なめくじ

Open App

小さな頃から、自分の物に執着する癖があった。
自分の名前が書かれているものを、
他人が使うことは許せなかった。
使われてしまうくらいなら、いっそ壊してしまう程に。
何故かなんて、理由があるのかすら分からないが、
その異常な執着癖は、いつまで経っても治らなかった。

君への最初の印象は、馬鹿な人。それだけだった。
君について知っていけばいくほど、
一人で生きていられるのが不思議なくらいに愚かで。
思わず興味を持った。
君という人間がどんな人生を送るのか。

知り合ってすぐは、見ているだけだった。
君が財布や携帯を直ぐに置き忘れたり、
壁や小さな段差によく躓く事を知った。
不注意な人だと、軽く思うだけだったのに。

親しくなった頃、君が騙されていることを知った。
所謂カモって奴だ。君は絶好の餌だった。
お金を知らない人に騙し取られて、
あんなに幸せそうに笑う人を、私は初めて見たんだ。
胸の奥が、ざわめいていた。

きっと分岐点は、ここだった。

私に向ける君の想いに気が付いた頃、
腹の底に沈んでいるどす黒い感情が芽を出していた。

君が精一杯の勇気を振り絞って、愛を伝えて。
同じ想いを渡してあげて、愛を確かめ合って。
幸せ絶頂だね。これ以上はもうきっとないよ。

この先は、ただ落ちていくだけ。

ある日唐突に、予兆もなく、君の前から姿を消した。
驚いただろうね、悲しんだだろう。
裏切られたと感じたかもしれないな。
そんな気持ちを抱いた君の顔を見れないのが残念だ。
でも、少しだけ我慢してね。
君が絶望に染まりきったら、
きっとどんなデザートよりも甘ったるくなる筈だから。

私が突然消えた世界は、
君にどんな仕打ちを与えるのかな。

少し頭の悪い君には、あまりにも残虐な世界だろう。
必死に描いた夢をぐちゃぐちゃにされて、
努力してきた自身の全てを否定されて、
あらゆる色も失ってさ。
希望の光を忘れた頃に、
また君の手を取ってあげるんだ。

君にはきっと、救いの手のように見えるんだろう。
どん底から掬い上げてくれるような、そんな手に。

今度は捨てないでと必死に縋り付く姿が、
上目遣いで涙を滲ませ懇願する姿が、
私の頬に熱を孕ませるんだ。

自ら手錠をかけ、首輪をつけ、
もう二度と離れないで、と膝をついてさ。
目を溶かすほどに泣きじゃくって、
そんな君から目が離せなくて。
君の身体に私の名前が刻まれた様な心地がした。

すっかり熟れた果実のように、
少し握れば潰れてしまいそうだ。
この瞬間を待っていた。
甘い汁を零す君を私だけのものにする事を、
どれほど夢見てきたか。君は知る由もないだろうね。

自分を選んでくれるのは私だけだと錯覚して、
自分を認めてくれるのは私だけだと盲信して。
警戒心の欠片もない瞳で、私を見つめるんだ。
目が合ったらはにかんで、愛の言葉を囁いて。

なんて魅惑的で妖艶なんだろうか。
私をここまで狂わせるなんて。
今すぐ齧り付いてしまいたい。

全部君が悪いんだよ。
私の醜い加虐心を唆るから。

きっと少し考えたら分かることだろう。
私が元凶だって。憎む相手なんだって。
私の頭が他の人よりちょっぴりおかしいって。
君の頭じゃ理解できないんだよね。
なんて可愛らしいんだろう。本当に愛すべき馬鹿だよ。

君が握っている私の手は、掬い上げてくれる筈の手は、
君の手を取ってさらに下へ突き落とした手だ。
何も分かっていない君が本当に愛おしいよ。

騙されている事にも、
落とされている事にも気づかない哀れな人だ。
人生の全てを他人に振り回されて、
それを無理やり幸せな事だと思わされて。

不憫だね。君は正しく犠牲者だよ。自覚がないだけで。
それらの全て、わかっていて君を選んだんだから。
愛してるよ。君の可哀想な知能も、蠱惑的な姿も。

一緒に堕ちるとこまで堕ちようか。
否、私のところまで堕ちておいで。

5/9/2025, 4:27:00 PM