ストック

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11/10/2023, 11:49:03 AM

Theme:ススキ

今日は姪を1日預かることになった。
姪にとっては初めて親戚の家へと泊まることになる。
大人しくてはにかむような笑顔が可愛い子なのだが、正直言って私は子どもの相手をすることはあまり得意ではない。
子どもの行動は私にとっては予想不能だ。指示すればその通りに動いてくれるプログラムと違って、どれだけ予備知識をつけても予想の斜め上の反応が返ってくることも少なくない。
でも、姪にとっては私も同じだろう。家族と違う人と丸1日過ごすなんて、寂しかったり緊張したりするかもしれない。
折角なら楽しい時間を過ごして欲しいと思った私は、事前に姉から姪の好みや性格などを事細かに聞き出し、話が決まったときからお出迎えするプランを練っていた。

事前に聞いていたのだろう。姪は「よろしくお願いします」と礼儀正しく挨拶してくれた。が、表情はやはり強ばっている。
植物が好きだという姪のために、私は殺風景な自室に花を置き、植物をテーマにしたボードゲームで遊ぶことにした。
それにしても、子どもの探求にかけるエネルギーは物凄い。ボードゲームを遊びながら、姪は植物についての知識をたくさん披露してくれた。その笑顔と熱量に後押しされて私も植物に興味が出てきてしまい、ボードゲームが一段落したあとは花屋巡りをすることにした。
姪を預からなかったら、こんな経験はしなかっただろう。
カラフルなケイトウを一株買って、姪に教わりながら一緒にプランターに植えることにした。土のブレンドから日々の世話の仕方までレクチャーしてくれた。
「花屋さんみたいだね」
そう言うと、姪ははにかんだように笑ってくれた。

姪が帰ってから数日後、姪からススキをあしらった手作りの栞が送られてきた。
ススキとはずいぶん渋いチョイスだなぁと思いながら、ススキについて調べてみる。

私はなんとなくススキに寂しげなイメージを持っていたが、ススキは魔除けとして扱われることもある神聖なイメージも持ち合わせているらしい。
花言葉はたくさんあったが「心が通じる」というものが私の目を引いた。友人に心が通じあった時に贈ることがあるそうだ。
植物を通じてできた絆。仕事に忙殺される私の心は、それはとても温かみがあるように感じられた。

私はススキの栞を本に大切に挟むと、お返しに贈るための花とそのアレンジの仕方を調べるために、私はPCに向かった。

11/9/2023, 9:21:03 AM

Theme:意味がないこと

今日は久々に姉と食事に行くことになった。場所は私の大学近くのレストランだ。
年の離れた姉はベテランと呼べる社会人、一方の私は講義よりサークルが楽しい大学2年生だ。
頻繁に会うわけではないけれど、ある意味で両親より近い存在が姉だ。
将来や恋愛なんかの相談も率直に乗ってくれるし(回答が生々しすぎることもあるが)、とても親身になってくれる。

ふと、後ろの席から唐突にディスカッションが聞こえてきた。

「人生の意味?そんなものないよ。存在しないものを求めて苦しむ動物なんて人間くらいだよ。あー、来世は絶対に大金持ちの家の水槽で掃除屋してるエビに生まれ変わりたい~!」
「確かに人生の意味って生物学?それとも科学全般?では定義されてないのかもしれないけど、でも本当に存在してないものなら、それを探すように人間が行動するのはおかしくない?意味を探しながら成長することで自己実現を果たすのが人間なんだよ。私は来世も人間がいいな」

学生御用達のこのレストランでは、稀にこんな熱心な議論が繰り広げられることがあった。

「就活が始まって自己分析とか始まると、人生の意味を真剣に考えちゃう子もいたな~。懐かしい」
姉が微笑ましそうに後ろのテーブルを眺めている。
「お姉ちゃんは人生の意味ってあると思う?」
「あの二人には悪いけど、人生に意味があるかどうかを議論する意味はないと思うな」
「どうして?」
「だって、意味があろうとなかろうと、次の日は必ず来るし忙しい日々は続いてく。だから、そんなこと考えてる暇ないし」
「…大人って大変なんだね」
「大人になる前だからこそ、大変なことだっていっぱいあるでしょ。…でも、純粋に自分のためだけに使える時間ってどんどん貴重なものになっていくから、ああやって議論するもよし、自分に向き合うもよし、好きなこと好きなだけ勉強するもよし。今の時間は大事にしなよ」

いかにも年上っぽい台詞を言いながらも、姉は後ろの席の二人を少し羨ましそうに見ていた。

11/7/2023, 12:29:19 PM

Theme:あなたと私

何もかも正反対な、あなたと私。
「足して2で割ったらちょうどいいかもね」なんて笑い合っていたときもあったっけ。

当然のことかもしれないけれど、あなたと私は違う道を選んだ。
道を踏み外しつつある祖国に対し、あなたは剣を向け、私は祖国の盾となった。
あなたは持ち前の情熱と弁舌で仲間を増やし、私は持ち前の冷静さと沈黙で祖国が滅びに向かっていく様を見ていた。

