なめくじ

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5/17/2025, 1:17:32 AM

やあ、君が噂に聞く勇者とやらかな?
剣も持たず、盾も担がず、よくここまで来たものだ。
見境なく人々を救う旅はどうだった?
嘘を吐かれて、財産を奪われて、
それなのになぜその手を収めない?

君は見たはずだ。確かにその視界に捉えていた。
君が救った人間を、すかさず貶める悪人を。
君が救った人間が、他の人間を騙す瞬間を。

もちろん、そんな人間ばかりではなかっただろう。
泣き崩れ喜ぶ人間も、幸せを噛み締める人間も。
君がたじろぐほどの報酬をくれた者もいたね。

君は後者しか覚えていないのか、
そもそも覚える気がないのか。

見たいものだけを見るなんて傲慢だね。
知りたいことだけを知るのも怠惰だよ。
その願いはひたすらに贅沢で、身の程知らずだ。
理解に苦しむものから目を背けるな。

根っからの悪人がいないと信じるのなら、
根っからの善人だっていないと知るがいい。

君が全ての人に手を差し伸べる一方で、
全ての手を叩き落とす人間だっているんだ。
その手を搾取する人間だっている。

全ての善意が善意で返されることはない。
全ての善意が善意として受け取られることもない。
全ての善意が褒められるものではない。
全ての悪意が救いようのない感情でもない。

君が仮に手を差し伸べたとして、
その人が救われなかった時、
君は大きな憎悪に押しつぶされることになる。

救われない人が悪意を向ける相手は、
手を伸ばさなかった不特定多数ではなく、
その人を心の底から助けようと奮闘した君なんだ。

おかしいと思わないか?
全くもって理不尽だろう。不条理だろう。
世の中はそんなもので満ちている。

これだけ聞いたら、人助けなんて辞めてしまうかな?
君はそんな人間じゃないよね。
だって勇者とは、そういうものなのだろう?
相当に出来た人間だよ。正気の沙汰じゃない。

人間というものを信じているんだね。心の底から。
自分が救いたいと願うのと同じくらいの想いを、
他人に強要するんだ。それも無意識に。

酷いことをするものだ。まるで独裁者だね。
自覚がない分さらにタチが悪いな。
理解なんてできないが、
それを人間は尊いものだというのだろう。
恐ろしいくらいに盲目で、脆弱だ。
君が感じているその想いが、
他の人間も抱いているものだと、
なぜそうも無邪気に、当然のように思えるのか。

君のその考えは、あまりに稚拙で短絡的だ。
愚かだと言い切ってしまってもいい。
人間というものを美しく誇張して他人に押付けている。
まさに独りよがりだ。とても人間らしいね。
だが、それは思想の暴力だと知った方がいいよ。



青い青いその思考力じゃ、理解できないかな?



だが安心して欲しい。
君が悪意に晒されるのは、
何も君が愚者だからというだけではない。
人間という種族がそもそも賢くないんだ。
それこそ、悪意の矛先を誤るくらいには。

君が気をつけることは、他人に手を差し伸べない事だ。
勘違いしないで欲しいんだけど、
人助けを辞めろと言っている訳じゃない。
判断は早まらない方がいい。話を最後まで聞け。

救いたいならば、己の手を過信するな。
手を差し伸べたらどうにかなる、
そんな楽観的な考えを改めろ。
素手でどうにかなることの方が少ないだろう。

君に出来ることが手を伸ばすことだけならば、
いっその事手を出してやるな。
その善意が傷口に滲みることだってあるんだ。
まさに、善意が針のような痛みを伴ってしまう。

例えその手を一度取ったとして、
自分から手放す勇気だって必要だ。
ただ勇敢なだけでは愚行に終わる。
救うという行為は、思っているより繊細で、難しい。

君が本当に心から全ての人を救いたいと願うのなら、
そしてそれを自分の力で成し遂げたいと望むのなら、
君が使いこなせる手札を増やすべきだ。
素手で出来ることは限られている。
そんな時、人間なら道具を使うだろう?
人を救うにも、道具がいるんだ。
有り体に言えば、金、人脈、権力。
結局はそんなものがものをいうんだ。
それが人間の生きる世界だ。

そして道具は、使いこなせなければ意味を持たない。
身に余る力は、搾取されるか淘汰されるかの二択だ。
信じられないか?それとも、信じたくないのか?
最初にも言っただろう?目を背けるな、と。

どうだ、見えたか。声も出せないほど汚いだろう。
これが君の見て見ぬふりをしてきた垢だ。
それに縋る気持ちはどう?
手にそれらを握りしめて人を助けるんだ。
君の手が汚れるように感じるかい?

