激しい雨。彼女は灰色の空を見上げ泣いていた。
彼女の周りを囲むように咲く鮮やかな紫陽花や、
私の周りに咲き乱れる季節外れの彼岸花よりも、
顔を歪ませ膝から崩れ落ちる君に目を奪われた。
きっと激しく叫んでいるのだろう。
きっと頬には大粒の涙が伝っているのだろう。
それでも私には見えなかった。聞こえなかった。
雨が全てを、君の全てを隠していた。
私のために流した涙が、雨に流され溶けていく。
私のために叫んだ声が、雨に攫われ消えていく。
私はただ、そんな君を見つめる事しか出来ない。
何時まで眺めていただろうか。
気付けば彼女は泣き止んでいて、私を見ていた。
顔には熱が集まり、瞼は腫れていた。
未だに口元の痙攣は収まらず、顔は歪んだままだった。
そんな君が、何よりも美しくて。愛おしくて。
思わず頬が紅潮した。同時に酷く泣きたくなった。
彼女の口元が動く。雨音に声が掻き消された。
彼女が近づく。手を伸ばせば届くような距離。
それでも、この手が彼女に触れることは無い。
彼女の冷え切った体を温めることは出来ない。
苦しそうな笑みと零れそうな涙を浮かべ、君は囁いた。
「大好きでした。」
君は濡れたまま背を向け去って行く。
雨粒一つ付いていない私の足元には、
青い紫陽花が一朶だけ置かれていた。
君はいつか、私の事を忘れてしまうだろう。
共に過ごしてきたどんなに幸せだった日々も、
いずれ色褪せてしまうだろう。
それでいい。だけどどうか、今だけは。
この梅雨が終わるまでは、私のために泣いて欲しい。
私の最期のお願いだから。梅雨の間は、忘れないで。
私の目から溢れた涙は、雨に混じらず消えていった。
6/13/2024, 3:03:50 PM