たぬたぬちゃがま

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8/4/2025, 8:38:56 AM

とぽぽぽぽ。
割材はサイダー。レモンサワーの素に対して9割くらい。レモン果汁を足してできあがり。
「それ度数あるの?」
思わず口に出してしまった。こっちが飲んでいるのは缶ハイボール。割材を使うものはもっとガツンと飲みたい時なので、彼の行動が奇妙で仕方なかった。
「微アルコールが、好きなんだ。」
ぼそり、と呟くように答える。まあ最近は若者のアルコール離れといいますか、スマートなドリンクと言いますか、多様的な飲み方が推奨されている。
「じゃあなんで宅飲みしようって誘ったのよ。」
「これも立派なアルコール……。未成年は飲んじゃだめ。」
私にとってはレモンサイダーだ。という言葉は飲み込んでやった。もともと口数が少ない彼が、この宅飲みの時だけほんの少し饒舌になる。ということはこの低アルコールでも彼にとっては十分なんだろう。缶ハイボールがなくなったので私もレモンサワーを作ることにした。

とぽぽぽぽぽ。
先ほどと違って注いでいるのはレモンサワーの素だ。炭酸が少なくなるのが難点だが仕方ない。
彼がうわぁ……と呟くのを私は聞き逃さなかった。
「私にとってこれが適量なんです〜。」
「楽しそうだから、なんとなくそれはわかります。」
肝臓が可哀想、とか言われると思ったから意外だった。
「買った甲斐がありました。」
つん、と結露がついたペットボトルをつつき、ふわりと笑った。
普段しない表情に、私は妙に気恥ずかしくなってペースも考えずにグラスをあおった。
ぐるぐる、と浮遊感が少しずつ増えていく。炭酸がぬるくなってきたな、と思う頃には、彼の声がどうやって聞こえているかもよくわからなかった。


【ぬるい炭酸と無口な君】

8/3/2025, 6:31:17 AM

知ってる?ボトルメール!
そう言って彼女はボトルメールのwikiを見せてきた。
「いまは不法投棄とかうるさいから無理でしょ……。」
「はい、正論〜!なんだーもう。」
膨れっ面になった彼女の頬をつんつんとつつく。
「観念してゲームのボトルメールで我慢しな。」
「ロマンがない……。」
彼女はこう、突拍子もなくロマンチストなことを言う。ある日はストリートアート、ある日は公園でスケボー練習。
事あるごとに正論を返しそれをなあなあにしてきた。やれ、持ち主に許可取らないと捕まりますよ、だの。やれ、誰がタイヤで汚れたベンチや手すりに触りたいですかね、だの。うるさいことはわかってはいたが、実際にそれで残業になり、へべれけになりながら母に泣きつく父を見てきたので、公共物を汚す行為はあまり許容したくない。公共のものを直すお金は公共のお金なのだ。
「うーん。リアリスト。」
「ロマンチストには理解できませんかね。」
話は噛み合わないのに、居心地はなぜかよかった。凸と凹みたいだね、と笑ったのは君で。


手紙はフェリーの甲板から投げた。紙飛行機のように折られたそれは、少し宙に浮いた後海へと落ち、波がさらっていった。
あの手紙が、彼女に届きますように。
子供を助けて亡くなるなんて、ロマンでしょ?
そうおちゃらけた声まで聞こえてきそうで。
なにがロマンなものか。美談にするな。残された人の人生が続くのを考えたことがあるのか。
ロマンチストな彼女は、そう詰められてもニコニコ笑うんだろう。いつまでもこだわっているのはリアリストな自分だけなのだ。
だから、あの手紙は、どうか、彼女の元へ。行くはずもないと1番わかっているの自分だというのに。


【波にさらわれた手紙】

8/2/2025, 4:57:05 AM

8月、君に会いたい。
そんな題名のホラーを、彼女は友人から借りてきた。
「まだ配信されてないんだって。」
晩ご飯を食べ、お風呂に入り、ソファで落ち着いたところで彼女はいそいそとパソコンにDVDを入れる。テレビに映し出すケーブルは自分が接続した。

昭和初期が舞台。出征した恋人を待つ主人公。
無言の帰宅をした恋人に、会えるのはお盆の短い期間だけ。
「怖いっていうより、切ない話だったね。」
初めは年に1度の逢瀬に喜んだ主人公だが、年を追うごとに考えが変わり、容姿が変わり、環境が変わり。変わらないのは愛おしいはずの恋人だけ。その恋人に、主人公は何を思うのか。
「愛って変わっちゃうのかなあ。」
「まぁ、生きている限りは変わるんじゃねーか?」
その言葉を聞き、彼女は納得がいかないような顔をした。少女漫画のような永遠の恋など存在しない、と思いたくないのだろう。
「会わなければ変わらねぇよ。」
そう、男は主人公に会いにいかなければよかったのだ。そうすれば、彼女の心の中でずっと生き続けられた。『死んだ恋人』という、誰にも敵わない、犯されることのない、彼女の心の奥深くに居座る存在になることができたのだ。
会いたいと欲を出した結果、男は女を逃してしまうのだ。前を向いた彼女を、死人はどうしたって止めることはできない。