だが考えても見てくれ。
君は己の手が全く汚れていないと言い切れるのか?
綺麗事だけじゃ人は救えないんだ。
君が助けてきた人々は、腹の底まで純粋無垢だった?
手を差し伸べた相手は、心の奥まで清廉潔白だった?
もう一度だけ言っておこう。
見たいものだけを見ようとするのは、傲慢だと。

この世界の事実を受け止めろ。
人間の貪欲さに、生き汚なさに直面し、絶望しろ。
それでもなおか救いたいという崇高で愚直な意思が、
君に一欠片でも残るのならば。
他人に穢されることの無い程の希望を、
君の心に灯しておくことだね。

君という純粋な善意が、
大きな悪意に飲み込まれることのないように。
君という人間がどこまでやれるのか、
ここで見ているからさ。精々楽しませてね。

5/9/2025, 4:27:00 PM

小さな頃から、自分の物に執着する癖があった。
自分の名前が書かれているものを、
他人が使うことは許せなかった。
使われてしまうくらいなら、いっそ壊してしまう程に。
何故かなんて、理由があるのかすら分からないが、
その異常な執着癖は、いつまで経っても治らなかった。

君への最初の印象は、馬鹿な人。それだけだった。
君について知っていけばいくほど、
一人で生きていられるのが不思議なくらいに愚かで。
思わず興味を持った。
君という人間がどんな人生を送るのか。

知り合ってすぐは、見ているだけだった。
君が財布や携帯を直ぐに置き忘れたり、
壁や小さな段差によく躓く事を知った。
不注意な人だと、軽く思うだけだったのに。

親しくなった頃、君が騙されていることを知った。
所謂カモって奴だ。君は絶好の餌だった。
お金を知らない人に騙し取られて、
あんなに幸せそうに笑う人を、私は初めて見たんだ。
胸の奥が、ざわめいていた。

きっと分岐点は、ここだった。

私に向ける君の想いに気が付いた頃、
腹の底に沈んでいるどす黒い感情が芽を出していた。

君が精一杯の勇気を振り絞って、愛を伝えて。
同じ想いを渡してあげて、愛を確かめ合って。
幸せ絶頂だね。これ以上はもうきっとないよ。

この先は、ただ落ちていくだけ。

ある日唐突に、予兆もなく、君の前から姿を消した。
驚いただろうね、悲しんだだろう。
裏切られたと感じたかもしれないな。
そんな気持ちを抱いた君の顔を見れないのが残念だ。
でも、少しだけ我慢してね。
君が絶望に染まりきったら、
きっとどんなデザートよりも甘ったるくなる筈だから。

私が突然消えた世界は、
君にどんな仕打ちを与えるのかな。

少し頭の悪い君には、あまりにも残虐な世界だろう。
必死に描いた夢をぐちゃぐちゃにされて、
努力してきた自身の全てを否定されて、
あらゆる色も失ってさ。
希望の光を忘れた頃に、
また君の手を取ってあげるんだ。

君にはきっと、救いの手のように見えるんだろう。
どん底から掬い上げてくれるような、そんな手に。

今度は捨てないでと必死に縋り付く姿が、
上目遣いで涙を滲ませ懇願する姿が、
私の頬に熱を孕ませるんだ。

自ら手錠をかけ、首輪をつけ、
もう二度と離れないで、と膝をついてさ。
目を溶かすほどに泣きじゃくって、
そんな君から目が離せなくて。
君の身体に私の名前が刻まれた様な心地がした。

すっかり熟れた果実のように、
少し握れば潰れてしまいそうだ。
この瞬間を待っていた。
甘い汁を零す君を私だけのものにする事を、
どれほど夢見てきたか。君は知る由もないだろうね。

