シオン

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※二日分のお題を掲載しております
お題「羅針盤」
 静かな書庫の机が並ぶスペースで、今日もサルサはウィルから教育を受けていた。
「今日はこの世界の話でもしましょう。常識、というより歴史ですね」
「……歴史」
「はい。今のこの世界の縮図はもうお分かりですか」
 優しく聞いたウィルに対して若干を目を泳がせながらゆっくりとサルサは呟いた。
「デウス様がいて、アリアさんたちみたいに直接人間界にお触れを出したりする人たちがいて、人間界にはかからないこの世界を守るための職員達がいて、街の人達が職員たちや他の人達に娯楽を提供する施設を経営している……でしたっけ」
「はい、その通りです。誰もが娯楽を楽しめるように、娯楽施設の人たちも週休二日制が取られていて、必ず全ての娯楽施設へ一ヶ月の中で一回はいけるように対策が取られています」
 ウィルは補足をしつつ微笑んだ。サルサは正解していたという安堵から小さくため息をつく。
「さて、この制度になったのは結構前なのですが……その前はどんなものだったと思いますか?」
「…………街の人が娯楽施設を経営してなかった……とか」
 困惑しながら答えを捻り出したサルサに向かってウィルは少し驚いたような顔をした。
「……正解です。ご存知でしたか? それとも簡単すぎましたかね」
「そんな……。当てずっぽうですから……」
「当てずっぽうで答えが分かるなら大したものですよ。さて、その通りです」
 ウィルは微笑んでから説明を始めた。
 むかしむかしこの世界が生まれた時、デウスは真っ先に城を作った。その時は今のように大きなものではなく、一般的な城と言われて想像が出来るような二階建て程度の代物だった。
 そこの玉座にデウスは座って、人間界を眺めるだけだった。
 でも、いつしかどこからか街の人間が生まれた。その人間たちはデウスと一緒にこの世界の文明を作り上げていった。
 デウスの城がある方向を『北』とした羅針盤を制作し、西を工業地帯、東を農業地帯、そして南を娯楽施設の場所としたのだった。
「……しかし、それは失敗に終わったんですよ」
 ウィルが目を伏せながらそう呟いた。
「…………失敗?」
「はい。そもそも、西も東も十分な土地が無かったのです。それに加えてまったく何も知識がなかったのですから」
「…………じゃあどうしたのですか」
「……人間界から捧げて貰うことにしました。何せ、『神様』ですから」
 ウィルは含みのある笑い方をしたが、サルサは目をキラキラと輝かせた。
「つまり、すっごい前からボクが住んでた場所と関わりがあるってことですよね……! すごい……!」
 ウィルは彼のことを見たあとに眉を少し下げて呟いた。
「………………それは、本当に喜ばしいことなんですかね」
 その言葉はまったくサルサには届かなかった。
「この城が北になるような羅針盤を作った、というのも神様らしい発想ですね」
「……そうですね。人間界は方角を弄ることは出来ないんでしたっけ」
「はい……」
「なるほど、じゃあ驚くのも無理はないでしょうが、わりと容易いことなんですよ。なにせ、そういうのを決める物がないので」
「……決めるものがない?」
「はい、方角も方向も。それは外からは基本的に干渉できない概念なので。要するに、自分次第ってことです」
 ウィルは当たり前のことのように言って微笑んだが、サルサにはまったく理解出来ずじまいであった。
 そんなサルサを置いてけぼりにして、時間も説明も進んでいくのであった。

お題「あなたへの贈り物」
「大事にしてる? 私があげた例のアレは…………」
 サルサの部屋を訪れたアリアはそんな言葉と共に部屋に入ったところで、ウィルの姿を視界に入れて言葉を止めた。だが、しかし時すでに遅し。もう既にウィルが不審に思ってしまうサビは彼女の口から漏れてしまっていたため、アリアはウィルの怪訝な顔を拝むこととなってしまった。
「何の話ですか、アリア」
「いやいや、ウィルいたんだね〜。じゃあ、勉強中の邪魔とかしちゃダメか〜」
 アリアはそう呟きながらそっと扉から外へと出ていこうとしたが、ウィルが彼女の手を掴んだことで彼女の思惑もダメになってしまう。
「……何の、話ですか」
 口調こそは丁寧なものの、言葉の発し方に圧があるのはウィルが若干怒ってるからに違いなく、アリアは観念したようにため息をついた。
「大したものでは無いよ。サルサ、キミの頭でっかちな教育係くんに見せてあげて」
 サルサは小さく一回瞬きをした後、ベッド横の小さなサイドテーブルの引き出しを開けて『未来の鍵』だとアリアに渡された黒い星のキーホルダーをウィルに見せた。
「……キーホルダーじゃないですか」
「そうだよ。黒い星なんてどう考えてもレアなんだから、星のかけらを知らない彼にプレゼントしたんだよ」
「……期待はずれと言いますか…………要するに、紛らわしい言い方をしないでください」
 ウィルはぶっきらぼうにそう言いながら、サルサにキーホルダーを返した。
「はいはい。教育係くんが言うなら仕方ないなぁ」
 アリアはそう言うとヒラヒラと手を振ってサルサの部屋を出ていった。
 扉が完全に閉まって、サルサの部屋から離れたアリアはゆっくりと息をついた。
「…………良かった、知らなくて。無知というものは時に大きな脅威となるけど、大抵は騙しやすいただのカモだからね」
 アリアはニコニコと微笑みながらエレベーターへと向かう。
「黒い星のキーホルダーには特別な意味があるんだよ、ちゃんと勉強済ませとかないとね。『教育係』なんだから♪」
 アリアは意地悪そうに呟いた。

1/23/2025, 5:06:07 AM