シオン

Open App

 まだ演奏会に時間があるし、せっかくだから家で何かしようと思いつつも、特にすることがなくてぼんやりと外を眺めているたらコンコンと扉がノックされる音がした。
 誰だろうなんて疑問が頭によぎったすぐ後に、そもそも意志を持って扉を叩ける人間など権力者しかいないんじゃないかと、そう気づいてしまった。悲しい事実である。
 それでも心のどこかでもしかしたら迷い子が扉をノックしてくれたんじゃないかという期待と共に開けば、最初の予想通り権力者が微笑んでいた。
「来ちゃった」
 彼女はそう言った。
「何しに来たんだい?」
 特に用はないだろうという気持ちを込めてそう問いかければ、彼女はニコニコと笑いながら言ったのだ。
「まあいいじゃん。たまにはさ、外だけじゃなくてお家の中とかさ、そういうところで交流するのもありじゃない?」
「一理あるような無いような……君はいつもそんな感じだね」
「褒めてるようで、褒めてない。そういうところが嫌い」
 むっとした顔で言った権力者になんとなく可愛いなんて感情を抱いてしまって、慌ててその思考回路を首をぶんぶんと振ることによってかき消した。
「どうしたの? 急に首なんて振っちゃって…………大丈夫?」
「ああ、平気さ」
 なるべく表情を取り繕いながら、いつものように接する。それでももう既に浮かんでしまった思考回路というものは、簡単に消えないもので、なんだかんで笑っているだけで、もう可愛いような気がしてくる。
 やはり長い間連れ添っていると、たとえ皮肉しか言ってこないような敵対関係のやつでもそれなりに好意的に見えてしまうんだなということに、少しだけ呆れてしまった。

8/28/2024, 2:22:48 PM