ストック

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8/5/2023, 12:33:34 PM

俺と彼女のための追悼の鐘の音が鳴り響く。
参列者たちは悲しみに暮れるが、俺たちにとっては鐘の音は別の意味を持っていた。

俺と彼女は軍人だった。互いによき相棒であり、安心して背中を預けられる間柄だ。
二人で一人と言っても過言ではないだろう。
そんな強い信頼関係で結ばれていた俺たちだが、本当はその先へと進みたかった。
しかし、軍務において、私情はときに自分たちだけでなく仲間の命をも危険に晒してしまう。
だから、俺たちはどちらも本当の想いを口に出さないでいた。

ある戦場で、俺と彼女は共に命を落とした。
俺と彼女の遺体は回収され、教会で葬儀が行われた。
鐘の音が鳴り響く。追悼の鐘に参列者達は涙を流しながら俺たちを見送った。

だが、俺と彼女に悲しみはなかった。
軍人という立場から解放されたこの先の世界では、もう気持ちを偽らなくていい。
祝福の鐘の音に包まれて、俺たちは手を繋いで新たな世界へ旅立った。

8/3/2023, 2:54:25 PM

夢の中で私は貴方と二人、大きな樹の下に座っていた。
木漏れ日の柔らかな暖かさと、ふかふかの芝生。通り抜けるのは爽やかな風。
私たちは何をするでもなく、並んで座っている。

不意に、私はこれが夢だと気づいた。
この穏やかな空間は存在しないし、貴方は遠くへ逝ってしまった。
だから、これは私がみている夢。

でも、例えこれが夢だとしても、目が覚めるまでにどうしてもしておきたいことがある。
貴方が私の前から消えてしまったとき、どうして勇気を出して自分の気持ちを伝えなかったんだろうとずっと後悔してきた。
もしかしたら、幻とはいえこれが最後のチャンスかもしれない。

私は貴方の手に自分の手を重ねる。
夢だからだろうか。貴方はそのまま私の手を受け入れてくれた。
「貴方のことが好きだよ」
思いきって口にした言葉に、貴方はこちらを向いて「俺もだよ」と微笑んでくれた。
そうして、私たちは手を繋ぎ合ったまま、再び風景を眺めていた。

目が覚めるまででいい。この穏やかな時間が続きますように。
それ以上は望まないから。

8/2/2023, 11:36:58 AM

病室の窓から見える景色は、春から夏に移り変わっていた。
春には見事に咲き誇っていた桜も、すっかり花が散り緑色の葉っぱになっている。

私の命は長くないそうだ。お酒の味も知らないまま、尽きてしまうだろう。
それでも私は、窓から見える桜が咲き誇り、儚く散り、緑の息吹を見せてくれることを楽しみにしている。
桜の花は散ってしまうけど、また新しい葉が芽吹き、次の花を咲かせる。
それは私に「次の人生」への希望を抱かせてくれる。

私が死んでも、魂はきっと生きている。
そして、あの桜の花のように、いずれまたこの世界に還って来られるだろう。

そんな儚い希望に縋りながら、それでも私は今日もまだ生きている。

8/1/2023, 11:15:36 PM

ここしばらく、俺の心には厚い雲が立ち込めている。
それは天気のせいばかりではないだろう。
俺は、彼女との関係についてずっと考えている。


俺も彼女も軍人として10年以上の付き合いがある。
相棒というよりも、自分の半身と言われた方がしっくり来る。

ある日、部下の強い薦めに負けて、彼女に相棒以上の関係になりたいと告白した。
彼女は静かに微笑んで頷いてくれた。

恋人としての彼女と過ごす時間は、とても幸せだった。
彼女もそう言ってくれた。
頼れる相棒で、欠くことのできない自分の半身。そして、戦場以外で彼女と穏やかに過ごす時間はこの上なく幸福だった。
この時間が永遠に続けばいいと願ってしまった。

しかし、俺は同時に恐怖を覚えた。
この幸せに身を委ねてしまったら、自分の使命を果たすことを放棄してしまうのではないかと。
世界のことも、死んでいった仲間のことも忘れてしまって、自分の幸せを守ろうとしてしまうのではないかと。
俺は死んでいった仲間や殺してしまった人間の分まで、争いがなくなるまで戦わなければならない。
でも、彼女と戦場を離れた場所で感じる幸せは、俺の決意を鈍らせる。

彼女も時おり幸せそうながら悲しげな表情を浮かべることがある。
伊達に10年も彼女の相棒をしているわけではない。
彼女も俺と同じことを思っているのがわかった。


明日、もし晴れたら、公園のベンチにでも座りながら彼女と話してみよう。
恋人と相棒、互いにとってどちらがよりよいものなのか。
どうすることが俺たちにとって幸せなのか。

そして、どんな間柄でいようとも、俺と彼女の絆は永遠のものだと。

7/31/2023, 12:10:44 PM

私はとある王国の王。
先王が崩御して、16歳で王位を継いだ。
この玉座を、そして王国を守るために、私は強くあらねばならない。
王国の希望でいなければならない。

そんな私を支えてくれたのは、代々王国に仕える騎士団長だった。
彼は私に剣術を教え、王としての在り方を教え、そして人としての温もりを教えてくれた。
王としてではなく、人間としての私を受け止めてくれるかけがえのない存在だった。

その彼は今日、戦死した。
死に目に会えたのはせめてもの救いだった。
彼は最期まで私を案じてくれた。

私は彼を看取った後、すぐに副団長に彼の葬儀と軍の再編を命じた。
葬儀では騎士団長としての彼の功績を称え、「騎士団長に報いるため」と彼の死を皆を鼓舞するために利用した。
私の演説に、騎士達や国民達からは感涙と喝采が上がった。

私はその熱気を背中に感じながら、誰にも告げずに騎士団長の部屋へ向かった。
もうここに彼はいない。
残り香を感じた瞬間に、頬を涙が伝っていくのがわかった。
私は部屋に鍵を掛けた。

王は、皆に涙を見せるわけにはいかないから。
常に輝きを放っていなければいけないから。

しかし、私は一人の人間として彼の死を悼みたかった。
だから、今この瞬間だけは一人でいたい。

「今までありがとう。どうか安らかに」

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