たぬたぬちゃがま

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8/14/2025, 10:57:08 AM

「うわぁあああああ。」
やらかした。盛大にやらかした。
どうしてこんなことになってしまったのか。
「私の桃ちゃん……。」
冷蔵庫の前で深いため息をついたが、少し傷んだ桃が蘇ることはなかった。

「はぁああああ……。」
たまたま実家でもらったらしい、頂き物の高級桃。大好物の桃を少しずつ丁寧に味わって食べようと思っていたのに。実際は傷ませてしまうなんて桃好き失格である。桃と桃農家さんにもう足向けて眠れない。いや、むしろ桃農家さんたちへ全方位土下座をするべきなのかもしれない。
冷凍するしかないのはわかるが、負けた気がする。しかしそのまま食べるというのも愚直というか、義務感で消費するのもまた桃に対する侮辱に思えてしまった。
「桃ちゃん……。どうして……。」
「おい、大丈夫か?かなりやつれてるぞ。」
同じサークルの彼が心配そうに声をかけてきた。いいやつ。
「桃ちゃんが……もう……。」
「桃ちゃん?家族か?」
「大切だったのに……。」
ぽろり、と頬を涙が濡らす。あぁ、本当につらかったんだ。最高級桃1キロ15000円。まさに桃界の王様。傷ませてしまうなんて王様に対する不敬罪でしかない。
「……つらかったな。」
彼の言葉に、私は言葉を返せずボロボロと頬を濡らすしかできなかった。

———————

「桃農家を実家に持つ俺が桃の美味い食べ方を伝授してやろう。」
「あなたが神か。」
綺麗に剥かれる桃たち。そして桃農家息子によって作られた桃デザートたち。それらをもぐもぐ食べる私。あぁ、なんで幸せなんだ。なんて美味しいんだ。さすが桃界の王様。さしずめ彼は王様を支える宰相なのか。
ちらちらこっちを見ているのが気になるが。美味しいぞ。最高だ。そしてそれらは口に出して伝えなければ。この素晴らしい桃たちの賞賛を。
「美味しいし最高だし毎日食べたいし幸せです。ありがとう。」
なんか顔が赤くなった気がする。冷房を強めるか聞いたほうがいいだろうか。
「……俺んちに送られてくる規格外桃、いる?」
「あなたが神か!!」
美味しい桃に、美味しい約束。あまりにも嬉しくて、彼が複雑そうな顔で笑ったのを私はこの時気付けなかった。


【言葉にならないもの】

8/13/2025, 8:57:38 AM

蝉が鳴く低音。風鈴が鳴らす高音。空気を掻き回す扇風機の音。
祖父の家。両親が共働きだからと預けられた夏休み。畳の上を見て、天井の木目を数える。
あ、あれ猫みたい。あっちは犬。こっちはーーー。
ぼーっとすることは好きだった。思想の海に潜り、なんでもないことをぼんやり考えることが好きだった。そうだ、あの時、私は。
「目、開けて寝てるのか?」
いきなり顔面に飛び込んできた顔に、思わずヒュッと声にならない音が喉から出た。彼はこの家の持ち主で、ああそうだ。彼の実家を取り壊すにあたって手伝ってくれと言われて。
彼の家は、私の祖父の家とよく似ていた。
「昔を思い出して、まして。」
「実家こんな感じだったっけ?」
「いや、おじいちゃんち。」
そういえば祖父の家はどうなったんだっけ。耳に残る蝉の声と風鈴と扇風機の音がここにも蘇ってきそうだ。
祖父の家とは違う、家の気配。でも似ている。風や空気が、家を通って、私は。

ぎゅ。
「いたたたたた!!!」
いきなり両頬をつねられ現実に戻る。いつも彼は思考の海に潜っている私を引っ張り上げてくる。少しぐらい浸らせてほしい。
「瞑想に来たの?手伝いに来たの?」
「お手伝いです……。」
思考を読んだかのような言葉と共に呆れる彼へ、痛むほおをさすりながら答えた。


