なんでもないように、気付かれないように。
他の子と同じように包装して、
他の子と同じように手渡した。
貴方に渡すものにだけは、私の愛情が詰まっている。
少し驚きながらも喜ぶ貴方は、
やはり友チョコだと信じて疑っていないようで。
他の子と同じように感謝を述べた。
この気持ちを伝えるつもりはなかった。
だから気付かれないようにしたのに。
私からのチョコを嬉しそうに見つめる貴方の笑顔が、
あまりにも眩しくて愛おしいものだったから。
そっと、伝えたいと思ってしまった。
「あのね、」
そのチョコ、本命なんだ。
あなたに触れれば触れるほど、
胸の奥が冷たくなるのは何故なのでしょう。
あなたの腕の中にいても、
身体が酷く震えてしまうのはどうしてでしょう。
脅してでも拳を握らせ、
付いた痣を見て安心するのはおかしいことでしょうか。
身体を抱き締められるよりも、
首を絞められた方が嬉しいのは間違いなのでしょうか。
どんなに愛を囁かれても、
私のココロはそれを受け止められなくて。
異物だと決めつけては拒絶してしまうの。
撫でられるよりも殴られた方が良いと感じるのは、
私のココロが狂ってしまっているからでしょうか。
あなたの愛は陽の光よりも暖かく優しいはずなのに。
受け入れることが出来ない私に落胆しては嫌悪する。
私を傷付ける度に泣き崩れ謝罪するあなたが、
どうしようもないくらいに愛おしく思えてしまう。
不可抗力なのにも関わらず、
脅迫されている様なものなのに。
私に愛を届ける為に、暴力を振るっては懺悔している。
これ以上私を愛してくれる人は居ない。
わかっているのに、わかっているから。
あなたの為を思うのなら、私が身を引くべきだけれど。
私という人間は、やはりどこまでも自分勝手なようで。
苦しみながら私を傷付けるあなたを、
どうしても手放したくは無いのです。
あなたのココロが壊れるまで、共にいたいのです。
青い薄紙を貼り付けた行灯を百個用意した。
新月の真夜中。行灯以外に明かりは無い。
人々が寝静まり、人ならざるものが闊歩する刻。
私は今から、俗に言う百物語を始めるのだが、
皆が思うような百物語とは少し違っている。
一話目は、夢のない少女のお話。
寝ること以外に価値を見いだせなかった少女が、
人に叱られ、励まされ、夢を見つける話。
そう、これは怪談では無い。
誰かの、誰のものでもない話。
胸が痛くなるような恋愛話。
昔を懐かしむような思い出。
…殆どは拗れた愛情の悲劇だったが。
とうとう九十九話を話し終わった。
即興故に時間がかかってしまったが、
幸いにも朝日が昇る気配は未だ無い。
残る行灯は一つだけ。
身体が青い光に照らされ、まるで死人のようだ。
これを消したらば、青行灯に会えるのだろうか。
それとも、怪談では無いからと無効にでもなるか。
震える身体を抑える。
冬の夜だ、寒気にでも襲われたか。
否、未だ見ぬ化物への恐れか。
いや違う。これは嘗て無いほどの興奮だ。
今まで私の話を聞いてくれる者など、
話す事を許してくれる者など居やしなかったから。
もはや私にとって、化物が現れるかはどうでもいい。
ただこの話を続けられるなら、何が起きても構わない。
「もう少し、聞いていてくれ。」
記念すべき百話目だ。さて、何を話そうか。
目を合わせて笑い合うような、
手を繋いで恥ずかしがるような、
柔らかいところに触れて愛おしくなるような、
夢見心地を今でも忘れられなくて。
純粋に恋を愛していたあの頃に戻りたくて。
それ以上の快感を知り、戻るに戻れなくて。
恒例となっていたやけ酒に、
いつの間にか相席していた名前も知らぬ男。
潤む視界が、男の顔を鮮明に映してくれない。
ただ優しく宥める声に、包み込むような手の温もりに、
忘れかけていた恋の味を思い出せた気がした。
あの夢のつづきを、貴方なら見せてくれるかしら。
熱を孕んだ頬は酒のせいにして、男の手を引いた。
冷たい風が開いた首元を撫でる。
思わず身震いをして、肩を竦めた。
感覚のない指先が、貴方の体温を求めている。
寒空の下に晒された頬は、貴方を想うと熱を孕む。
悴んだ足は、今にも貴方の元へ走り出しそうで。
白い息を吐き、貴方の名前を呼んだ。
寒さを理由に、貴方の熱で温めてもらうの。
冬のはじまりは、貴方の胸の中で迎えたい。