※二日分のお題を掲載しております
お題「あなたの元へ」
「今日は…………その、オフにして貰えますか」
非常に申し訳なさそうに、そして嫌そうにウィルは言った。
「…………また別件が入ったんですか?」
「……残念、ながら」
眉をひそめて、小さくため息をつきながら言った。
「全く……あまり疑いたくはありませんが、誰かの陰謀としか思えません。教育係以外の仕事は基本的に割り振られることはない、なっていたはずなのですが……」
「……それでも、ウィルさんを必要としなくてはならないようなことになっているのかもしれませんし、どうか気を落とさないで下さい」
「…………はぁ。面倒ですが、行ってまいります。前回の休みと同様に、行ける場所ならどこへでもどうぞ。外には出ないでくださいね」
ため息をついて心底嫌そうに言ったウィルに対して、ゆっくりと大きくサルサが頷けば満足げな顔で去って行った。
それにしても多い方である。まだここに来て二週間弱。その間に三回も別の仕事に追われているとなると、誰かの差し金としか思えないような状況だった。もちろん、そんなわけではないのだが。
さて、どうするか、と言いたげにサルサはテーブルの前に座った。最近教わってるのは専ら社会情勢や、力の均衡の話であり、座学であった。そのため、復習をした方が良いような具合ではあったが、いかんせん、そんなことをするようなやる気が人間に湧いてくるものでない。それはサルサも例外でなかった。
結局、熟考の末にサルサは立ち上がって外へ出た。
サルサが向かったのは先日にアリアに紹介された鏡がある部屋……のはずだった。せっかくならアリアの元へと向かって鏡の話やら、自分に執着されている気がすることへの言及やらをしたかったのである。
しかし、あの部屋は二十一階であって、サルサの部屋は二階であった。階段を使うしか選択肢のない彼は十九階分もの階段を登らなきゃいけないのである。
彼がそのことに気づいたのは階段で五階に上がった時であった。そこまで体力がある訳では無い彼が、後どのくらい登ればいいんだっけ、と踊り場のベンチに座って休憩しながら考えようとした時にその考えに至ったわけである。
「…………やら、かした……」
行けるわけがなかった。とんでもなくむちゃであった。城はとてもデカく、また一階分もまあそこそこでかく、そのために一階分にまぁだいたい六十段くらいは踊り場を挟みつつも存在していた。
「…………もう一歩も動きたくない……」
小さくため息を着きながらそう呟いたサルサは呼吸が荒く、若干虚ろな目をしていた。
アリアの元へと行きたかったのだ。見たことないものを無邪気に教えて貰えるアリアの元へ。それなのに彼女の地位が高いからか、それとも下のエリアは全部居住地なのか、全く彼女に会えるような見込みはなかった。
「…………会いに行きたかったな」
サルサはベンチで背もたれに体重を乗せながらそうこぼした。
サルサが休憩をしてる間も、彼が帰ってからもその階段には誰も訪れなかった。階段なんて不便だからであり、サルサ以外の職員は全員エレベーターにのれるからである。
その日アリアはウィルと同じ仕事に出ていて不在だったことを、サルサは知らない。
お題「透明な涙」
「今日は城下町に行くので、その服じゃなくて、こちらに着替えていただけますか」
部屋を訪れたウィルが持っていたのは、緑のタータンチェックがあしらわれたベストと白いシャツ、紺色の長ズボンだった。
「………城下町、に」
「はい。城の勤務服で行ってしまうと余計な敬いみたいなものが発生します。私たちは若干慣れたところはありますが…………貴方は嫌でしょう?」
伺いをたてるように眉を下げながら問いかけたウィルに対してサルサはゆっくり頷いた。
ウィルはほっとしたように笑って服をサルサに渡して部屋の外へと出ていった。
サルサは新しい服を見つめてため息をついた。いくら今の制服に慣れてきたといっても、身の丈に合っていないと感じる服を着るにはやはり抵抗が生じるのだ。サイズは合っていそうだが、サルサにとってはそういう問題ではないのだ。
供物ということを隠されているというのだから、そもそも彼に対して身の丈に合ってない、などという者はどこにも居ないはずだったが、彼にとって忌避してしまうのはどうしようもないことであった。
だからなのか否か、着替えるのに三十分を要した始末である。
着替えを終えて星のかけらをバックに入れて準備が完璧にできたサルサが扉を開けた時、ウィルはため息をつきながら「……次回はもう少しだけ早く着替えてくださいね」と言った。
城は黒で基調とされていたが、城下町はカラフルな色合いをしていた。
「………わぁ、カラフルで綺麗……」
「娯楽施設が主なので、色んな色が溢れていますね」
ウィルはそう言いながら微笑んだ。
「……で、どこかに行くんですか?」
「…………今日は、見るだけです。星のかけらを加工して貰うのは明日にでもしましょうか」
ウィルは呟いた。
「なんか…………人間界にもないようなカラフルさですね。お城の近くでしか見たことないや……」
サルサがそう言いながらウィルの方を見ると透明な涙を流していた。
「………………ウィル、さん?」
「……ああ、すみません。………………綺麗でしょう」
ウィルは問いかけに対して微笑みながらそう返した。
「……昨日みたいに貴方の教育係を休んでいる時は、この街のことを守っているんです。だから、こうして任務の次の日とかに街を見てしまうと……涙が、出てしまうんですよね。守れてよかった、なんて…………貴方たちに信仰されている者が言いそうなことではまったくありませんが」
ウィルの涙は光を反射してキラキラと輝いていた。
1/17/2025, 4:50:00 AM