たぬたぬちゃがま

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7/30/2025, 4:53:40 AM

いない。いない。いない!!!
「っだー!!!どこにいるんだあいつは!!!」
何度目になるかわからないと思いながら社内電話をガチャリと切った。
「また捕まらなかったんすか〜。」
後輩ののんびりとした口調すらも腹が立つ。
「あいつ総務課行くって言ってたよね!?総務に電話したら営業1課に行くって言われて、営業1課にかけたら保全保守課に行くって言われて……!!タイミングが悪い!!!」
わなわなと手が震える。元はといえばやつが書類の山を説明なしに「あとはよろしく」とだけ書いたふせんを貼って私の机の上に放置したのが発端なのだ。
「確認の電話をするたびに仕事内容が肥大していく……!!」
電話する先々で『そういえば彼には言い忘れたんだけど、』と仕事を振られまくった。なぜ。
「わらしべ長者みたいっすね。」
「こんなおしごと長者がいてたまるかァ!!」
いらいらしながらまとめた文章を企画ごとに分類し、ふせんで「お前の分だ馬鹿」と大きく書いて貼り付ける。もう腹が立って仕方ない。
「コーヒー休憩してくる!」
「俺もコーヒー欲しいっす〜。」
「先輩をパシるな!しばくぞ!!!」
ドスドスと音を立てているのも気にせず、別フロアにある自販機に向けて歩いていった。


「……静かだねぇ。」
「あ、せんぱーい。タイミング最高?最悪?かわからないけど、お怒りっすよ。」
先ほどまで探されていた先輩がひょっこり帰ってきた。狙っているのか、いないのか。彼女があんなに血眼になって探していたのはなんだったのか。
「文字からも怒りが伝わってくるねぇ。」
呪いでも込めたのかと言わんばかりの文字。それでも先輩は嬉しそうにニコニコ笑っている。
「わざとだったら性格悪いっすよ。」
「大丈夫、もう知られてるからぁ。」
それ大丈夫とは言わないのでは。それを言わない自分は後輩の鏡である。
「コーヒー休憩行くって言ってましたよ。」
「りょーかーい。じゃあお茶請けを渡してやるかぁ。」
ポケットから、いろんな課からもらってきたであろうお菓子を置いていく。
「まーたそういうことする。」
思わず呆れてしまう。わかっててやってる、この人。
「いやー、俺ってばタイミングがいいなぁ。」
鼻歌を歌いながら買ってきていたコーヒーを飲む先輩を尻目に、この後フロアに響く怒号を想像した。


【タイミング】

7/29/2025, 3:56:21 AM

昔見た漫画にあったんだ。
とある彫刻家が切り株を虹の根元に見立ててカンカンと加工したら、勘違いした虹が切り株にくっついて、それを使って空に登って。雲を橋や階段にしたらまた登っていく。
『そんなに登ってどうするの?』
『なぁに、天使様に会うためさ。』
『天使に会ってどうするの?』
『俺の彫刻のモデルになってもらうのさ。』


「———なんて話があってだな。」
「ずいぶん昔の漫画だよね、それ。」
図書館で夏休みの課題をやっていたら、急に漫画の話を始めた。余裕あるなこいつ。
「そのあとモデルの天使に魔王の息子が惚れるんでしょ。でも天使は主人公に惚れててさ。」
「ずいぶん昔と言いつつよく覚えてるな。そうそう、魔王の息子は作ってもらった彫刻をずーっと見てんだよな。」
天使と悪魔の恋。いや、この場合は片思いか。昔からの不変のテーマなのかもしれない。
「で、それと宿題なにか関係あるの?」
彼がくるくるとペンを回す。器用なもんだ。
「虹のかけらって名前で切り株彫ったら自由研究出したらウケるかなって。」
「どうやって切り株持ち運ぶのかまで考えてたら素晴らしいと思う。」
どうせなにも考えてないんだろ、という言葉は飲み込んでやった。私ってば優しいなあ。
「勘違いした虹が目の前に出てきたら君が喜ぶかなと。んで、俺は虹の麓で天使に会う。」
なんでもないように言った言葉に、思わず回してもいないペンを落とした。
「え?」
「ん?」
こっちの固まった表情に気づかず、転がっていったペンを目の前に戻してくれた。意外と優しい。
「あぁ、せっかくだからワンピース着てくれよ。その方がより天使っぽい。」
顔色ひとつ変えず、彼はそう言った。
「え?」
「ん?」
相変わらず固まった表情には気付いていないようだった。


