありませんが」
ウィルの涙は光を反射してキラキラと輝いていた。