「うわぁあああああ。」
やらかした。盛大にやらかした。
どうしてこんなことになってしまったのか。
「私の桃ちゃん……。」
冷蔵庫の前で深いため息をついたが、少し傷んだ桃が蘇ることはなかった。
「はぁああああ……。」
たまたま実家でもらったらしい、頂き物の高級桃。大好物の桃を少しずつ丁寧に味わって食べようと思っていたのに。実際は傷ませてしまうなんて桃好き失格である。桃と桃農家さんにもう足向けて眠れない。いや、むしろ桃農家さんたちへ全方位土下座をするべきなのかもしれない。
冷凍するしかないのはわかるが、負けた気がする。しかしそのまま食べるというのも愚直というか、義務感で消費するのもまた桃に対する侮辱に思えてしまった。
「桃ちゃん……。どうして……。」
「おい、大丈夫か?かなりやつれてるぞ。」
同じサークルの彼が心配そうに声をかけてきた。いいやつ。
「桃ちゃんが……もう……。」
「桃ちゃん?家族か?」
「大切だったのに……。」
ぽろり、と頬を涙が濡らす。あぁ、本当につらかったんだ。最高級桃1キロ15000円。まさに桃界の王様。傷ませてしまうなんて王様に対する不敬罪でしかない。
「……つらかったな。」
彼の言葉に、私は言葉を返せずボロボロと頬を濡らすしかできなかった。
———————
「桃農家を実家に持つ俺が桃の美味い食べ方を伝授してやろう。」
「あなたが神か。」
綺麗に剥かれる桃たち。そして桃農家息子によって作られた桃デザートたち。それらをもぐもぐ食べる私。あぁ、なんで幸せなんだ。なんて美味しいんだ。さすが桃界の王様。さしずめ彼は王様を支える宰相なのか。
ちらちらこっちを見ているのが気になるが。美味しいぞ。最高だ。そしてそれらは口に出して伝えなければ。この素晴らしい桃たちの賞賛を。
「美味しいし最高だし毎日食べたいし幸せです。ありがとう。」
なんか顔が赤くなった気がする。冷房を強めるか聞いたほうがいいだろうか。
「……俺んちに送られてくる規格外桃、いる?」
「あなたが神か!!」
美味しい桃に、美味しい約束。あまりにも嬉しくて、彼が複雑そうな顔で笑ったのを私はこの時気付けなかった。
【言葉にならないもの】
8/14/2025, 10:57:08 AM