目を合わせて笑い合うような、
手を繋いで恥ずかしがるような、
柔らかいところに触れて愛おしくなるような、
夢見心地を今でも忘れられなくて。
純粋に恋を愛していたあの頃に戻りたくて。
それ以上の快感を知り、戻るに戻れなくて。
いつものやけ酒に付き合ってくれた名前も知らぬ男。
潤む視界が、男の顔を鮮明に映してくれない。
ただ優しく宥める声に、包み込むような手の温もりに、
忘れかけていた恋の味を思い出せた気がした。
あの夢のつづきを、貴方なら見せてくれるかしら。
熱を孕んだ頬は酒のせいにして、男の手を引いた。
冷たい風が開いた首元を撫でる。
思わず身震いをして、肩を竦めた。
感覚のない指先が、貴方の体温を求めている。
寒空の下に晒された頬は、貴方を想うと熱を孕む。
悴んだ足は、今にも貴方の元へ走り出しそうで。
白い息を吐き、貴方の名前を呼んだ。
寒さを理由に、貴方の熱で温めてもらうの。
冬のはじまりは、貴方の胸の中で迎えたい。
気付かなかったの。
この気持ちが恋なんだって。
だって、こんなこと教わらなかった。
胸がドキドキするとか、
貴方が輝いて見えるとか、
貴方の事をずっと考えてしまうとか、
そんなものじゃなかったから、気付けなかった。
貴方の好きなところなんて答えられないし、
悪い所なんていくらでも言えてしまうけど。
夢に貴方が出てきた時に、
隣に貴方を求めてしまった時に、
わかってしまったの。貴方を好いていると。
貴方じゃなきゃ駄目な理由は出てこないけど、
それでも貴方がいいと思えたから。
これを恋と呼ばないのなら、私はきっと人を愛せない。
さりげなく貴方の手に触れる。
夢では感じなかった温もりが、ただ嬉しくて。
お願い。この時間を終わらせないで。
まだ、この恋心を冷ましたくないの。
ついてない、そう思った。
大したことも無い、ごく普通の日常。
それでも少し、疲れていた。
今日の朝は少し余裕がなくて、
天気予報を見落としていたんだ。
何時も、折り畳み傘持ってたのにな。
今日に限って、忘れてしまったよ。
嫌な予感はしていたんだ。
黒く分厚い雲が近づいて来たから。
ぽつぽつと、肩に雨粒が落ちる。
静かに染み込んで、体を冷やした。
周りが傘を差していく。
言い知れぬ疎外感に、身を震わせた。
柔らかい雨が頭を、輪郭を撫でる。
それは母の手つきを彷彿とさせるもので。
最後に頭を撫でてもらったのは、いつだっただろうか。
嫌いなものを残さずに食べられた時。
母の手伝いをした時。
テストで良い点を取った時。
温かくて大きな手に、頭をこねくり回されたものだ。
そして今、日頃の苦労を労わって貰えたようで。
尚も体は寒さで震えているが、
胸の奥がじんわりと熱を孕んだ。
たまには、傘を忘れるのも悪くないかもな。
眩しく、暖かく、そして当たり前だった過去に耽った。
哀愁を誘う君の横顔は、知らない人のようで。
思わず手を伸ばした。
肘を伸ばさずとも手が届く距離だというのに、
酷い焦燥感を覚えた。
冷えきった君の頬は、人間じゃないみたいで。
反射的に両手で挟んでしまった。
僕の手も冷たいから、温められやしないのに。
触れられることに安堵したんだ。