赤く濡れた剣を拭い、あなたは私に激しく問う。
「お前は俺よりとっくに早くこの国の歪みに気づいていたはずなのに、どうして留まったんだ?」
赤く染まった床に横たわったまま、私は静かにあなたに答えた。
「私はあなたのように勇敢じゃなかったから、祖国を捨てられなかった。中から国を変えたかった」

なんだ、結局はおんなじことを考えていたんじゃないか。方法が反対だっただけでさ。
そう呟いて涙を流すあなたに、私は微笑んだ。

11/5/2023, 10:51:16 AM

Theme:一筋の光

光が見えた。
纏わりつく暗闇を切り裂いて引き上げてくれるような、一筋の光。
私はその光に向かって手を伸ばした。

アラームの音に目を覚ます。見慣れた天井が目に入る。
「また、この夢か」

幼少期から私はときどきこの夢をみることがある。
自分が本当に存在しているのかさえ疑わしくなるような暗闇に佇む自分。不思議と恐怖はない。
そんな中、前方に突如現れる一筋の光。
暗闇から出たいと思っているわけでもないのに、私はその光に向かって思わず手を伸ばす。

いつもそこで目が覚めてしまう。
私の手は光に届いたのだろうか?その光は私を暗闇の外へ導いてくれたのだろうか?
それとも、届かずに手を伸ばすのを諦めてしまったのだろうか?夢のなかの私はあのまま一人で暗闇に残ったままなのだろうか?
いや、そもそもあの夢にはどんな意味があるのだろうか?

「支度をしよう」
答えの出ないことを考えるのは時間の無駄だ。
いつもの結論に落ち着くと、私は出かける支度を始めた。
この夢についてそれ以上考察したところで意味はないだろうから。

こうして淡々と日々が過ぎていく。
特段心が動かされるようなこともない、退屈だが平和な毎日だ。

その日の夜もまた、あの夢をみた。しかし、いつもと同じ展開ではない。
夢の中で私は前に向かって歩み、一筋の光を目指していた。
いつになく胸が高鳴るのを感じながら、光に向けてひたすらに歩を進めた。
私の手が、確かに光を掴んだ。同時に手を握られたように感じたのは気のせいだったかもしれない。

意識が途切れる最後の瞬間、言葉が見つからないほどの満足感を覚えた。

11/4/2023, 1:46:30 PM

Theme:哀愁をそそる

「夕陽って哀愁をそそられるな」
ぽつりと呟いた彼の言葉に少し違和感を覚えて、私は思わず聞き返した。
「『哀愁をそそる』って珍しい表現だね。哀愁って『誘う』とか『漂う』とかって言葉と一緒に使うイメージがあったから、気になっちゃった」
「そうか?特に意識してた訳じゃないけど、『そそる』って言葉が自然に出てきたんだ」
「ふぅん……」
そう言って夕陽を眺める彼の顔は、どこから寂しそうに見えた。

私は帰ってから辞書を引いてみた。気になることがあるとついつい調べてみたくなる性分なのだ。
『哀愁』を使った例文では、やはり『哀愁を誘う』という文が載っていた。
間違った用例ではないのだろうが、『そそる』という表現は少ないようだ。

私は調べる観点を変えてみることにした。
『誘う』と『そそる』はどう違うのだろう。
まずは『誘う』という言葉を調べてみる。『誘う』の項には、類義語として『そそる』も載っていた。確かに二つは似通った言葉だ。ニュアンスが違うのだろうか。
私が引いた辞書によると、『誘う』は「自然とそうなるように仕向ける」という意味合いで、『そそる』は「人に何かを誘発する」というニュアンスだという。
『そそる』の方が、外的要因の作用が強いような印象を受ける。

「哀愁をそそる」と言った彼は、夕陽に何か悲しい思い出があるのだろうか。
気になるが、あの悲しげな表情を思い出すと、問うのも気が引けてしまう。

それから数日後、また彼と夕陽を眺める機会があった。
彼はまたぽつりと呟いた。
「『哀愁をそそる』って言葉が珍しいって言われて、ちょっと考えてみたんだ。なんでこんな気持ちになるんだろうって」
私は黙って続きを待った。
「…ずっと忘れてたけど思い出したよ。小さい頃、当時の親友と大喧嘩したんだ。夕陽のなか、いつも一緒に帰っていた通学路を一人で歩いて帰った。明日、絶対謝ろうって思いながら。でも、あいつは帰りに事故に遭って…」
「……」
「あいつも俺と同じことを考えていたんだろうな。いつもと違う道を通って、川辺に寄っていたそうだ。当時、俺たちは川でガラス石を集めるのに夢中だったから、仲直りのつもりだったんだろうな…後悔したよ。明日じゃなくて今日すぐに謝ればよかったって。夕陽を見るたびに泣いていた」
「……」
「今度の休み、帰省しようと思うんだ。あいつの墓参りに行くつもりだ。そうしたら『哀愁をそそる』って気持ちも薄れるかもしれないから」
「…なら、明日の講義が終わったら、一緒に海に行かない?シーグラス、探してみようよ」
「…そうだな、ありがとう。地元は海がなかったから、珍しがってくれるだろうし」
そう言った彼の横顔は、少しだけ晴れやかになっているように思えた。

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