一般的に人間の顔は、光り輝いていることなんてない。だけれども、時にキラキラと輝いているように見える時がある。それは自分に向けられた満面の笑みだったり、何か楽しいことをしている時に見せる綺麗な笑顔だったり、恋をしている相手の表情だったり。
そんな一瞬の気まぐれのようなきらめきを閉じ込めることは、基本的にできない。だけれども、それは閉じ込めたいと思ってしまったのだ、僕は。
だけれども、まぁ、現実はうまくいくわけがない。きらめきというものは、永続的ではなく、それを保ち続けるにもエネルギーがいるし、何より、相手との信頼関係が必要なのだ。
「…………どういうつもり」
警戒がにじみ出る声音でそんなことを呟いた彼女の表情が、まさか光り輝いてるわけがなく、むしろ、最初に会った頃のように、まるで敵を見ているかのように睨みつけていた。
「だから、最初に言っただろ。君の笑顔が、いや君の顔がとても光り輝いて見えたからさ、いつでも見えるように閉じ込めようと思ったんだよ」
「…………こんな真似許されると思ってるの? ボクは権力者なんだよ」
だから何なのだと言ったら、彼女のプライドを傷つけることなど、百も承知で。まさかそんな言葉を吐いてまで、彼女の輝きをさらに遠ざけたいとは思わないから、僕は曖昧に微笑んだ。だけど、その態度が逆に彼女の機嫌を損ねたらしい。さらに不機嫌な顔でこちらを見つめた。
「…………ずっと一緒にいて、少しは君のことわかってきたと思ったんだけど」
「相手の本質をそんなたかが数ヶ月にも満たないような年月で測ろうなんてのもおかしな話じゃないかい?」
「………………そうかもしれないけれど。でも、まさかそんな馬鹿げた理由で、ボクのこと鳥かごに閉じ込めるなんて思わなかった」
白い鳥かご。網目模様になっているけれどせいぜい手しか出ないような、そんな細い隙間が無数に空いている、そんな鳥かごに彼女は閉じ込められている。
手にしたかったきらめきは自分がその芽ごと潰してしまったらしいけれど、彼女が反抗的な態度をしながらも、こちらに対抗するすべがなくて鳥かごの中に収まっている様子を見るのは、少しだけ優越感を感じて。
だから、当社の目的は達成できていないというのに、彼女のことを解放できないのだろうなんて、僕は自分のことを嘲笑った。
(現パロ)
こちらから連絡を送った数分後、『ピコン』という軽快な音が返事が来たことを伝えてきた。
通知に見える文字は『フォルテがスタンプを送信しました』という文字だけ。
普段なら何の連絡が来たのだろうとすぐに気になって開いてしまうけれど今日ばかりは、いいや今だけはそのメッセージを開くことができなかった。
別に特段忙しいわけでもない。返せない状況なわけでもない。さっきまでしていたことといえば、ぼーっと漫画を読んでいただけで、キリが悪いとかでも全然なくて、ちょうどぴったり話と話の間だった。
それでもボクはメッセージを開くことができない。
ついさっきメッセージ上で告白をしたばかりか、直接的な言葉をかけられるのが嫌だからという理由だけで、返事はスタンプで書いてほしいなんて言ってしまったから。
だから、今の通知は、その告白の返事なのだ。
軽はずみに、深夜テンションで、その場のノリで、告白をしてしまったのだ。
命がかかっているとかプロポーズとか、まぁともかく格好つけなければいけない場面ではなかったかもしれないけれど、少なくとも、そんな勢いで話すようなものではない。
それの返事なんてものを開くには、ちょっとだけ勇気が足りなくて、もう少しだけ寝かせることにしてしまった。
(現パロ)
ふと彼女が隣の席に座った時甘い香りがした。
香水なんてつけるタイプだっただろうか? いや、そんなはずはなかった。昨日までの香りだってこんなシトラスのような香りではなかったし、もっともっとフローラルなまるで柔軟剤のような香りをしていたのだ。
そんなことを思ってから我ながら気持ち悪いなと、そう思ってしまった。いくら好意を寄せている人間とはいえ、クラスメイトになったばかりの隣席の少女の香りを覚えているだなんて、まるで、不審者のようじゃないか。