【虹の始まりを探して】

7/28/2025, 4:51:58 AM

耳鳴りのようにしつこい蝉の声。
アスファルトから放たれる熱気。
ジリジリと熱し続ける太陽。
道路上ではミミズがこんがりと焼き上がっていた。
「あーーーーーーづい」
外を歩くだけで熱中症になりそうだ。
着信音が鳴りスマホを見れば『アイス買ってきて』の文字。
「こんなに暑いのにふざけんなよ……。」
言うことを聞くのは癪にさわるが、とにかく涼みたい。その一心で目に入ったコンビニへ足を踏み入れた。
コンビニに入るともう別世界のようだった。涼しい。ここに住みたい。漫画もお菓子もアイスもある。
イートインがあるコンビニだったので、チョコアイスを買ってそこで齧る。おいしい。涼しい。図書館も涼しいがあそこは飲食禁止だ。
「ここがオアシスか……。」
いずれは出なければいけないオアシス。居心地の良さに心を癒されながらも、帰るべきところはここではないと言う気持ちも湧いてくる。砂漠を旅する人たちも、オアシスから出る時同じことを思ったんだろう。
「少し休んだら帰るか……。」
ちょうどアイスを食べ終わったところで、スマホの画面に『まだ?』というせっかちな同居人からのメッセージが表示された。


「遅い!アイス!!」
「買ってきてもらっておいてぞんざいだな。チョコミントアイスにするんだったか?」
「それ、チョコミン党に失礼だぞ!私は違うけど!!」
同居人はアイスを取り出し、美味しそうに食べ始める。彼女の身体は、暑い暑いというわりに家にいたからか自分の体温より低そうだ。
「あっっつう!!」
抱きしめた途端あがる色気のない声。
「暑い!離れろ!!」
「俺を冷やしてくれよ、外暑かったんだよ……。」
「知らん!保冷剤抱えとけ!!」
なんと薄情なやつだ。オアシスの包容力を見習って欲しい。
抱き込まれてギャーギャー騒ぐ彼女を黙らせるために、買ってきたアイスをスプーンですくって彼女の口に押し込んだ。


【オアシス】

7/27/2025, 7:58:45 AM

泣き疲れてベッドで寝ている彼女を見た。まだ幼い、あどけない寝顔にとくりと胸がなる。
ただ、目尻に残る腫れた跡だけが高鳴る心と共に居心地の悪さを感じさせた。

欲しい、と言ったのは自分だった。
そばにいてと願ったのも自分だった。
そこに彼女の意思はなかったのに、彼女は泣きながら日々を過ごしている。自分のそばに、自分だけのものにしたかっただけだったんだ。

「……ごめんね。」
彼女がこの家に来て、何年も経つのに。
彼女が泣くくらい、指導は厳しいんだろう。
彼女が泣くくらい、親が恋しいんだろう。
でも、もう返せない。戻れない。還りたくない。
幼い頭で考えても、出てくるのは彼女への想いしかなくて。それは大人に対抗するにはあまりにもちっぽけなもので。
それでもどうしても捨てられないもので。
「ごめんね、だいすきなんだ。」
自分の目から流れたものは彼女の手を濡らした。どうか、どうかこのまま一緒に大人になって。
願いを込めてまなじりにしたキスをする。どうか想いが届きますようにと無責任に思いながら。


【涙の跡】

7/26/2025, 6:51:28 AM

ふと目を覚ましたら、何も身につけていない状態の彼女とベッドを共にしていた。

「えっ!はっ?えぇ??」
慌てて自分の下半身を確認する。下着はしていた。汚れていない。じゃあなぜ彼女は何も着ていないんだ。覚えていないだけでなにかあったのか。
こめかみをおさえて必死に昨晩のことを思い出す。
宅飲みをして、2人でしこたま飲んで、限界点に達した彼女が布団に潜り込んだからついていって……いやなんでだよ。なんでついていってんだよ。その後の記憶がどうしたってない。致したのか、致してないのか、それすらわからない。
「ん……。」
そうこうしている間に彼女が起きた。のっそりと起きるものだから口から心臓が出るくらい驚いた。
ぼんやりとした目でこちらをじーっと見ている。
「あの……おは、よう。」
「……寒い。服欲しい。」
焦点の合わない目で言われたものだから、おずおずと衣装ケースからTシャツを取り出して渡す。のそのそとゆっくりとした動きでそれを着ると、また夢の中へと旅立っていった。
明らかに彼女にあっていない服。襟ぐりから覗く鎖骨、ぶかぶかでお尻までギリギリカバーしている。なにも着てないよりそそる。なによりそれは自分の私服なのだ。
「……まずい、風呂入ってこよ。」
ひとまず落ち着かせるために風呂に入り、現実逃避することにした。
冷たいシャワーを浴びるが、彼女の自分のTシャツを着ている姿がぐるぐると頭から離れない。
しばらく頭を冷やし続け、やっと落ち着いたと脱衣所に出た瞬間、変な悲鳴が寝室からしたのが聞こえた。


【半袖】

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