「愛の種類が変わるって切ないね。あー泣けた。」
「種類?」
彼女の言っている意味がわからず問いかけた。
「だって主人公はわかってるもの。どうして8月に会いにきたのか。その後も会い続けるのか。それでも主人公は会いたかったんだね。」
老い続ける自分を見ても、あなたは愛を貫けるのか?と。
「だから君に会いたいなんだね〜。」
ハンカチで涙を拭きつつDVDをしまう彼女。その後ろ姿がやけに儚げに見えた。
そんな考えがあるなんて、思わなかった。

そっと手を引き、後ろから抱きしめる。
「どうしたの?」
あぁ、きっと恋人の男もこんな気持ちだったのか。
問いかけに返さず、抱きしめる腕に力を込めた。

【8月、君に会いたい】

8/1/2025, 4:30:49 AM

眩しかったんだ。
きらきらとしたベールに身を包んで、エメラルドのような瞳を細めてこちらに微笑む。
あぁ、自分が隣に立つ人間でいいのだろうか、と。
とりたえて見栄えがいいわけでない。地位が高かったわけでもない。
ただ、がむしゃらに戦場に立っていたら武勲がついてきて、彼女も共につれてこられただけだ。
輝くあなたがいる寝室へ行くのはひどく緊張した。戦場の前線で走れと言われた方がマシなくらいだ。
「旦那様。」
ちりん、と鈴の鳴くような声が愛おしくて。
「靴とコルセット、脱いでもいいですか?」
鈴のような声で、とんでもないことを言い出した。


「つらかったー!!」
ガバッと外したかと思うと侍女が回収しやすいようにかカゴにポンポンといれ、ベッドにダイブした。最初の顔合わせの頃とずいぶん様子が違う。
「……元気ですね。」
「お父様に猫に猫を被って猫の真似をしろと言われたので。」
いそいそと掛け布団に潜ると幸せそうに顔を綻ばせる。肌触りが気に入ったようでよかったです。
「旦那様。」
猫が被り物を脱いでもやはり鈴の鳴声のような声で、自身の隣をポンポンと手のひらで叩く。
「いや、その、私たちは結婚したとはいえ……」
「私寒いの嫌いなんですよ。体温ください。」
ぐいっと引っ張られたと思ったら布団を被せられ、背中にピトッとくっついてきた。背中に2、3回頬擦りしたかと思うと寝息が聞こえてくる。

なんだこの娘は。一回りは下だからと割れ物に触るようにしていたらあっという間にペースに飲まれてしまった。
彼女の方を向けない。見てしまったら、眩しくて直視できる自信がなかったから。


【眩しくて】

7/31/2025, 3:47:30 AM

走る 走る 走る 走る
口の中から心臓が出てきそうだ。内臓全てが腹の皮を破り出てきそうな、熱いマグマを飲み込んだかのような錯覚が襲ってきた。
ゴールに辿り着いた瞬間、ふらふらと日陰に転がり込んで空を見た。
ばくばくと心臓がうるさい。足も痛い。全身が痛い。血が沸騰してそうだ。
「おーい、もうへばったのか?」
陸上部の、幼馴染。来たなこの状況の元凶。百聞は一見にしかずとかいって私をジャージ姿にして走らせた。文句が言いたいのに言葉にはできない。全ての血液は脳ではなく足や内臓に行っているから。
「あのなぁ、陸上部はこれの10倍は走ってるぜ?男子じゃなくて女子な。」
さいですか。でもそもそも私は文芸部だ。文章を書くのが部活内容だ。
「お前だろ?物語の登場人物は陸上部にするからどんなもんなんだって聞いたの。」
聞いてない。そんなこと聞いてない。言ったとすれば登場人物の下りまでだ。なんだったらべつにテニス部にしてもよかった。
「たかだか1周でヒューヒュー言ってんの、体力大丈夫か?」
体力より、私の身体の心配をして欲しい。声が出ないんだ。私の口は今、発声するより酸素補給に忙しい。
「あ、水か。水分補給してるか?スポドリのほうがいいぞ。熱中症は怖いからな。」
口にスポーツドリンクを持ってくる。優しい。美味しい。あ、保冷剤を脇の下に。身体の心配どうも。いや、そういうことじゃなくて。
「……焦点合ってないけど聞こえてるか?おーい。」
ひらひらと手のひらを目の前で振る。
うるさい。聞こえてる。疲れたから休ませてほしい。暑苦しい。
「口元からスポドリ溢れて……汗の匂いも……」
おい、なんだその喉の動き。見えてるからな。聞こえているからな。反論も身動きも取れないだけだからな。これで手を出したら最低だぞお前。
「触られたことあるし、触っていい、よな……」
駄目だよ。触られたことあるって許可取ってから触っただろ。あれは部作成の冊子の挿絵用資料って説明しただろ。脳みそまで筋肉でできてんのかふざけんな。許可出してねぇぞ。マジでやめろ独り言マン。
「うっわ……やわらか……」
やめろっての!ほっぺでよかった!!いやよくない!!やめろ!!やめろ!!!ぷにぷにつつくな!!やめろ!!!!
運動不足の身体はまだどくどくと音を立てて言うことを聞かない。耳元に心臓があるみたいだ。
体力を回復し「やめろ馬鹿!」とやつの頭を引っ叩くまでの間、私のほっぺはやつに遊ばれ続けた。


【熱い鼓動】

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