自分を選んでくれるのは私だけだと錯覚して、
自分を認めてくれるのは私だけだと盲信して。
警戒心の欠片もない瞳で、私を見つめるんだ。
目が合ったらはにかんで、愛の言葉を囁いて。

なんて魅惑的で妖艶なんだろうか。
私をここまで狂わせるなんて。
今すぐ齧り付いてしまいたい。

全部君が悪いんだよ。
私の醜い加虐心を唆るから。

きっと少し考えたら分かることだろう。
私が元凶だって。憎む相手なんだって。
私の頭が他の人よりちょっぴりおかしいって。
君の頭じゃ理解できないんだよね。
なんて可愛らしいんだろう。本当に愛すべき馬鹿だよ。

君が握っている私の手は、掬い上げてくれる筈の手は、
君の手を取ってさらに下へ突き落とした手だ。
何も分かっていない君が本当に愛おしいよ。

騙されている事にも、
落とされている事にも気づかない哀れな人だ。
人生の全てを他人に振り回されて、
それを無理やり幸せな事だと思わされて。

不憫だね。君は正しく犠牲者だよ。自覚がないだけで。
それらの全て、わかっていて君を選んだんだから。
愛してるよ。君の可哀想な知能も、蠱惑的な姿も。

一緒に堕ちるとこまで堕ちようか。
否、私のところまで堕ちておいで。

5/4/2025, 9:12:51 AM

青い青い空の下で笑うあなたの写真。
目線を他の人に向け、満面の笑みを浮かべている。
私が見た事のない顔。私に見せない笑顔だった。
視線が合うことは無いのに、
その写真から目が離せなかった。

私が撮ったどんなあなたよりも美しく写っている。
私以外の人に向けた笑顔だと思うと、
そのまま引き裂いてしまいたくなるのに。
どうにも出来なくて、ただ見つめ続けてしまうの。

何度でも、私を選ばなかったあなたに目を奪われる。
他人へ向ける笑顔に、どうしようもなく惹かれるの。

私以外の人を愛してるあなたに、恋してしまったの。

2/27/2025, 11:13:50 PM

気が付けば、真っ暗闇の中。
足は動かず、口には何かを詰められている。
手の感覚はなく、身じろぐと金属の擦れる音がする。
悪意が街を静かに飲み込んでいたこのご時世、
一人で夜道を歩いたのは、流石に自殺行為だったか。
誘拐、監禁。これからどうなるんだろう。
漠然とした恐怖と、
非日常に対する微かな興奮を覚えた。

何処かで、この時を。
日常が覆される瞬間を待っていたのかもしれない。



どのくらい経ったのだろうか。
何時間か、何日か、あるいは数分だったのかも。
唯一不自由ない聴覚が、足音を拾った。
口に入れられていた何かを外される。
それに次いで生暖かい物を入れられた。
咄嗟に歯を食いしばり、異物の侵入を防ぐ。
しかし決して急かさず、
緩慢な動きでそれは静かに入ってきた。
気付けば口を開け、自らそれを受け入れてしまった。

初めは味なんて感じられなかった。
それが食べ物かすら分からなかった。
でももう一口、二口と入れられる内に、
それが温かい食べ物だと理解した。
美味しい。シチューだろうか。
味付けは口馴染みの無いものだったが、
今までに食べた何よりも美味しかった。

唐突に、人間の声。それも若い人間だ。
恐らくシチューをくれた人、そして監禁の犯人。
何か発している。だが日本語じゃない。
日本人じゃなかったのか。英語なんて分からないぞ。
ただでさえ感じていた不安が、
言語の壁により膨れ上がった。

これから何をされるのだろうか。
このシチューは安全な物だったのだろうか。
初めての温かいご飯というものに、
自然と恐怖心が解けていたことに気付く。
あまりにも無用心な自分に呆れと怒りを感じた。
思わず身体が震え出す。歯がガチガチと鳴る。
腹の底から不快感と吐き気を催した。不可抗力だ。
目隠しを外された。眩しさに慣れない目が潤む。
正面に座り込む人間は、頬を染めて口を開いた。

