走る 走る 走る 走る
口の中から心臓が出てきそうだ。内臓全てが腹の皮を破り出てきそうな、熱いマグマを飲み込んだかのような錯覚が襲ってきた。
ゴールに辿り着いた瞬間、ふらふらと日陰に転がり込んで空を見た。
ばくばくと心臓がうるさい。足も痛い。全身が痛い。血が沸騰してそうだ。
「おーい、もうへばったのか?」
陸上部の、幼馴染。来たなこの状況の元凶。百聞は一見にしかずとかいって私をジャージ姿にして走らせた。文句が言いたいのに言葉にはできない。全ての血液は脳ではなく足や内臓に行っているから。
「あのなぁ、陸上部はこれの10倍は走ってるぜ?男子じゃなくて女子な。」
さいですか。でもそもそも私は文芸部だ。文章を書くのが部活内容だ。
「お前だろ?物語の登場人物は陸上部にするからどんなもんなんだって聞いたの。」
聞いてない。そんなこと聞いてない。言ったとすれば登場人物の下りまでだ。なんだったらべつにテニス部にしてもよかった。
「たかだか1周でヒューヒュー言ってんの、体力大丈夫か?」
体力より、私の身体の心配をして欲しい。声が出ないんだ。私の口は今、発声するより酸素補給に忙しい。
「あ、水か。水分補給してるか?スポドリのほうがいいぞ。熱中症は怖いからな。」
口にスポーツドリンクを持ってくる。優しい。美味しい。あ、保冷剤を脇の下に。身体の心配どうも。いや、そういうことじゃなくて。
「……焦点合ってないけど聞こえてるか?おーい。」
ひらひらと手のひらを目の前で振る。
うるさい。聞こえてる。疲れたから休ませてほしい。暑苦しい。
「口元からスポドリ溢れて……汗の匂いも……」
おい、なんだその喉の動き。見えてるからな。聞こえているからな。反論も身動きも取れないだけだからな。これで手を出したら最低だぞお前。
「触られたことあるし、触っていい、よな……」
駄目だよ。触られたことあるって許可取ってから触っただろ。あれは部作成の冊子の挿絵用資料って説明しただろ。脳みそまで筋肉でできてんのかふざけんな。許可出してねぇぞ。マジでやめろ独り言マン。
「うっわ……やわらか……」
やめろっての!ほっぺでよかった!!いやよくない!!やめろ!!やめろ!!!ぷにぷにつつくな!!やめろ!!!!
運動不足の身体はまだどくどくと音を立てて言うことを聞かない。耳元に心臓があるみたいだ。
体力を回復し「やめろ馬鹿!」とやつの頭を引っ叩くまでの間、私のほっぺはやつに遊ばれ続けた。
【熱い鼓動】
7/31/2025, 3:47:30 AM