【真夏の記憶】

8/12/2025, 9:50:06 AM

ぼたぼたとアイスクリームが溢れる。
「無理して下のコーヒーゼリー食べようとするから。」
くすくすと笑いながらパフェの周りを拭くようにポケットティッシュが渡される。
「食べたかったんだよ。」
「子供じゃあるまいし。」
くすくすといつまでも笑う彼女。なんだか悔しくて、ぐあっと大きな口でアイスとコーヒーゼリーをかき込む。
うまい。コーヒーゼリーは日本発祥らしいが、なぜ海外では誰も思いつかなかったのか。特にアイスクリームとコーヒーゼリーの組み合わせがお気に入りだった。
「本当に美味しそうに食べるね。」
見てるだけで幸せになれるよ。嫌味など一切ない心からの言葉に聞こえた。少食な彼女は曰く、大量に食べる俺に惚れたという。
「ほら、またこぼれたよ。」
そう言って口元についたクリームを拭いてくれる。それをしてもらうためだよ、というのは黙っておく。
「ひとくち食うか?」
「ありがとう。」
そう言って小さな口が可愛く開いたのを、俺は特等席から眺めていた。


【こぼれたアイスクリーム】

8/11/2025, 6:57:25 AM

成分の半分は、優しさでできている。
そんな謳い文句の頭痛薬を飲み込み、こめかみをグッと押した。
頭が痛い。急な雨が続いたからか頭が重くて仕方ない。目の奥がずぅんと重くなって、目を開けるのも億劫だった。
本当はきちんと医師にかかって処方してもらうのが一番なのだろうが、もはや持病と言っても差し支えない程度には襲ってくる頭痛に、有休を消費するのももったいないと思ってしまった。
優しさなんていいから、早く効いてくれと願いを込めて頭を揉む。

「頭皮マッサージいかがすか。5分500円。」
自分の手より一回り大きい手がぐりぐりと揉み込む。程よい強さで気持ち良い。
「お願いします、30分0円で。」
「時間伸びてるしタダでやらせんのかよ。」
彼が呆れたような声を出すが、マッサージの手は止まらない。するすると肩に降りて揉み込んでくれた。
「相変わらず硬いな、石詰まってないか?」
グリグリと肩に指が押し込まれて思わず声がもれる。
「石、砕いてください……。ついでに肩甲骨も剥がしてください。」
「0円でやらせてるのに注文多いな。」
口調とは異なり両肩を優しく撫でると、胸を張るような体勢にググッと力を込められる。
じんわりとした温かさがとても気持ちよく、ほう、と息を吐いた。彼は慣れた手つきで、マッサージを続けていく。
「はい、施術料1万円ね。」
彼がぽんぽんと肩を叩くが、こっちは夢見心地でつっこみきれない。それほどに良い手なのだ。程よい力と、程よい温度と、程よい大きさと。肩から彼の手を取り、自分の手と絡ませてみる。
ふと、頭痛が治っていることに気づき、手放せないなあと思った。頭痛薬の半分の優しさを補うのはこの手なのかもしれない。
「……お前、まさか俺より俺の手に惚れてない?」
少し引いた顔をした彼に、私はあえて何も言わずに笑い返した。


【やさしさなんて】

8/10/2025, 7:04:54 AM

あだだだだだだ!!!!
色気のない声が後ろから響く。正直うるさい。
ぎゅう、と腹周りに巻かれた腕は自分と彼女の体を密着させていた。
「おい、運転しづらいからもう少し手を……。」
「離さない!落ちるから離さない!!風が痛い!!怖い!!!!」
ヘルメットにつけたマイク越しでなくても聞こえる声に、エンジンをふかしてスピードを上げるとまた色気のない声が響いた。

バイクって楽しいの?
そんな彼女の好奇心が生んだこのツーリングは、俺個人としてはとても幸運なものだった。気にも止められてないとわかっていても、この幸運を逃す手はないと考えた。
色気のなさは仕方ないにしても、うるさすぎるのが考えものだが。
「怖い!帰ろう!!満足しました!!」
「まだまだ、これからだろ!!」
アクセルを回すと、また悲鳴が上がった。
あとでおそらく、必ず怒られるだろう。
でも、今はこの風と共に独占している優越感に浸っていたかった。


【風を感じて】

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