「こんな時間まで何してたんだ」
最寄駅に着くと、キミが立っていた。
「なんで?」
こんなところに、いるの、と言い切る前に肩を強く掴まれる。
「……っ」
「質問に答えろ。こんな時間までどこ行ってたんだ」
「ちょっと!痛い!」
キミのことを強く睨んだ。なぜこんなに責められなければならないのか理解できなかった。
質問に答えない私に、キミはますます苛立って私の肩をさらに強く掴む。
その痛さに、自然と涙がこぼれた。
「……!」
流石にやりすぎたと思ったらしく、キミは無言で腕を引く。
そのまま黙っているキミをしっかり見つめる。見れば今日は涼しかったのに汗だくだった。
「……もしかして、私のこと探してくれてた?」
「当たり前だろう!こんな時間になっても連絡ひとつよこさない、こっちから連絡しても返信もない!これ以上見つからなかったら警察に連絡するところだった……」
はあーっ、と大きく息を吐いてキミはその場に座り込む。
「……バイト」
「……は?」
「バイト先で欠勤が出ちゃって、それで残業断れなくて、気づいたらこんな時間なっちゃってた」
連絡できなくて、ごめん。最後は声が掠れて聞こえるか聞こえないかしか言うことができなかった。
「……」
キミはスッと立ち上がった。私は下を向いたままで、表情を確認することはできない。
私のほうに、長い腕が伸びてくる。また掴まれる!と思ってギュッと目をつむった。
果たして、腕は私の背中に回されてそのままキミの方へ引き寄せられた。
「……へ?」
「頼むから、次からは連絡してくれ。終わってからでもいい。そうしたら僕が迎えに行くから」
私は軽く混乱していた。普段こんなことされたことがない、なんで抱きしめられているのかさっぱり分からなかった。
「もしかして、すごく心配してくれて、た……?」
「……ああ」
小さな声でキミは答える。
「頼むから、もうこんなことはしないでくれ……」
「……うん。ごめんね」
そう言って私も抱きしめ返した。
ああ、こんなにも、誰よりも愛されているって感じて良いのだろうか。
今だけ、この瞬間だけは、許して欲しい。そう祈りながら温もりに体を託した。
「私たち、いつまで一緒にいられるかな?」
ふと思ったことを口に出すとキミは不思議そうに首を傾げた。
「どういうことだ?」
「だって、ここを卒業したら私たち別々の道に進むでしょう?そしたら今よりもずっと会う時間も減るじゃん」
少し考えるように、キミは顎に手を置いた。
「……それはつまり、別れるってこと、か?」
「可能性があるってだけだよ」
私がそう答えるとキミは思ってもなかったとばかりに小さくなるほど、と呟いき俯いた。
しばらく私たちの間には沈黙が漂っていた。
「僕は」
沈黙をキミの言葉がかき消した。
「この先も君といられるって考えてた」
私の目を真っ直ぐに見てキミは言った。
「それってプロポーズ……?」
言葉が、胸の中にじんわりと広がる。
急に恥ずかしくなって照れ隠しで意地悪なことを聞いてしまう。
「そう言うわけじゃないが……」
らしくない言葉を吐いてしまった、とキミは目を逸らしてしまう。
あぁ、どうして私は素直じゃないんだろう。単純に私も!って言えばよかったのに。
「はははっ、いいよ。私だってずっと一緒にいられるって思ってるもん」
あくまで冗談めいたフリをした。
このままずっと、離れたくない。ずっと側にいて、なんて、キミに言ったら重い女って思われそうだから。
「夕日ってさ、ズルいよねー」
「?何が」
「皆んなから美しいと思われてるところ」
それのどこが?とキミは聞き返す。
「同じ太陽なのにさ、夕日とか朝日とか、自分が見ることができるようになって初めて皆んな美しいと思うじゃん」
本当に美しいと思われるべきは日中の照らしてくれる太陽のことだと私は思う。
断言した私にキミは笑った。
「君は変に詩人みたいなところがあるよな」
いいじゃないか、それでも、とキミは静かに呟いた。
「始まりと終わりだけでも誰かが見てくれるなんて幸せなことだよ。世界はそうじゃない奴ばかりだ……」
その横顔が悲しそうに見えた。
「じゃあ私はキミの終わりまで一緒にいるね」
叶うか分からないことを思わず口にしていた。
「ひとつだけあの世に持っていけるならなにがいい?」
「……普通、無人島とかじゃないのか?」
「そんなのつまんないじゃん。キミなら死んだときのことくらい考えたことあるでしょ?」
「君は死んだら三途の川を渡るとでも思ってるのか。死んだら何もない、全部終わりだよ」
そう言ってキミは話を終わりにしようとする。
「えー、絶対違うよ。あの世もあるし幽霊だってきっといるよ!」
一個くらい思いつくでしょ、と駄々を捏ねる私に、キミはうんざりしたような顔をする。
「……逆に聞くけど、君は何を持っていくつもりなんだ」
あまりにしつこい私に、しょうがないなあと言わんばかりにキミは問いかけた。
「私?私はねえ、キミがいてくれたらいいなって思ってる!」
そう言うと、キミは面食らったとばかりに目をぱちくりさせた。
「僕は持っていけないだろう?一緒に心中でもするつもりか?」
何を馬鹿なことを、とキミは言う。
「そんなことしないよ。ていうか、キミはしてくれないでしょ」
「当たり前だろ」
「だから待ってる」
「え?」
「私が先に死んだら、あの世に行く道の途中でキミのこと、ずーっと待ってる。だから逆だったらキミも待ってて」
私は笑って言えていただろうか。
「……僕は待ってるか分からないぞ」
そう言ったキミの顔は嘘をついているときの顔だった。
帰り道、ふと空を見上げれば三日月が煌々と光ってる。
あんなに光ってるのに、まんまるじゃないところがどうしてだろう、キミに似ていた。
その欠けたところを埋めないで、キミがキミのまま生きていけたらいいなって。
ああ、お酒を飲みすぎたかもしれないな、これが一番大切なんだって大きな声で叫びたいくらいだ。
誰もいない夜の道で、少しおぼつかない足取りで出鱈目なダンスを踊りながらお月様にお願いをした。