「─────cute!」

流石に理解した。自分は愛でられているのだと。
もちろん理解だけ。納得などしていないし出来ない。
これがおかしな事なのはわかっている、つもりだ。
でも、この人が慈しむように見つめてくるから。
優しく壊れないように頭を撫でてくれるから。
何故かその手を、憎めなくて。拒めなくて。

混乱してつい溢れた涙を、掬いあげてくれた。
涙に気付いてくれたのも、この人だけだった。

この先日常に戻れなくても、
自分の事を覚えている人間は居ないだろう。
消えたことに気付いてくれる様な関係は、
築いてこなかったから。築けなかったから。
無意識に夜道を歩くくらいには、
自暴自棄になっていたんだと今になって思う。
誰かに作ってもらった温かいご飯も、
甲斐甲斐しく世話をしてくれる優しい手付きも。
振り払おうとも思えないほど、心地よく。
今までの人生で触れたことの無いもので。

それを惜しげも無く与えてくれたのが、
少し人道を踏み外しているこの人だったってだけで。
皆が得ている愛情を、正しくなくとも恵んでくれる。
それが如何に間違っていようと、自分たちの全てなら、
それだけで、もう良いような気がした。

心の何かが吹っ切れたみたいだ。

肩より先は存在しなかったし、
足の腱は恐らく切られている。
視界に入れると鋭い痛みが主張を強めた。
骨を突き刺すような、身体を震わせるような痛み。
呼吸も浅くなり、縮こまる事しか出来ない無力感。
その時、包み込むように背中に回されたそれは、
何処かで常に求めていた安心感と温もり、充足感。
身を裂くような激しい痛みを、いとも簡単に和らげた。

もちろん、この傷を付けた張本人だと理解している。
それでも不満を抱けないのは、憎悪出来ないのは、
きっとこの先の監禁生活に、手足が必要ないから。
誰よりも愛してくれる人が、もう見つかったから。

親にすら貰ったことの無い、
しかしずっと欲しかった、この深い愛情を。
倫理を超えた、許されざる愛情を。
受け取る為の代償だったのなら、
独り占めする為の対価だったのなら。
この貧相な手足など、未来のない将来など、
あまりにも安く済んだものだ。
そう思ってしまうくらいには、絆されてしまった様だ。

2/20/2025, 6:18:04 AM

目を開ける。光が目を劈く。頭に痛みが走る。
溢れそうな涙を堪える。
果たしてこの涙は、痛み故か。
君を今から傷付ける懺悔故か。

息を吸う。君の目を見る。
嬉しそうな君の笑顔を、今から壊すのか。
他でもないこの私が。君を信じ愛した私が。

「良かった…目が覚めて。」

幸せそうな顔、紅潮した頬、涙ぐむ瞳、緩む口元。
その全てが、私の罪悪感を駆り立てる。

乾いた喉を無理やり震わせ声を出す。
掠れたその音は、泣き声に似ていた。

「…あなたは、誰ですか。」

息を呑む音が聞こえた。

目を見開く。
瞳孔が震える。
息が荒ぶる。
顔が青ざめる。

君の動揺が、混乱が、恐怖が、絶望が。
手に取るようにわかる。わかってしまう。

ごめんなさい。さようなら。
未熟故に君から逃げ、脆弱故に君を傷付けた。

ずっと一緒に居たかった。
今までそうだったように、
これから先の人生も君と共にあると信じていた。

君が私を案じて、夢を諦めた時。
君が私を優先して、道を外れた時。
君が私を助けて、傷を負った時。

全てが私の所為だったというのに、
君は私を見て笑ったのだ。
傷一つない私を、満足そうに眺めたのだ。

我慢ならなかった。許せなかった。
君が簡単に変わってしまったことを。
君を私が変えてしまったことを。

誰よりも君を愛している。離れたくなかった。
でもそれ以上に、変わっていく君を。
私の所為で変えられていく君を見てられなかった。

どうか私のことは忘れてくれ。
頑張って君のことを忘れた演技をするから。
このまま他人になってしまおう。振り出しに戻ろう。
次はこんな未来に辿り着かないように。
気付かないで、傷付かないで。変わらないで。

ありのままの君が好きだ。
私の隣に居ない、自然体の君が。

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