サルサが深いため息をついたことに驚いたようにウィルは瞬きをした。
「……どうしたんですか」
「昨日の緊張がようやく解けてきたような気がして……」
「…………今ですか」
今は一夜明けてから数時間が経っている昼過ぎである。ウィルの困惑も驚きも至極真っ当なものだった。
困惑している顔で見つめられてウィルは目を逸らした。
「……デウス様はボクらにとっては神様ですから、簡単に、とまではいかなくてもご尊顔を拝見する機会があるというだけでだいぶ緊張するんです」
ウィルはその言葉に全くピンと来ない顔ではあったが、視界をあっちゃこっちゃにやったあげく『よし』と呟いてサルサに対して微笑んだ。
「要するに夢心地ということですか? だったら一つ私のお気に入りの場所に行きましょう」
ウィルが立ち上がって出口に向かって歩き出す。サルサが本を開きっぱなしなことを気にしてそっと呼びかける。
「……本、置いたままですよ」
「サルサさんのノートだけ閉じといて下さい。近い場所ですけど、念の為」
ウィルはニコニコと微笑んだ。
書庫から数分歩いた先にはバルコニーが存在する。花がプランターに植えられていて、透明な屋根がついている。バルコニーの柵は丁寧な装飾が施されていて、オシャレなパラソル付きのテーブルと椅子が二脚セットしてあった。
「……オシャレ、ですね」
「でしょう!」
サルサが圧倒された感じで言うと、ウィルは自慢げにそう言った。その様子はまるで無邪気な子供みたいで、笑顔もいつものような大人な微笑みではなく、満面の笑みであった。
「ここでたまに休憩をするんです。外を眺めたり、飲み物とお菓子を持ってきてつまんでみたり、 本を読んだりすることもあります」
青い月が光る空は晴れていて、柔らかい風が吹いている。一年中気候が変わらないこの世界では、どんな時にやってきても心地が良さそうに見えた。
ウィルが椅子に座ったので、サルサも向かいの席に座るとウィルは口を開いた。
「……少なくとも一年間はサルサさんはこの世界にいるんですよ」
「……え? は、はい」
「だから、その間にデウス様に呼ばれることだってまたあるんです。だから、そんなに緊張してはいけませんよ」
ウィルは空を見ながら続ける。
「……きっと、上手くいかなくても死んだりはしません。あの方は優しい方ですから。だから、貴方の……そうですね、格好つけた言い方をするならば、人生という名の物語はまだ当分終わらないので、気楽に生きていきましょうね」
優しい口調で言われたサルサはそっと微笑みながら頷いた。柔らかい風が二人の間を吹き抜けていった。
1/26/2025, 5:16:00 AM