そんなことを自虐的に考えてしまったとしても、とにかく気になることは気になるもので、まるで、彼女に誰か彼氏でもできたんじゃないかなんて、思考がぐるぐると回った。
それでも尋ねることはできない。それはさっき、自虐的に考えてしまったということも片棒を担いでおり、そこまですごく仲良くない異性から『今日は、香水つけてるんだ。珍しいね』などと、急に言われるのも甚だ、不審者のようにしか見えないだろう。そんなわけで、結局真実も知れないままモヤモヤすることしかできなかった。
「…………あれ、今日香水つけてない?」
友人にそう問いかけられた。
「……ああ、うん。なんとなく」
そんな下手な誤魔化しで友人は納得してなるほどねー、なんて言葉を呟いた。
意味のない行動はしないとは言えないけれど、少なくとも、香水はつけてきたのには、理由があって。
姉から押し付けられたこの香水はどうやら恋を叶えてくれる作用があるらしい。それで、まぁ恋をしている隣席の彼にジンクスが作用すればいいなんて淡い期待と共につけてきた。彼がどう思ってるかボクには分からないし、それを問いかける勇気もないけれど何も言ってこないってことは嫌じゃないのかもしれない、なんて、ポジティブな思考回路を無理やり回した。
演奏者くんはボクに好意を持ってくれたりするんだろうか。そこんところは正直よく分からない。
ただ、彼はきっとあまりボクに対して悪口は言わないだろう、なんて感じがした。
「…………ボクのこと、嫌い?」
それなのに、まるでメンヘラのようにボクはそう聞いてしまった。
「……え?」
演奏者くんは頭にハテナマークを浮かべて、困ったような顔をした。
「…………好き?」
説明をきっと求めているであろう彼に、重ねるようにそう聞くと、眉をひそめつつ彼は口を開いた。
「…………嫌いじゃないよ」
「…………」
好きじゃないってこと? なんて口から出そうになったのを止められたのは良かったんじゃないだろうか。
『嫌いじゃない』、か。
「……きみは」
「……え?」
「きみは、僕のことが好きなのかい?」
彼はそう言った、ボクの目を真っ直ぐ見つめながら。
その答えを返そうと口を開いたとき、上からふわっと手で口を塞がれてしまった。
「…………言葉はいらないよ。ただ………………これからの行動で示して」
彼はそう言って笑った。光のない青色の瞳に吸い込まれそうだと錯覚しそうだった。
まだ演奏会に時間があるし、せっかくだから家で何かしようと思いつつも、特にすることがなくてぼんやりと外を眺めているたらコンコンと扉がノックされる音がした。
誰だろうなんて疑問が頭によぎったすぐ後に、そもそも意志を持って扉を叩ける人間など権力者しかいないんじゃないかと、そう気づいてしまった。悲しい事実である。
それでも心のどこかでもしかしたら迷い子が扉をノックしてくれたんじゃないかという期待と共に開けば、最初の予想通り権力者が微笑んでいた。
「来ちゃった」
彼女はそう言った。
「何しに来たんだい?」
特に用はないだろうという気持ちを込めてそう問いかければ、彼女はニコニコと笑いながら言ったのだ。
「まあいいじゃん。たまにはさ、外だけじゃなくてお家の中とかさ、そういうところで交流するのもありじゃない?」
「一理あるような無いような……君はいつもそんな感じだね」
「褒めてるようで、褒めてない。そういうところが嫌い」
むっとした顔で言った権力者になんとなく可愛いなんて感情を抱いてしまって、慌ててその思考回路を首をぶんぶんと振ることによってかき消した。
「どうしたの? 急に首なんて振っちゃって…………大丈夫?」
「ああ、平気さ」
なるべく表情を取り繕いながら、いつものように接する。それでももう既に浮かんでしまった思考回路というものは、簡単に消えないもので、なんだかんで笑っているだけで、もう可愛いような気がしてくる。
やはり長い間連れ添っていると、たとえ皮肉しか言ってこないような敵対関係のやつでもそれなりに好意的に見えてしまうんだなということに、少しだけ呆れてしまった。