「誰もいませんか〜……」
囁くように発した言葉は、誰もいない教室に妙に響いた。普段騒がしい教室もしんとした空気に包まれ、まるで異物が自身のように感じられた。
「ひぇ〜……誰にも見つかりませんように……」
目的は自席の引き出しにある宿題。すっかり持って帰るのを忘れたまま、明日提出であることを夕方自室で思い出したのだ。
「怒ると怖いんだよなあ……」
怒り狂う担当教諭を頭に浮かべ、ぶるぶると首を振る。目当てのものは取った。あとはこっそり帰るだけ。
「なーにしてんだ」
「あぎゃ……ッ」
叫びそうになった言葉は、彼の手によって遮られ放たれることはなかった。
「シーッ!バレるだろ馬鹿!!」
「むーっ!むーっ!!」
反論しようにも彼の手が遮り何も言えない。なんで彼がいるのか、話しかけてきたのか、そもそも話しかけなければ叫ぶこともなかった。
同級生のこの男。彼もまた宿題を忘れたのだろうか?
「失礼なこと考えてんな。俺は終わらせてるぞ」
先読みしたかのように言葉を被せてきた。
「弁当箱忘れたんだよ。母ちゃんにバレたら小遣い減額される」
大きなため息をつく彼に、弁当を忘れるのもどうかと思う、と自分のことは棚上げしつつ思った。
「ところでお弁当箱大きいね」
「空気読めないって言われねぇ?」
お重みたいな弁当箱に言ってもいい言葉だと思ったけれど、彼の笑い顔をよく見たくて目を見つめてしまった。
【誰もいない教室】
9/7/2025, 8:12:58 AM