スランプななめくじ

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6/16/2024, 12:55:55 PM

1年前の朝だった。君が起きて来なかったのは。
いつものように朝日が差し込む部屋で、
君は幸せそうに眠っていた。

君の部屋には空っぽになった睡眠薬の瓶。
手首から流れていた血。頬には泣き跡。
身体中には他人から付けられたような打撲の痣。
「疲れた。おやすみ。」とだけ書かれた遺書。
君は、どれだけ苦しんでいたのだろうか。
何故、気付いてあげられなかったのだろうか。

君を苦しめていた人達は、今日を当たり前に享受する。
君の死が生きている人達の記憶に残ることは無い。
君のいない日常は、涙が出るほど変わりなかった。

早く君の元へ逝きたいんだけど、眠るのが怖くて。
君を憶えている人が居なくなるのが、恐ろしくて。
僕も君の様に忘れ去られてしまうのが、寂しくて。
もう少しだけ、夜更かししていてもいいかな。

6/13/2024, 3:03:50 PM

激しい雨。彼女は灰色の空を見上げ泣いていた。
彼女の周りを囲むように咲く鮮やかな紫陽花や、
私の周りに咲き乱れる季節外れの彼岸花よりも、
顔を歪ませ膝から崩れ落ちる君に目を奪われた。

きっと激しく叫んでいるのだろう。
きっと頬には大粒の涙が伝っているのだろう。
それでも私には見えなかった。聞こえなかった。
雨が全てを、君の全てを隠していた。

私のために流した涙が、雨に流され溶けていく。
私のために叫んだ声が、雨に攫われ消えていく。
私はただ、そんな君を見つめる事しか出来ない。



何時まで眺めていただろうか。
気付けば彼女は泣き止んでいて、私を見ていた。
顔には熱が集まり、瞼は腫れていた。
未だに口元の痙攣は収まらず、顔は歪んだままだった。

そんな君が、何よりも美しくて。愛おしくて。
思わず頬が紅潮した。同時に酷く泣きたくなった。

彼女の口元が動く。雨音に声が掻き消された。
彼女が近づく。手を伸ばせば届くような距離。
それでも、この手が彼女に触れることは無い。
彼女の冷え切った体を温めることは出来ない。

苦しそうな笑みと零れそうな涙を浮かべ、君は囁いた。

「大好きでした。」

君は濡れたまま背を向け去って行く。
雨粒一つ付いていない私の足元には、
青い紫陽花が一朶だけ置かれていた。

君はいつか、私の事を忘れてしまうだろう。
共に過ごしてきたどんなに幸せだった日々も、
いずれ色褪せてしまうだろう。
それでいい。だけどどうか、今だけは。
この梅雨が終わるまでは、私のために泣いて欲しい。
私の最期のお願いだから。梅雨の間は、忘れないで。

私の目から溢れた涙は、雨に混じらず消えていった。

6/12/2024, 3:54:06 PM

幼い頃から正しい愛情を向けられなかった私は、
どうやら愛の価値観を違えてしまったらしい。

父は人に興味を持たぬ人で、
母はそんな人と一度だけ過ちを犯し、私を産んだ。
父は母にも私にも関心を向けることなど無く、
母は私を居ないものとして扱った。

好きの反対は嫌いではなく無関心。

私に食べ物の好き嫌いは無い。
それは、私が食に関心を持たないことを意味する。
つまりは、好きも嫌いも関心を持つが故の感情だ。

私を嫌いになれないのなら、どうか好いてくれ。
私を好きになれないのなら、いっそ嫌ってくれ。

無関心が何より恐ろしいものだと、私は知っている。

6/5/2024, 5:29:33 PM

淑女たるもの、秘密は多ければ多いほど魅力的。
だから今日も、口癖となった言葉を発する。

「これは、貴方と私だけの秘密ですよ。」



周りの紳士は皆、神秘的な私に夢を見る。
知らないことには興味を持ち、興味は後に好意となる。
故に、自分自身を晒してはならない。
彼らの好奇心を満たしてはならない。
秘密にしなければ、秘密をつくらなければならない。
そうでもしないと、ただの私では好いてもらえない。

だというのに、私には大した秘密なんてない。
そこらの乙女と何ら変わらぬ、平凡な生娘だ。
これこそが、私の一番であり唯一である秘密。
私が私でいるために、隠さねばならない事実。
皆に愛されるために、演じなければならない。

謎多き淑女を騙るために、今日も私は嘘を吐く。

「これだけは、誰にも言えない秘密なのです。」

6/3/2024, 6:06:55 PM

君を一番理解しているのは僕だと思ってた。
冷たい眼差しに見えるその瞳はすぐに涙を零すし、
滅多に開かないその口は意外と強い毒を吐く。
高嶺の花だと敬遠されている君は、
案外抜けているし、よく笑う。
神のように崇拝されている君は、
誰も知らないだけで、誰よりも人間らしい。

僕だけが君のことを知っている。理解している。
それがなんだか、どうしようもなく嬉しかった。

僕は愚かにも、君の全てを理解した気になっていた。

君は僕の知らない笑顔を、知らない人に向けていた。
なんだその顔。誰だその人。僕は何も知らなかった。
胸の奥が嫌な音を立てた。酷く痛んだ。
思わず視界が滲む。

この感覚は、知っている。失恋だ。
君への想いは、優越感なんかじゃなかった。

「僕、君が好きだったんだ。」

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