ぴこーんと軽快な電子音が鳴る。
昔々の、子供たちの間で大流行した携帯ゲーム。
「化石みたいなゲームしてる人がいる……」
「ファミコン世代に怒られるぞー」
電子音と共にゲーム内のモンスターが成長する。モノクロのドットゲームが今や世界を股にかけるゲームになったんだから驚きだ。
「この頃は自転車出すにもいちいちリュック開く必要があったんだよなー」
「セレクトで1番上に持ってくるんでしょ、2番目がつりざお」
年の離れた兄がそんなことを言っていた気がする。
「お前もやる?交換しないと進化しないやついる」
「通信ケーブルないから無理でしょ」
ケーブルがあるだけで英雄だったんだよ、と従姉が懐かしそうに言っていた。初代からやっている世代は特別な感情を持つのかもしれない。
「この2人の旅から始まったんだね」
「あとからもう1人加わるから3人だな」
色の三原色でもある3人。これからカラフルな色を編み出していくと考えたらいいネーミングだったのかもしれない。
「いかん。宇宙ヒトデが強すぎる。火力おかしい」
「レベル上げがんばれ」
ピコピコと電子音が繰り出す物語を、小さな窓から2人で眺めていた。
【Red,Green,Blue】
「あー、今日も可愛い」
「はいはい、贔屓フィルター贔屓フィルター」
彼女の告白をさらりとかわす。これが最近の僕たちのやりとりだった。
「フィルターなんかない!この愛は君を潰すほどなのに!!」
「そんなにでかいとフィルターは通れないな」
「スライムみたいにフィルターを押し通る!」
「想像してみろ、そんな愛怖すぎる」
表情ひとつ変えずに返していると、彼女は悔しそうに頬を膨らませる。そういえば年の離れた妹が風船みたいに飛ぶ猫の絵本を見ていたっけ。
「そうだ!フィルターごと君を包み込む!」
「発想が狂気」
同じ作者の泣いた子供の絵本もなかなかすごかったな。母親が魚すくいに行くやつ。あの独特なイラストも子供心のなにかをくすぐるんだろう。
そういえば新聞に画展開くって書いてあったな。彼女は好きだろうか。断られたら妹が喜びそうなものだけ買って帰ろうかな。
「えーっと、えーっと」
「今度画展いなかい?」
「え?」
「嫌なら1人で行く」
「行く!行くってばあ!!」
とどのつまり、僕のフィルターなんかとっくに通り越してるのに、彼女はそれに気付かない。身の回りのものは僕の物だらけなのに、全然気付かない。
「絵本、好き?」
だから今のうちに、僕の好きな物を刷り込んでおくんだ。
【フィルター】
「収斂進化って知ってる?」
「しゅうれ……なんだって?」
部屋で漫画を読んでいたと思ったら、急に話を振られた。彼女は顔を上げず、漫画を読みながら話を続ける。
「種類的に全く関係ないのに、似たような進化をした生き物のことだよ。例えばサメとイルカ。ハリネズミとハリモグラ。アザラシとアシカ」
「ほうほう」
確かに似ている。サメとイルカはわかるが、他のは別種だったのか。知らなかった。
俺は彼女に体を向けるが、彼女はまだ漫画から目を離さない。
「ハチドリとスズメガ」
「ん?」
「セミクジラとフラミンゴ」
「……似てるのか?」
「ティラコスミルスとスミドロン」
「わかるかーッ!!」
最後のツッコミでやっと彼女は顔を上げて、にやりと笑う。
「そっくりだよねえ」
「いや、最後のとかどんな動物かさっぱりわからなかった」
彼女は満足そうに近付くと俺を押し倒して腹を枕にし始めた。そしてまた漫画を読み始める。
「そっくりなのに仲間になれないなんて悲しいねえ」
「……まあサメとイルカが和気あいあいとか見たことねえな」
腹に乗った頭を撫でてやると、ふふふ、と笑い声が聞こえてくる。
「宇宙人も知らないうちにヒトに見えるよう収斂進化してたりして」
「……SFホラーなら俺かお前が宇宙人なやつな」
そうしたら彼女とは敵対し殺し合うんだろう。サメとイルカが仲間になれないように、縄張りを分かち合えないように。
だから、黙っていよう。相手に知られさえしなければ、同種だと思われている限りは、俺たちは平和に過ごせるのだから。
【仲間になれなくて】
「あぁああああ……」
割れるように頭が痛い。台風が近いからだろうか。雨が叩きつけるように降っているからだろうか。ともかく、頭の中で小人がエッホエッホとツルハシを振るっている。唸るような声を出して痛みを和らげるしかなかった。
「貞子だか呪怨だか着信アリだか零だかで聞いた声がする」
「……ホラーのチョイス古い……」
彼は隣に座るとペットボトルを差し出してきた。ありがたい、これで薬が飲める。
ぷるぷると震える手で頭痛薬を飲み、こめかみを抑える。はやく効いてほしい。
「雨の日はいつも頭抱えてるな」
「頭痛で天気予報できるよ」
頭の中の小人はまだ元気にツルハシを振るっている。眉間を押さえてなんとか痛みを逃す。
ふと、額に冷たさを感じた。目を開けると、彼が額に手を当てていた。
「少しはマシか?」
ひんやりとした温度は、暴れん坊の小人を少し大人しくさせる。
私は問いに答えずにもう一度目をつむり冷たさを堪能した。
【雨と君】
「誰もいませんか〜……」
囁くように発した言葉は、誰もいない教室に妙に響いた。普段騒がしい教室もしんとした空気に包まれ、まるで異物が自身のように感じられた。
「ひぇ〜……誰にも見つかりませんように……」
目的は自席の引き出しにある宿題。すっかり持って帰るのを忘れたまま、明日提出であることを夕方自室で思い出したのだ。
「怒ると怖いんだよなあ……」
怒り狂う担当教諭を頭に浮かべ、ぶるぶると首を振る。目当てのものは取った。あとはこっそり帰るだけ。
「なーにしてんだ」
「あぎゃ……ッ」
叫びそうになった言葉は、彼の手によって遮られ放たれることはなかった。
「シーッ!バレるだろ馬鹿!!」
「むーっ!むーっ!!」
反論しようにも彼の手が遮り何も言えない。なんで彼がいるのか、話しかけてきたのか、そもそも話しかけなければ叫ぶこともなかった。
同級生のこの男。彼もまた宿題を忘れたのだろうか?
「失礼なこと考えてんな。俺は終わらせてるぞ」
先読みしたかのように言葉を被せてきた。
「弁当箱忘れたんだよ。母ちゃんにバレたら小遣い減額される」
大きなため息をつく彼に、弁当を忘れるのもどうかと思う、と自分のことは棚上げしつつ思った。
「ところでお弁当箱大きいね」
「空気読めないって言われねぇ?」
お重みたいな弁当箱に言ってもいい言葉だと思ったけれど、彼の笑い顔をよく見たくて目を見つめてしまった。
【誰もいない教室】